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第一章 正直者は馬鹿を見る?
第三話 昼なお暗き森の中にて
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森はシロの庭みたいなものだった。
シロの住む炭焼き小屋は、森に少し入ったところにあった。仕事柄、木材の調達が容易な場所に暮らすのが実用的と思われたし、彼は人づきあいが苦手だった。
といって、村人たちが嫌いなわけではない。収穫期には必ず村に下りて手伝いをするようにしていたし、簡単な家屋や家具の修繕なら大工や家具職人並みにこなす器用さは、村人から重宝がられ、頼りにされてもいた。
彼が正直者と言われるのは、別に嫌われるならそれでもいいという開き直りにも似た覚悟の上で、忌憚ない意見を述べるからだ。いざとなったら、炭焼き小屋に引きこもって、炭は隣町に売りに行けばいい、と。
とはいえ、ヌガキヤ村は自分の故郷だと思っているし、村の人々のことも好きだ。孤独を好む彼を変わり者だと笑うことはあっても、基本放っておいてくれる。時々畑でとれたという新鮮な野菜を持って様子を見に来てくれる者もある、気のいい人達だ。ドラゴンに襲われていいわけがない。
出発した時点で昼を過ぎていたから、日が暮れるまでそう時間はかからなかった。といっても、木々が鬱蒼と茂る森の中は昼間でも暗いのだが。
通常、夜間に森を移動するようなことはあまりない。夜行性の獣に襲われる可能性が高くなるし、崖から転落するかもしれない。森の地理に精通しているシロに限ってそのようなことはないが、それでも木の根に足をとられて思わぬ怪我をするかもしれない。それに、森の中には獣以外にも恐ろしいモノが潜んでいる。
それでも
村の緊急事態なので、この日は気が急いていた。
スレイヤーの情報を得るために目指している都は、この森を抜け――即ち山を一つ越え――て到着した隣村でどうにか馬を調達し、丸一日駆け続けてようやく到着できる距離だ。森の中は馬での移動に適さないから、やむなく徒歩で旅を始めたが、何とももどかしい。
松明を掲げながら慎重に歩を進めていたシロだが、肉体の限界を感じ、そろそろ仮眠をとることにした。いい感じに開けた場所があり、そこで薪を燃やしながら朝を待つことにした。
枝を集め、火を点けることはシロには造作もないことだった。
暖かな炎の前でヌー村長が持たせてくれた弁当の包みを広げてみると、大きな握り飯が三つに塩焼きしたサーモンと酢漬けの野菜、更に別の包みには硬い餅が入っていて、これは日持ちする携帯食だ。
握り飯を一つ平らげて二つ目に手を伸ばしたところで、がさっと背後の茂みから音がした。木々に覆われた森の奥には焚火の明かりも届かない闇が広がっている。
常に携帯している小ぶりの斧をそっと握りしめ、様子を窺うシロの呼吸は自然と止まっている。
細く心細い月明かりの下に黒い影が現れた。
でかい。
木の間からぬうっと突き出された顔は、ごつごつした岩のように醜い顔をしていた。更に前に進み出てきたそれの全身が露わになった。身の丈はシロの倍ぐらい、横幅は優に四倍はありそうだ。
「旨そうな人間がいるなあ、久しぶりのご馳走だぞ、イヒヒヒヒ」
ヒトでも熊でも貪欲に喰らう悪鬼、トロールだった。
「あ……」
シロの手からするりと斧が滑り落ちた。
踵を返し逃げだそうとしたシロに、トロールは大股で近づき彼の両腕を掴むと、地面から軽々と持ち上げた。
「よく肉が締まって旨そうだなあ。どうやって食ってやろうかな。ぐらぐら煮え立ったスープ鍋にそのまま放り込んでやろうか。それとも、活きがいいうちに頭からバリバリ食ってやろうか。ぐへへへへ」
トロールが大きく開いた口の中には、頑丈そうな尖った歯がずらりと並んでいる。シロの頭ぐらいなら、本当にバリバリと噛み砕くことができそうだ。巨大な洞穴のようなそれがゆっくりと近づいてくるのを見て、シロは屈強な腕から逃れようと必死にもがき足をばたつかせたが、無駄だった。
