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第二章 魔都キンシャチで正直者は女に溺れる?
第八話 悪徳の栄えるところ
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シチューをボウル五杯分平らげたヘルシは、うとうとし出してまたテーブルに突っ伏してしまった。結局、何の情報も得られなかったシロは、怒りの矛先をシスター・ウーヤに向けた。
「食事の無料配給はいい。なぜ酒まで振る舞うんだ。これでは……この男の死期を早めているようなものだ。英雄の晩節をこれ以上汚さないようにという神のご加護だとでもいうつもりか?」
「ヘルシさんがお酒に溺れるようになったのは、最後の戦いで大怪我を負ってからです。歌にも出てくる英雄スレイヤー六人を葬り去った最強のドラゴンを、今一歩のところで、仕留め損ねた。その時に負った傷の深さと後悔の念で、彼はだめになってしまったんです。とどめは刺せなかったけど、ドラゴンにもかなりの深手を負わせ、追い払った。この人は、大勢の人の命を守った英雄なんです。あなたからそのような目で見られるのは、不等だと思います」
シロは少し口調を改めたが、それでも、腹立ちは抑えきれなかった。口論の絶えなかった両親。母親の泣き叫ぶ声と、父親の怒声、怒って家を出て行く父親。頭に斧の刺さった父親――
「もういい。すまない。この人があてにならないなら、他を当たるしかない」
「もう少し意識がはっきりしている時に、もう一度訊いてみます。なにかわかったら、お知らせします」
シロは滞在先のハッチョ卸売り店キンチャチ支店の場所をシスターに告げた。
「これから、どちらへ行かれるんですか」出口まで見送りに来たシスターが問う。
「旅行者が多く集まるところ。ドラゴン通りの酒場を回ろうと思っている。別に何世紀も語り継がれるような最高のスレイヤーじゃなくても構わない。誰か見つけないと」
「ドラゴン通り」シスターは目を細め、半眼になってシロを見つめた。
「悪徳と背徳が蔓延る場所ですわ。あなたのような正直者には似合わない」
「俺はあなた方の思うような正直者じゃないし、その古い記事は捨ててほしいんだが」
「『俺は正直者だ』なんて臆面もなく言ってのける正直者は信用できませんよ。あらっ。これって矛盾してますね。とにかく、スカートの短い女にはお気をつけあそばせ。ああいうところでは、女は全員かっぱらいだと思っておいた方がいいです」
魔法使いの助言を思い出し、顔を曇らせたシロに、シスターは陽気に言った。
「あの種の女たちは、俺は失業者だ、一文無しだ、と言ってやれば、みんな蜘蛛の子を散らしたようにさーっといなくなりますよ! ああ、それなら今の見た目で十分です。どんまーい!」
「があっ!」
鞭のようにしなやかな右手で叩かれた背中の痛みを堪えながら、這う這うの体でシロはどんまい食堂から逃げ出した。そろそろ日が暮れかけていた。
「そういえば、ドラゴン通りで、若い女や男が消えているっていう噂です。くれぐれも気を付けてくださいね!」
シスターの声が背後から追いかけてきた。
歓楽街の目抜き通りに位置する酒場ファイヤードラゴン77は、観光マップにも載っているので難なく見つけることができた。すっかり日が暮れていたが、昼間は閑散としていた夜の街は、今まさに目覚めたところだ。最初にたどり着いた日と同じ驚きがシロを圧倒する。ここキンシャチでは、夜でも真昼の如く明るい。
わかりやすく火を吐くドラゴンと77という数字が描かれた派手な看板が目を引く有名な酒場は、まだ開店していくらも経っていないのに早くも賑わいを見せていた。物欲しそうな顔をした田舎紳士が、怒れる奥さんに腕を引っ張られ店から遠ざかっていくのを見送った後、シロは溜息をついて印半纏を羽織った。これを着ていれば店の奉公人に見えるだろうし、奉公人は、理想的なカモとは見做されないはずだ。
