怪奇幻想恐怖短編集

春泥

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いつまでもどこまでも(1)

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 新しい彼女がシャワーを浴びている間に、俺は窓際に立ち、カーテンを開けた。

 午後九時を過ぎているが、マンションのすぐ前に立つ街灯の周辺は明るく照らし出されていた。俺の部屋は三階だ。街灯の傍らに立っている髪の長い女の姿がよく見える。他に人影はない。表通りから外れたうら寂しい路地だ。夜間に一人で歩くことは、ほとんどの女性が敬遠するだろう。

 俯いていた女が顔を上げた。俺と目が合って、女は寂し気な微笑みを浮かべた。下から見上げている女に見えるのは、素っ裸の俺の上半身だけだとわかっていたが、俺は落ち着かない気持ちになってカーテンを閉めようとした。

「どうしたの?」

 いつの間にかシャワーを終えていた女がバスタオルで髪を拭きながら背後に立っていた。

「嫌だ、カーテン閉めてよ。変態に覗かれたらどうするの?」

 彼女はタオルを体に巻き付けて、窓の外を眺めた。

「誰もいないわね」

 カーテンを閉めると、彼女は俺の首に両腕を回し、

「ねえ、もう一回」

 と甘えた声を出し体を押しつけてきた。彼女の湿った体を抱きしめながら、あいつに彼女のことを見られただろうか、と俺は思った。カーテンが閉まる瞬間も、俺にはあいつが街灯の傍らに立っているのが見えていた。

 そう、なぜかあいつの姿は俺にしか見えないらしいのだ。もうとっくに死んでいるのだから見えなくて当然だと思うのだが、ではなぜ俺には見えるのか。

 罪悪感? 

 そうかもしれない。あいつのことを考えながら平気で他の女を抱けるような男でも、潜在意識では何か思うところがあるのかもしれない。まさか、死んでからもストーカーされるとは思わなかったが。


 タマミと付き合っていたのは、三年前のごく短い期間だけ。俺は自他ともに認める気の多い男で、当時も今も女はとっかえひっかえだ。別に寝た女の数を誇りたいわけではないので、この女と一緒に居たいと思うことができれば、その一人と長く関係を続けたいと思っている。だが、そんな相手にはこれまでお目にかかれたことがない。長くて一年、それがこれまでの最長記録で、タマミとは三ヶ月だった。俺のような男と付き合う女はたいてい後腐れがなく、むしろ向うも体だけの関係と割り切っている場合も多い。既に他の女がいると告げれば肩をすくめるか、そうでなければ平手打ちの一つも食らわせて悪態をつきながら去っていくものだが、タマミは違った。

「私には、あなたしかいないの」

 涙ながらにそんなことをいうので、こちらも面食らってしまった。だがもう既に次の女との関係が始まっていたので、俺は突っぱねた。それからタマミは、ああして俺のマンションの外に立つようになった。

 最初は気になったし、気持ち悪かった。意気揚々と新しい女を連れて戻って来た時に、暗がりに立っている元カノ。ホラー映画さながらだ。タマミにこんなことはやめるように忠告し、やめないなら警察に訴えると警告し、実際警察にも行ったが、被害者が俺のような男だと警察も真面目にとりあってくれないらしい。

「まあ……しばらく様子をみて、実際に何か被害にあうことがあったらまたご連絡を」

 とその警察官は言った。実際の被害とは何かと尋ねると、家の前に動物の死骸が置いてあるとか、郵便受けに汚物を入れられるとかだという。

「部屋に女性を連れ込むのも、しばらくおやめになったらどうですか」

 などと呑気なアドバイスもくれた。

 幸い、タマミがそのような「実際の」行為に及ぶことはなかったが、いつ何をされるかわからない気持ち悪さは常に存在していた。試しに一度、引っ越しをしたが、用心深く相手に知られないよう実行したつもりなのに、しばらくするとタマミは新居の前に佇むようになった。警察の言う通り、しばらくは女を部屋に連れ込むのはやめた。しかし、それも段々に腹立たしくなってきた。

「話し合おう」

 といつものように街灯の横に立っていたタマミに切り出した時、彼女は嬉しそうだった。久しぶりに俺に話しかけられたからだろう。部屋に入れる気にはなれなかったので、車に乗せて走り出した。

「ドライブ、久しぶりね」

 うきうきと窓の外を眺めそんなことを言うタマミに、俺は改めて恐怖を感じた。その日は土曜日で、まだ昼間だったが、俺は背筋がぞっとした。

「やめてくれよ。俺たち、別れてからもう一年以上経つんだぞ。いつまで俺をストーキングするつもりだ?」

「そんな悲しいこと言わないで」

 タマミはしくしく泣き出した。

「泣くなよ。とにかくもう終わったことだ。これ以上俺に付きまとわないでくれ。そんなことをしても増々嫌われるだけだって、わからないのか? 俺に憎まれることが目的なのか?」

「そんなこと言わないで。あなたに嫌われたくない。もうこれで最後にするから。最後の思い出にドライブに連れて行って」

 俺は藁にもすがる気持ちで、本当にこれで最後にするのか、と何度も念を押した。

「絶対よ。約束は守るわ」

 と言うので、俺はタマミの言うなりに車を走らせた。

 曲がりくねった山道を走り、人気のない駐車場に車を停めさせられた時点で不安がなかったわけではない。しかし、なんといっても腕力ではこちらの方が勝るし、相手が暴力的行為に出れば、さすがに警察も動くだろうという計算があった。そんな風に思いつめる程度にはストーカー行為に悩まされていたのだ。

 タマミは先に立ってどんどん山道を歩いていく。見た目によらずアウトドア派でハイキングや山登りに行きたがったことを俺は思い出した。虫が大嫌いな俺はことごとく断っていたが。

「ここでいいわ」

 とタマミは言い、立ち止まった。

「ここなら人が来ないから。私、あなたなしでは生きられないの。だから、前から準備してたのよ」
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