【完結】竜を喰らう:悪食の魔女 “ドラゴン・イーター” は忌み嫌われる

春泥

文字の大きさ
17 / 70
第二章 魔都キンシャチで正直者は女に溺れる?

第五話 どんまい食堂

しおりを挟む
 少年時代に都会からやってきた新聞記者に囲まれてあれこれ質問を受けたことは、シロにとっては忘れてしまいたい思い出だった。そういえば、記者の傍らでシロの顔をちらちら見ながら、無言でペンを走らせていた男もいた。あれが画家だったのだ。
 新聞がヌガキヤ村に届けられるのは、三ヶ月に一度だ。シロは新聞記事をネタに村の者に冷やかされるのが嫌で、その期間は山に籠っていた。それでも、話題に乏しい田舎のことであるから、その記事が発行されてから数年間は、何かと持ち出され、結局シロはさんざんからかわれた。

「この少年のように正直に生きなさい、とここキンシャチでもいまだに語り継がれているのですよ。私も、信徒に説教する際に言及することがある」

 神父は感慨深げに言った。シロはただ判別不能な言葉を口の中で呟くことしかできなかった。先に「教区の人達にもスレイヤーについて何か知らないか訊いておこう」と全面的な協力を約束してくれた親切な彼の瞳は、今や興奮のためかギラギラ光っており、シロを怯えさせた。
「何かわかったら、君の滞在先のハッチョ屋さんに伝えておくから」
 と肩を叩かれ送り出された背後で、神父が教区の人々に「あの蝦茶色の半纏の若者」が何者かという話を上ずった声でしているのが聞こえて来て、いたたまれなくなったシロは走って逃げた。後ろは決して振り返らずに。

 神父から教えてもらったどんまい食堂があるのは北東の外れ。現在街の東部にいるシロは、そのまま北上すればいいはずだった。歓楽街の東の端に当たる部分を縦断しながら垣間見た限りでは、まだ午後の早い時間帯であるせいか、人通りは少ない。まだ開店前で閉ざされている店が多いためだが、それでもどことなく退廃した雰囲気は肌の露出の多い女性の描かれた看板などから伺えた。
 大豆畑に囲まれた四つ辻で出会った魔法使いの言葉を思い出したシロは、悪徳と誘惑が蔓延っていそうな場所にはあまり近づきたくないものだと思う。どんまい食堂に行けば見つかるというドラゴン・スレイヤー(元スレイヤー?)から有力な情報を得る、あるいは現役スレイヤーに紹介してもらうことができれば、将来有望な学生を堕落させるという酒場には行かなくても済む。
 しかし『どんまい食堂』とは一体どういうネーミングか。

 神父の書いてくれた地図を基に、閑散とした歓楽街の路地裏の更に奥へと進む。この辺りの店の扉が閉ざされているのは、開店前だからというより廃墟になっているからだろう。店の前も歩道もゴミだらけで動物の死骸と思しき物体も転がっている。壁一面に色とりどりの塗料で意味不明の落書きがされていたり、壁にもたれかかって死んだように眠っているボロボロの身なりの男がいたりと完全なスラム街の様相。煙草とは異なる独特の臭いも漂っていて、煙を吐き出す男の目は濁り、だらしない笑みを浮かべている。
 シロは重い木材や炭を担ぐ炭焼きで屈強な体をしているが、それでも金貨十枚という大金を身に着けていることもあり、不安を感じずにはいられなかった。
「お兄さん、男前だね。遊んでいかない? 安くしとくよ」
 老婆にしか見えない女がシロに声をかけてきたが、周りの男から卑猥な野次(「お前の方が金を払ってのっからせてもらうべきだろう婆さん」「まずは蜘蛛の巣をとっぱらわないとな」)があがり、女の注意がそちらに向けられ罵り合いを始めたのをこれ幸いと、シロは先を急いだ。 

 どんまい食堂は細くじめじめした路地裏を抜けた一角にあった。元は倉庫か何かだったのだろう、大きな煉瓦造りの建物は古ぼけてはいるが、壁に落書きはなく、周辺にもゴミは落ちておらず、清潔な印象を受ける。どこからか拾ってきたらしい板切れに、赤い塗料で『どんまい』と書かれている。垂れて固まった塗料が血の跡のように見えなくもない。
 入口付近で煙草を吸っている男が数名。いずれもやせ細っており、食堂で提供される食事では足りないのだろうか、とシロは訝しがる。ドアは解放された状態で固定されており、『どなたもお入りください。決してご遠慮はいりません』と別の看板に書かれている。なんとなく落ち着かない気持ちになりながら、シロは中に入った。
 中はだだっ広く、木製の細長いテーブルがいくつも並んでいた。既に昼時は過ぎているからか、テーブルに着いているまばらな客は食事をしているというよりは、突っ伏して寝ていたりカード遊びに興じていたり、ただ時間を潰しているように見える。

「どんまい、どんまいです!」
「うわっ」

 化粧っ気のない顔の若い女から、いきなり背中をしばかれたシロは面食らってその場に凍り付く。
「その半纏、知ってます。鍋でぐらぐら煮立った危険極まりない食べ物を好むナガミ村の郷土料理のお店ですよね。一体何をして首になったんですか?」
 女は満面の笑みで言う。
「はい?」
「大丈夫、そういうことって、長い人生ではままありますよ。どんまいです!」
 どう見てもシロより年下の女は、またシロの背中をばしっと叩いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...