入口にたむろする男達の間を縫って中に入っていくと、既に出来上がっている赤ら顔の男から「なんだ、ハッチョ屋。こんな時間まで仕事か?」とからかわれた。シロは振り返りもせず「首にされたんだ」と叫んで混雑している店内を奥のカウンター目指して進んでいく。長身の彼にちらちらと目線を送っていた女たちが、一斉にそっぽを向いた。
これなら、万一のためにと懐に隠し持っている秘薬の出番はなさそうだ。
ひとまずカウンターでりんご酒を注文し、「女子供の飲み物だよ」とバーテンに鼻で笑われたのを聞き流し、グラスを手に店内を見回してみた。
噂の女たちのスカートは、短いというより、完全に丈が足りておらず、布の面積の少ない下着からはみ出した臀部が半分露出していた。胸元も過度に露出しており、谷間が丸見えだ。この手のファッションを気兼ねなく正視するためには、やはりアルコールの力が必要なのだろうとシロは思う。恐らく、りんごを発酵させた発泡酒よりも高いアルコール度数の酒の力が。
彼女たちは、店の給仕係として男達に酒やつまみを運ぶのが表向きの仕事である。だが、客と意気投合すれば、店の二階だとか表の明かりが届かない路地裏などに移動する。店には用心棒もおり、通りに立つよりは安全なのだろう。シロはこのような場所には詳しくなかったが、それでも彼女たちと客の動きを観察していれば、何が行われているのかは察しがついた。
こんなところで、仮にドラゴン駆除について有益な情報を持っている人物がいたとして、それをどうやって捜し出せばよいのだろう。シロがまったく口をつけていないグラスを手に途方に暮れていると、ある女に目がとまった。
その女は、男たちの視線を一身に集めながら素知らぬ顔で、給仕の女の子の一人と顔を寄せて話をしていた。女は背が高く細身の割に、胸や臀部は豊かな膨らみで見事なラインを作っていた。殆ど足首まで届く黒い外套のボタンを喉元から一番下までぴっちり止めているのだが、それは彼女のスタイルのよさを一切損なわない仕立てになっていた。そして、腰近くまで届く黄金の髪!
女は自分よりも頭一つ分背の低い給仕係のために背をかがめて、耳元に何かしら囁いた。まだ少女といってよい若さの給仕係は、くすぐったそうに身をよじったが、女のほっそりとした手が腰に回されても拒まなかった。二人はぴったりと身を寄せ合って、店を出て行った。赤ら顔の男たちが、にやにやしながらそれを見送った。
「食事の無料配給はいい。なぜ酒まで振る舞うんだ。これでは……この男の死期を早めているようなものだ。英雄の晩節をこれ以上汚さないようにという神のご加護だとでもいうつもりか?」
「ヘルシさんがお酒に溺れるようになったのは、最後の戦いで大怪我を負ってからです。歌にも出てくる英雄スレイヤー六人を葬り去った最強のドラゴンを、今一歩のところで、仕留め損ねた。その時に負った傷の深さと後悔の念で、彼はだめになってしまったんです。とどめは刺せなかったけど、ドラゴンにもかなりの深手を負わせ、追い払った。この人は、大勢の人の命を守った英雄なんです。あなたからそのような目で見られるのは、不等だと思います」
シロは少し口調を改めたが、それでも、腹立ちは抑えきれなかった。口論の絶えなかった両親。母親の泣き叫ぶ声と、父親の怒声、怒って家を出て行く父親。頭に斧の刺さった父親――
「もういい。すまない。この人があてにならないなら、他を当たるしかない」
「もう少し意識がはっきりしている時に、もう一度訊いてみます。なにかわかったら、お知らせします」
シロは滞在先のハッチョ卸売り店キンチャチ支店の場所をシスターに告げた。
「これから、どちらへ行かれるんですか」出口まで見送りに来たシスターが問う。
「旅行者が多く集まるところ。ドラゴン通りの酒場を回ろうと思っている。別に何世紀も語り継がれるような最高のスレイヤーじゃなくても構わない。誰か見つけないと」
「ドラゴン通り」シスターは目を細め、半眼になってシロを見つめた。
「悪徳と背徳が蔓延る場所ですわ。あなたのような正直者には似合わない」
「俺はあなた方の思うような正直者じゃないし、その古い記事は捨ててほしいんだが」
