怪奇幻想恐怖短編集

春泥

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お母さんが夜中にひき肉をこねだしたら

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 ぺちゃっ。にちっにちっにちっにちっ……

 真夜中に、遠くの方から、音がする。

 ぐちゃっ。くっちゃくっちゃ、ぺったん。にっちゃにっちゃにっちゃ……

 ああ、お母さんがまた挽き肉をこねているのだな、とナツは思い、もう一度眠りに落ちようとする。

 ぐちゃっ。ぺっちゃん。くっちゃくっちゃ、ぺったん。にっちにっちにっち……

「うちを裏切ったん?」

 さっきまで夢うつつのなかで聞いていた母さんの声が甦ってきた。

「他に女がおるんやろ?」

 もう何度目になるのか、いや、何人目になるのかナツはもう覚えていない。幼い頃は、「この人が新しいお父さんよ」と言われれば、素直に嬉しかったものだが。

「絶対に怒らんから、ほんとのこと教えて」

 勿論、それは嘘だし男の方だってそれはわかっているのだが、お母さんがあまりにもしつこいので最後には根負けしてしまうのだった(バカだなあ)。

「おい、やめろ、そんな物騒なもの、怪我したらどうするんだ!」
「うるさい。あんた殺して、うちも死ぬ」
「うわあああああ!」

 まったく、あんな金切声でドタンバタン大騒ぎをしても子供は目を覚まさないと、あの人たちは本気で思っているのだろうか、とナツは思う。でも、結局つきあいきれなくて、途中でまた寝てしまうのだが。

 そうして、ようやく訪れた束の間の平穏がまたもや破られる――真夜中だというのに、お母さんが挽き肉をこね始めるのだ。

 ぺったん、ぴったん、ぺったぺたぺた……

 明日の晩御飯の準備ををなぜ真夜中に始めるのだろう。そんなことを考えながら、ナツは再び眠りに落ちる。


 翌日、晩御飯のテーブルに並べられたハンバーグを見ても、なぜかナツは食欲が出ない。別にお母さんが別れ話のもつれで交際相手をアレしてどうこうしているなどと信じているわけではない。だが――

 毎回毎回、男が去っていくたびにハンバーグを食べさせられる。そのせいで、ハンバーグが様々な好ましくない記憶のトリガーになる。だいたいそんな理由だろうとナツにだってわかっている。

 学校帰りに商店街をうろついていたときに、随分前に別れた母の愛人と、偶然顔をあわせたことだってあるのだ(ちゃんと生きてた!)。

 あれは、四番目だったか六番目だったかの新しいお父さん。頭髪が薄く、太り気味で、脂ぎっていた。母が連れてくる「お父さん」は皆似通ったタイプだ。男は何年かぶりで再会したナツのことを、最初は誰だかわからないようだった。だが、眉間に皺を寄せしばらく考えたあとで、男の顔に表れたのは、疑いようのない、恐怖だった。

「お前……おかんにそっくりやな」
 男は吐き捨てるように言うと、なぜか前かがみになって後ずさりしながら
「お前もきっと、アイツみたいになる」
 と捨て台詞を残して逃げるように走り去った。持っていた鞄を下っ腹に押し付けながら。

「そんなもん、ちょん切ったるわ!」

 というお母さんの怒鳴り声をナツは思い出したが、勿論、そんなのはただの脅しだ。

 それでもナツは、お母さんが夜中に熱心にこねていたハンバーグを一口食べただけで、箸を置いた。

「なんや、食べへんの」
「うん、なんか……面白い味する」
「何やこの子は。せっかくいい肉使ったのに」

 とお母さんは言って、ナツの皿を自分に引き寄せると、二人分のハンバーグをぺろりと平らげる。

「うん、わたし、ビンボー性だから、高級な肉は口に合わんわ」

 ナツはそう言って、お味噌汁を一口すする。
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