怪奇幻想恐怖短編集

春泥

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なんてことないこの日を、繰り返し生きてる(2)

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 そして何億何千何百何十何回目かの朝が来る。
 実は、数えるのは、かなり前にやめた。
 朝が来て、相変わらず三月十日を示したデジタル時計、携帯電話、PC画面なんかを確認して途方に暮れるのもいい加減飽きた。

 他の人達はどうなんだろう。

 もしかして、自分と同じようにこの現象に頭を抱えているのかも。でも、誰かに打ち明けた途端、今まで停滞していたものが、堰を切って溢れ出したら……そう考えると、恐ろしくて滅多なことはできないと思う。
 そもそもわたしは、謎を解明したいとか元通りに流れる時間に戻りたいとか、思っていない。
 それでも繰り返し、無味乾燥な平凡な一日を送っていると、これが幸せなのだろうかという疑問が頭をよぎることもある。

 うるさい、ばーか。ばーかばーか。

 のど元過ぎればなんとやら。あの恐怖を忘れるのに、どれだけのこの日を繰り返したのだろう。
 もう飽きた。そんな理由で、多くの人が犠牲になることがわかっていながら、時間を進めてよいものか。もし自分の意思でそうなるなら、それはわたしが殺したことになるのだろうか。

 そんなことを考えるのにも飽きてしまった。

 わたしは、段々賢くなる。
 同じ一日を繰り返すとはいえ、記憶はリセットされない。だからわたしは、図書館の本を一冊ずつ、片っ端から読み始めた。一晩立つと本は消えているから、また改めて借り出しに行かなければならないことには閉口した。当然書店で本を買った時でも同じ。読み終えるまで根気よく、学校帰りに本を求めて足を運ぶ。小説をあらかた読んでしまった後は、興味がなかった数学に科学や医学の本にまで手を出すようになり、ネットも駆使して根気よく、この年の三月十日時点で収集可能な情報を全て集めた。

 いくら時間があるとはいえ、紙でもデジタルでも、メモ書きが翌日(実際には、同じ日の朝)にはなくなってしまっているから、これはなかなか大変だった。記憶術なるものをマスターし、頭の中にこしらえた無数の部屋に習得した知識を収納し、必要な時に取り出せるようになるまでは。

 学校の先生は、授業では相変わらずぼーっと窓の外を眺めていることが多いわたしから、やたら尖った専門的質問をされることに面食らうようになった。まあ、一日経てば彼らにとってはなかったことになるんだから、別に構わない。困るのは、高校教師が答えられる問いには限界があるということ。何年、何十年か分の時間が流れると、わたしのほうが彼らより詳しくなってしまい、この先を教えてくれる者が、わたしの周囲にはいない。
 それで、独学になる。幸い、海外の大学では講義がネット配信されていたりする。外国語はもちろん、悠久の時間をかけて都度マスターした。

 わたしがたいていの分野に最も精通した者になるまで、数百年かかった。
 そして、今後されるはずだった革新的発明は、わたしによってなされた。
 当然だ。他のもっと頭のいい人たちは、この日以降を生きていない。いや、私だってそれは同じだが、繰り返されるこの日の記憶や知識を蓄積することができるのがわたしだけだとすると、わたしに勝てる者はいない。
 とはいえ、わたしの脳内にしか存在していない発明、実証されることのないセオリーのみに留まるアイデアだ。これを発表する術をわたしは持たない。

 そしてわたしは、ついに宇宙の法則、つまり、この同じ一日を繰り返している現象の謎についても解明してしまう。そして、どうすればこれを解除できるのかについても。

 知るのは恐ろしいことだ。現状ではそれらしい理論でしかないものが果たして正しいのかどうか、試してみたくなるかもしれないから。

 いや実際には、この世界の不安定な均衡を破壊するのは、案外、単純なことかもしれない。表に走り出て「いい加減もとに戻せ、コラ」と叫ぶとか。

 あるいは、特に理由もきっかけもなく、突然迎えるのかもしれない。三月十一日金曜日の朝を。あいにくと、自然災害の発生を予測する方法はもちろん、それを未然に防ぐ方法なんてものは、賢く知恵をつけた頭で考え続けるだけでは見つからなかった。
 
 あの朝が再びやって来た時、わたしはどうするのだろう。

 未曾有の災害がやってくると、SNSで皆に警告すべきだろうか。だが、誰がわたしを信用するだろう。インターネットが世界に開かれているといっても、世界中のほぼ誰からも注目されない平凡な女子高生からの警告なんて、誰からも注目されないから、結局何も言わなかったのと同じだ。すべてが起きてしまった後に、大災害を予告していた女子高生がいた、などと「発見」されるのは無意味であり、煩わしい。
 そんな方法で、死後に有名になっても意味がない。生きている間だって、別に有名になりたいなんて思わない。

 夜布団に入る時は、未だに少し怖い。どの朝を迎えるのか、わからないから。
 でも、わたしは考えた。もし、明日――繰り返される三月十日木曜日の朝ではなく、三月十一日金曜日の朝――が何事もなかったような顔をして訪れた場合になにをするか。その計画を練る時間もまた、いくらでもあったのだから。何も知らない母と弟を焚きつけて、被害の及ばない安全圏に連れ出す方法を。
 幸い父の単身赴任先は、この災害の影響はほぼない地域だから、あちらは放置しておいていい。
「バカなことを言うんじゃないの」と不機嫌さを次第に募らせていく母と「バカじゃないの」と心底馬鹿にした顔でわたしを蔑む弟の、ありとあらゆる抵抗を無効にしてこちらの意図に従わせる方法さえ考えればよい。それは、宇宙の法則を解明するよりはるかに簡単だった。

 みんなごめん。

 わたしみたいな無力な女子高生が助けられるのは、せいぜい三人。どれだけ知恵をつけても、迫りくる大災害から救えるのは、たったの、三人。自分も含めて、三人。

 だから、この日が永久に終わりませんように、って祈る。
 あれ、わたし、祈ってら。
 ばかみたいだけど、毎晩布団に入る前に、神様にお願いするんだ。現状では恐らく、このわたしが世界一賢い人間ってことになってるんだけど。

 笑える。

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