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第三章 正直者、ついにあのひとと巡り会う?
第五話 スレイヤーの剣
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ドナドナドナン、ドンナン……
荷馬車を走らせる若き奉公人の名はケといった(類似性が感じられるものの、キとは親戚関係にないそうだ)。石畳の上で、人も馬車も多い道だ。それ程のスピードは出していないが、シートを被って荷台に横たわっているシロの体に、ごとごと揺れる振動が直に伝わって来る。
ケは先ほどから物悲しい子牛の歌を繰り返し口ずさんでいる。荷馬車+ごとごとの組み合わせでこの歌が自動的に口に上るのはヌガキヤ村でもキンシャチでも同じらしい。それだけよく知られた歌ということだ。
よく晴れた昼下がりに
市場へと続く道は紅
荷馬車でごとごと子牛
向かうは屠殺場
今日はビフテキ子牛のビフテキ
柔らかお肉子牛のビフテキ
かわいい子牛は柔らかお肉
子牛は言うよ「残さず食べてね」
ドナドナドナン、ドンナン……
不穏な予感に苛まれ胸が苦しくなるので歌うのをやめてもらいたいのだが、到着するまで絶対に顔を出すなと言われているので、我慢している。
やがて、荷馬車の揺れが激しくなった。荷台に横たわりうとうとしていたシロは、車輪が何かを乗り越え荷台が大きく揺れた拍子に頭を強打し目を覚ました。荷馬車に積まれているいくつかの樽の位置が振動でずれて体が圧迫されているのを押し戻しつつ、割れてでこぼこになった石畳が修復されないまま放置されゴミが散乱している貧民街に入ったのだろう、とシートの下で頭をさすりながら察した。
「ねえお兄さん、ちょっと遊んで……やだ、まだ子供じゃないか」
「おむつ履いてるような小僧に跨ろうってのか、ババア」
下品な冗談にケは無言であったが、荷馬車の速度が上がったところを見ると、閉口しているのだろう。申し訳ないことをしてしまった、とシロは思う。キより少し年上らしいケに、折を見て短いスカートに関して忠告しておこうと胸に誓った。
そういえば、キはどこへいったのか。
重苦しいものが喉元にせりあがってくるような感覚が、荷馬車が激しく揺れた拍子にまた頭部を強打した途端に消滅した。
倉庫のような佇まいのどんまい食堂前で、シロはようやくシートを取り去り、ケに手伝ってもらって荷台から降りた。弱り切った体は本調子からはほど遠く、一人では歩くのもやっとの有様だった。
「シロ聖人!」
食堂の入口から元気な声がした。輝く笑顔のシスター・ウーヤが立っていた。
「お目覚めになられたのですね。奇蹟だわ!」
ウーヤの他にも数名善良そうな顔の女性たちがわらわらと出て来て、シロを出迎えた。無料食堂の運営に携わる大教会の信徒たちだろう。皆聖人とのご対面に目を輝かせており、シロを大層居心地悪くさせた。
ケは馬と荷車を見張るため外に残ると言ったが、シスター・ウーヤに対し恭しく「これは、うちの旦那さんから、大教会の皆さんにお納めするようにと預かって参りました」とシロの頭ほどの大きさの樽を荷台から降ろして渡した。
「まあ、これが有名なハッチョですか? 食材の寄付はとても助かります。旦那さんにようくお礼を申し上げてください」
樽は全部で五つあった。中に運び込むのを他の信徒たちに任せ、シスター・ウーヤはシロの腕を支えて、中に招き入れた。
昼時を少し過ぎた時間帯で、前回の訪問時よりかなり混雑していた。天井の高いだだっ広い空間に、細長いテーブルが平行に並び、その両側に置かれた椅子は殆ど飽きがない。男性が多いが女性や子供の姿もあった。そして、そこかしこで「どんまい」ばしっ。「どんまいでーす」びしっ。と響き渡っている。四方の壁に張られた紙が、風になびいて揺れていた。
首を傾げているシロに、シスター・ウーヤは
「なんだか前にいらした時より随分小さく、一層しょぼくれた感じになったみたいですねえ。どん」
怯えて体をすくめたシロの様子に、シスターは途中で言葉を切った。
「今日は、やめておきましょう。また、お体が万全の時に」
体調が戻ったらもうどんまいしてもらう必要もないのだが。と言うより、どんまいしてほしいと思ったことはないのだが、とシロが口には出さずに考えていると、シスターが大きく溜息をついた。
「ああ、ヘルシさん、お腹がいっぱいになったのでまた寝てしまいましたね」
前回と同じ、入口から一番遠いテーブルの端で、ヘルシは積み上げたボウルの山に囲まれて突っ伏して寝ていた。彼の周辺だけは椅子が空いている。
「今日はお酒を飲まないように朝から目を光らせていたのですが……」
「そもそも食べすぎじゃないですか」
シスターに揺さぶられても机に突っ伏した巨漢は反応を示さない。
「仕方がありませんねえ」シスター・ウーヤは溜息をついた。
広い食堂内を横切って端のテーブルまで歩いただけで息を切らしているシロを近くの椅子に座らせると、シスターはテーブルの上に無造作に置かれていた剣を手に取った。それはかなり古いものであろうことが外見から見て取れた。
「長くなるので端折りますが、この剣を持って、ヌガキヤ村に戻れ、とヘルシさんからのご伝言です」
目の前に突き出された剣を見つめながら、シロは目をぱちくりさせた。
「あの……省略した部分を話してもらえますか?」
シスター・ウーヤの目が細くなりシロを狼狽させたが、彼女はホッと小さく息をついて、シロの隣に腰かけると、声を低くして語り出した。
「大きな声では言えない話なんですけどね」