「『俺は正直者だ』なんて臆面もなく言ってのける正直者は信用できませんよ。あらっ。これって矛盾してますね。とにかく、スカートの短い女にはお気をつけあそばせ。ああいうところでは、女は全員かっぱらいだと思っておいた方がいいです」
魔法使いの助言を思い出し、顔を曇らせたシロに、シスターは陽気に言った。
「あの種の女たちは、俺は失業者だ、一文無しだ、と言ってやれば、みんな蜘蛛の子を散らしたようにさーっといなくなりますよ! ああ、それなら今の見た目で十分です。どんまーい!」
「があっ!」
鞭のようにしなやかな右手で叩かれた背中の痛みを堪えながら、這う這うの体でシロはどんまい食堂から逃げ出した。そろそろ日が暮れかけていた。
「そういえば、ドラゴン通りで、若い女や男が消えているっていう噂です。くれぐれも気を付けてくださいね!」
シスターの声が背後から追いかけてきた。
歓楽街の目抜き通りに位置する酒場ファイヤードラゴン77は、観光マップにも載っているので難なく見つけることができた。すっかり日が暮れていたが、昼間は閑散としていた夜の街は、今まさに目覚めたところだ。最初にたどり着いた日と同じ驚きがシロを圧倒する。ここキンシャチでは、夜でも真昼の如く明るい。
わかりやすく火を吐くドラゴンと77という数字が描かれた派手な看板が目を引く有名な酒場は、まだ開店していくらも経っていないのに早くも賑わいを見せていた。物欲しそうな顔をした田舎紳士が、怒れる奥さんに腕を引っ張られ店から遠ざかっていくのを見送った後、シロは溜息をついて印半纏を羽織った。これを着ていれば店の奉公人に見えるだろうし、奉公人は、理想的なカモとは見做されないはずだ。
入口にたむろする男達の間を縫って中に入っていくと、既に出来上がっている赤ら顔の男から「なんだ、ハッチョ屋。こんな時間まで仕事か?」とからかわれた。シロは振り返りもせず「首にされたんだ」と叫んで混雑している店内を奥のカウンター目指して進んでいく。長身の彼にちらちらと目線を送っていた女たちが、一斉にそっぽを向いた。
これなら、万一のためにと懐に隠し持っている秘薬の出番はなさそうだ。
ひとまずカウンターでりんご酒を注文し、「女子供の飲み物だよ」とバーテンに鼻で笑われたのを聞き流し、グラスを手に店内を見回してみた。
噂の女たちのスカートは、短いというより、完全に丈が足りておらず、布の面積の少ない下着からはみ出した臀部が半分露出していた。胸元も過度に露出しており、谷間が丸見えだ。この手のファッションを気兼ねなく正視するためには、やはりアルコールの力が必要なのだろうとシロは思う。恐らく、りんごを発酵させた発泡酒よりも高いアルコール度数の酒の力が。
彼女たちは、店の給仕係として男達に酒やつまみを運ぶのが表向きの仕事である。だが、客と意気投合すれば、店の二階だとか表の明かりが届かない路地裏などに移動する。店には用心棒もおり、通りに立つよりは安全なのだろう。シロはこのような場所には詳しくなかったが、それでも彼女たちと客の動きを観察していれば、何が行われているのかは察しがついた。
こんなところで、仮にドラゴン駆除について有益な情報を持っている人物がいたとして、それをどうやって捜し出せばよいのだろう。シロがまったく口をつけていないグラスを手に途方に暮れていると、ある女に目がとまった。
その女は、男たちの視線を一身に集めながら素知らぬ顔で、給仕の女の子の一人と顔を寄せて話をしていた。女は背が高く細身の割に、胸や臀部は豊かな膨らみで見事なラインを作っていた。殆ど足首まで届く黒い外套のボタンを喉元から一番下までぴっちり止めているのだが、それは彼女のスタイルのよさを一切損なわない仕立てになっていた。そして、腰近くまで届く黄金の髪!
女は自分よりも頭一つ分背の低い給仕係のために背をかがめて、耳元に何かしら囁いた。まだ少女といってよい若さの給仕係は、くすぐったそうに身をよじったが、女のほっそりとした手が腰に回されても拒まなかった。二人はぴったりと身を寄せ合って、店を出て行った。赤ら顔の男たちが、にやにやしながらそれを見送った。
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