死と乙女

春泥

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DAY 1

6 全員私刑

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「好奇心は猫を殺すって、その年になるまで誰も教えてくれなかったのか、クソババア」

 虹色の仮面を光らせ、露わになっている唇から品のない罵りの言葉を吐き散らしながら、男はテーブルの上を進んでいく。グラスを倒し、豚の頭を踏みつけ、燭台を蹴り飛ばし……男が一歩前進するたびに、着席している女たちから悲鳴があがる。
 倒れた燭台から火が燃え移らないように、メイドたちが素早く対処する。
 男はそんな騒動などものともせず、テーブルの上を大股に歩いて行く。途中トップハットが頭から転げ落ちたが、振り返りもしない。くるくると渦巻く濃い色の髪が緩く束ねられ、男の歩調に合わせて背中で跳ねている。

 ジェーンは蝋燭の灯りに暗く翳る瞳を男に据えて、待っている。彼女の隣と、向かい側に座っている女たちは、可能な限りジェーンから体を引き離そうと体をねじっているが、尻をニカワで固定されたが如く、椅子から立ち上がって逃げようとはしない。

「あいにくと、なにも思い出せないのだけれど。ここにいるわたしは、好奇心のせいで死んだのかしら」

 ジェーンが呟いたときには、男は老女の前に到着していた。男はジェーンの正面で仁王立ちになると、燕尾服の尻尾がテーブル上に垂れるのも気にせずしゃがみ込み、ぐっと顔を前に突き出した。老女は、ほんの二十センチほどしか離れていない男の顔を、静かに見つめ返した。

 唇が少し薄すぎる気がしたが、顎はがっしりしているし、仮面に隠されていても鼻筋の通ったハンサムな若者なのだろう、とジェーンは思う。仮面から覗く瞳の色はわからないが、髪色――ほとんど黒に近いブルネット――にマッチする色だろう。少なくとも、外見上は、三十歳前後の見目麗しき青年。堕落の一途をたどる大貴族の放蕩息子、そう思えば、このような傍若無人な振る舞いも魅力的に見えなくもない――ジェーン自身にとっては、受け入れ難い非礼ではあっても。

「どうして死んだなんて思うんだ、ジェーン」さらに顔を近づけて、男は優しい声を出す。
「だって、わたし、メイドの顔を見たのよ」
「どうしてそんなことをした」
「どうして? なんだか、見てほしくなさそうだったからかしら」

 男は呻き声を発すると、テーブルから飛び降りた(ジェーンの頭を跳び越すこともゆうゆうできたはずだが、そうはせず、誰もいないテーブルの端から降りた)。そこから数歩で老女の背後に回った男は、彼女の椅子の背もたれに手を置き、彼の一挙一動を見守る女たちの顔を見渡した。

「レディーたち、残念ながら、楽しい宴はこれでおしまい。文句なら、ジェーンに言ってくれ。見てはならないモノでも見ずにいられない、この行かず後家に」

 メイドたちが、素早くテーブルに群がり、皿やグラスを片付けた。動きが素早すぎるせいか、誰もその顔をはっきりと捉えることができない。最後のメイドが部屋から出ていくと、男が踏みつけて荒らした痕跡は、何一つ残されていなかった。

「ここからは、あまり楽しくない話になる。だから、みんなしこたま酔っぱらってからの方がいいと思ったんだが、仕方がない」
 男はジェーンの椅子をぐらぐらと揺すった。老女の体は成す術もなく、かくかくと揺れる。
「非常に残念なお知らせだ」男は、一呼吸おいて、口を開く。「ここにいるお前たちは、全員悪人だ。だから、全員死んでもらう。ただし」マスクに隠れていない男の口が、いびつに歪んだ。

 笑っている。皆、そう思った。

 男は途中長いテーブルの中ほどにひっくり返って落ちていた帽子を拾いあげてから自分の席に戻ると、ゆったりと腰かけ、長い脚を優雅に組んだ。
「好きな死に方を選ばせてやろう。さあ、希望を言ってみろ」
 しばらく、誰も口を開かなかった。

「藪から棒に、何言ってんだよ」

 最初に声をあげたのは、もちろんあの四十女だった。勢いよく立ち上がったので、派手な音を立てて椅子がひっくり返った。ああ性懲りもなくと内心思いながら、女たちは胸を撫で下ろしていた。自分ではない誰かが犠牲になってくれるのなら、それに越したことはない。

「そもそも、悪人たあどういうことさ。ここにいる全員で謀反でも起こした? あそこにいるこまい子供まで仲間だっていうのかい?」
「程度の差こそあれ、お前たちは全員が罪人だ。死ねば地獄に堕ちるのは間違いない。だが、地獄の番人にも、情けはあるってことだ。だから、死に方を選ばせてやる」
「程度の差って、一体誰が何をしたって。いいや、あたしは、他の女のことなんてどうでもいい。このあたしが、一体何をしたって言うんだよ」

 四十女が大袈裟に手を振り回すたびに、豊かな赤髪が揺れる。仮面の男ほどではないにしても、大柄でがっしりした体格。彼女は怒りで美しく燃えていた。それは、破滅に向かう者が死に際に示す煌めきのようなものかもしれなかった。

「知りたいのか。忘れさせてやったのは、情けだと思えないのか。お前たちはどうしてそうも」男は一旦言葉を切り、彼の位置から最も遠い席にいるジェーンを見やって、
「知りたがる」
「どうせ死ぬなら、意味のないことかもしれないわね」
 男の視線を知ってか知らずか、ジェーンが呟いた。
「お前は、いちいちおれを苛立たせるな」
 男は、テーブルから足を下すと、両肘をついて顔の前で両手を合わせた。
「どうか教えてください、と涙ながらに請うてみたらどうだ」
「教える気のないひとにお願いして、なんになるの」
「ジェーン……」

「わ、わたし」
 それは、年の頃は二十代後半、明るめの茶の髪が魅力的な、まだ若い女だった。女はゆるゆると立ち上がった。細面で知的な顔立ちだが、しきりに目をしばたたかせ、冷めない夢の中で抗っているような風情があった。
「本当に、どんな死に方でも可能なの? その……どんなに馬鹿げて非現実的に聞こえようとも?」
「もちろんだ。おまえの最期の願いだ。どんな望みでもかなえてやろう。遠慮はいらない」

 男は前のめりに身を乗り出した。ゆっくりとした動作だったが、そのしなやかで抜け目のない身のこなしは、大型のネコ科の動物か、蜥蜴とかげ、あるいは蜘蛛を思わせた。

「わ、わたし、わたしは……」女はぎゅっと目を瞑って、開いた。
「熊の腕に抱かれて、生きたまま食べられたいと、ずっと思っていたの」
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