今まで自分より若いと思っていたシスターの顔に影か差し、一気に歳をとったように見えた。
荷馬車を走らせる若き奉公人の名はケといった(類似性が感じられるものの、キとは親戚関係にないそうだ)。石畳の上で、人も馬車も多い道だ。それ程のスピードは出していないが、シートを被って荷台に横たわっているシロの体に、ごとごと揺れる振動が直に伝わって来る。
ケは先ほどから物悲しい子牛の歌を繰り返し口ずさんでいる。荷馬車+ごとごとの組み合わせでこの歌が自動的に口に上るのはヌガキヤ村でもキンシャチでも同じらしい。それだけよく知られた歌ということだ。
よく晴れた昼下がりに
市場へと続く道は紅
荷馬車でごとごと子牛
向かうは屠殺場
今日はビフテキ子牛のビフテキ
柔らかお肉子牛のビフテキ
かわいい子牛は柔らかお肉
子牛は言うよ「残さず食べてね」
ドナドナドナン、ドンナン……
不穏な予感に苛まれ胸が苦しくなるので歌うのをやめてもらいたいのだが、到着するまで絶対に顔を出すなと言われているので、我慢している。
やがて、荷馬車の揺れが激しくなった。荷台に横たわりうとうとしていたシロは、車輪が何かを乗り越え荷台が大きく揺れた拍子に頭を強打し目を覚ました。荷馬車に積まれているいくつかの樽の位置が振動でずれて体が圧迫されているのを押し戻しつつ、割れてでこぼこになった石畳が修復されないまま放置されゴミが散乱している貧民街に入ったのだろう、とシートの下で頭をさすりながら察した。
「ねえお兄さん、ちょっと遊んで……やだ、まだ子供じゃないか」
「おむつ履いてるような小僧に跨ろうってのか、ババア」
下品な冗談にケは無言であったが、荷馬車の速度が上がったところを見ると、閉口しているのだろう。申し訳ないことをしてしまった、とシロは思う。キより少し年上らしいケに、折を見て短いスカートに関して忠告しておこうと胸に誓った。
そういえば、キはどこへいったのか。
重苦しいものが喉元にせりあがってくるような感覚が、荷馬車が激しく揺れた拍子にまた頭部を強打した途端に消滅した。
倉庫のような佇まいのどんまい食堂前で、シロはようやくシートを取り去り、ケに手伝ってもらって荷台から降りた。弱り切った体は本調子からはほど遠く、一人では歩くのもやっとの有様だった。
「シロ聖人!」
食堂の入口から元気な声がした。輝く笑顔のシスター・ウーヤが立っていた。
「お目覚めになられたのですね。奇蹟だわ!」
ウーヤの他にも数名善良そうな顔の女性たちがわらわらと出て来て、シロを出迎えた。無料食堂の運営に携わる大教会の信徒たちだろう。皆聖人とのご対面に目を輝かせており、シロを大層居心地悪くさせた。
ケは馬と荷車を見張るため外に残ると言ったが、シスター・ウーヤに対し恭しく「これは、うちの旦那さんから、大教会の皆さんにお納めするようにと預かって参りました」とシロの頭ほどの大きさの樽を荷台から降ろして渡した。
「まあ、これが有名なハッチョですか? 食材の寄付はとても助かります。旦那さんにようくお礼を申し上げてください」
樽は全部で五つあった。中に運び込むのを他の信徒たちに任せ、シスター・ウーヤはシロの腕を支えて、中に招き入れた。
昼時を少し過ぎた時間帯で、前回の訪問時よりかなり混雑していた。天井の高いだだっ広い空間に、細長いテーブルが平行に並び、その両側に置かれた椅子は殆ど飽きがない。男性が多いが女性や子供の姿もあった。そして、そこかしこで「どんまい」ばしっ。「どんまいでーす」びしっ。と響き渡っている。四方の壁に張られた紙が、風になびいて揺れていた。
首を傾げているシロに、シスター・ウーヤは
「なんだか前にいらした時より随分小さく、一層しょぼくれた感じになったみたいですねえ。どん」
怯えて体をすくめたシロの様子に、シスターは途中で言葉を切った。
「今日は、やめておきましょう。また、お体が万全の時に」
体調が戻ったらもうどんまいしてもらう必要もないのだが。と言うより、どんまいしてほしいと思ったことはないのだが、とシロが口には出さずに考えていると、シスターが大きく溜息をついた。
「ああ、ヘルシさん、お腹がいっぱいになったのでまた寝てしまいましたね」
前回と同じ、入口から一番遠いテーブルの端で、ヘルシは積み上げたボウルの山に囲まれて突っ伏して寝ていた。彼の周辺だけは椅子が空いている。
「今日はお酒を飲まないように朝から目を光らせていたのですが……」
「そもそも食べすぎじゃないですか」
シスターに揺さぶられても机に突っ伏した巨漢は反応を示さない。
「仕方がありませんねえ」シスター・ウーヤは溜息をついた。
広い食堂内を横切って端のテーブルまで歩いただけで息を切らしているシロを近くの椅子に座らせると、シスターはテーブルの上に無造作に置かれていた剣を手に取った。それはかなり古いものであろうことが外見から見て取れた。
「長くなるので端折りますが、この剣を持って、ヌガキヤ村に戻れ、とヘルシさんからのご伝言です」
目の前に突き出された剣を見つめながら、シロは目をぱちくりさせた。
「あの……省略した部分を話してもらえますか?」
シスター・ウーヤの目が細くなりシロを狼狽させたが、彼女はホッと小さく息をついて、シロの隣に腰かけると、声を低くして語り出した。
「大きな声では言えない話なんですけどね」
今まで自分より若いと思っていたシスターの顔に影か差し、一気に歳をとったように見えた。
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