「うわーーー!」
シロの住む炭焼き小屋は、森に少し入ったところにあった。仕事柄、木材の調達が容易な場所に暮らすのが実用的と思われたし、彼は人づきあいが苦手だった。
といって、村人たちが嫌いなわけではない。収穫期には必ず村に下りて手伝いをするようにしていたし、簡単な家屋や家具の修繕なら大工や家具職人並みにこなす器用さは、村人から重宝がられ、頼りにされてもいた。
彼が正直者と言われるのは、別に嫌われるならそれでもいいという開き直りにも似た覚悟の上で、忌憚ない意見を述べるからだ。いざとなったら、炭焼き小屋に引きこもって、炭は隣町に売りに行けばいい、と。
とはいえ、ヌガキヤ村は自分の故郷だと思っているし、村の人々のことも好きだ。孤独を好む彼を変わり者だと笑うことはあっても、基本放っておいてくれる。時々畑でとれたという新鮮な野菜を持って様子を見に来てくれる者もある、気のいい人達だ。ドラゴンに襲われていいわけがない。
出発した時点で昼を過ぎていたから、日が暮れるまでそう時間はかからなかった。といっても、木々が鬱蒼と茂る森の中は昼間でも暗いのだが。
通常、夜間に森を移動するようなことはあまりない。夜行性の獣に襲われる可能性が高くなるし、崖から転落するかもしれない。森の地理に精通しているシロに限ってそのようなことはないが、それでも木の根に足をとられて思わぬ怪我をするかもしれない。それに、森の中には獣以外にも恐ろしいモノが潜んでいる。
それでも
村の緊急事態なので、この日は気が急いていた。
スレイヤーの情報を得るために目指している都は、この森を抜け――即ち山を一つ越え――て到着した隣村でどうにか馬を調達し、丸一日駆け続けてようやく到着できる距離だ。森の中は馬での移動に適さないから、やむなく徒歩で旅を始めたが、何とももどかしい。
松明を掲げながら慎重に歩を進めていたシロだが、肉体の限界を感じ、そろそろ仮眠をとることにした。いい感じに開けた場所があり、そこで薪を燃やしながら朝を待つことにした。
枝を集め、火を点けることはシロには造作もないことだった。
暖かな炎の前でヌー村長が持たせてくれた弁当の包みを広げてみると、大きな握り飯が三つに塩焼きしたサーモンと酢漬けの野菜、更に別の包みには硬い餅が入っていて、これは日持ちする携帯食だ。
握り飯を一つ平らげて二つ目に手を伸ばしたところで、がさっと背後の茂みから音がした。木々に覆われた森の奥には焚火の明かりも届かない闇が広がっている。
常に携帯している小ぶりの斧をそっと握りしめ、様子を窺うシロの呼吸は自然と止まっている。
細く心細い月明かりの下に黒い影が現れた。
でかい。
木の間からぬうっと突き出された顔は、ごつごつした岩のように醜い顔をしていた。更に前に進み出てきたそれの全身が露わになった。身の丈はシロの倍ぐらい、横幅は優に四倍はありそうだ。
「旨そうな人間がいるなあ、久しぶりのご馳走だぞ、イヒヒヒヒ」
ヒトでも熊でも貪欲に喰らう悪鬼、トロールだった。
「あ……」
シロの手からするりと斧が滑り落ちた。
踵を返し逃げだそうとしたシロに、トロールは大股で近づき彼の両腕を掴むと、地面から軽々と持ち上げた。
「よく肉が締まって旨そうだなあ。どうやって食ってやろうかな。ぐらぐら煮え立ったスープ鍋にそのまま放り込んでやろうか。それとも、活きがいいうちに頭からバリバリ食ってやろうか。ぐへへへへ」
トロールが大きく開いた口の中には、頑丈そうな尖った歯がずらりと並んでいる。シロの頭ぐらいなら、本当にバリバリと噛み砕くことができそうだ。巨大な洞穴のようなそれがゆっくりと近づいてくるのを見て、シロは屈強な腕から逃れようと必死にもがき足をばたつかせたが、無駄だった。
「うわーーー!」
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