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日記

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 七月十五日(木)曇りのち雨

 薬を飲んだ所為で眠れないので、翌日の分も書くことにした。

 この薬は、良く効く。疲労が取れるし、気分も晴れる。

 買うためには、はんこが要るが、しばらく使っていない。うっかり忘れたときに、行きつけの薬局のおばさんが色目を使ってきたから相手をしたら、融通が利くようになった。

 それから、おばさんがその気になったら抱いている。

 四十路間近だが、涼しげな美人だし、抱くことに何の抵抗もない。

 ただ、ことの最中に息を止めてしまうのが弱る。

 初めて行為に及んだとき、途中でおばさんが死んだようになったので焦りに焦った。頬を叩いたらすぐに気がついたので胸を撫で下ろしたが、あれは本当に怖かった。

 心配になって、どこか具合が悪いのかと訊くと、おばさんは悪びれる風もなく、そういう性癖があるのだと明かした。

「窒息寸前が気持ち良いのよ。ぼうっとして」

 おばさんは、うっとりした顔をしていた。それはそうだろう。その到達点すら超えて、失神までしたのだから、満足していたに違いなかった。

 俺は、すっかりと萎えていた。危うく、あらぬ疑いをかけられてしまうところだったのだから、そうなったって仕方はないだろう。

 なんて迷惑な性的嗜好を持っているのかと、怒り、いや、それよりもずっと強い怯えと呆れの入り交じった気分になっていた。

 それで、かなり真面目に、

「なんて危ないことをしてるんですか。やめてくださいよ」

 と言ったのだが、

「首を絞めてくれたら、やめてあげる」

 なんて、どうしようもないことを艶っぽく言うので背筋が寒くなった。

 おばさんは未亡人なので、旦那が恋しくて死にたがっているのかもしれない。

 流石に、死ぬ手伝いは出来ないので、なんとか力になってやれないかと頭を悩ますが、俺は馬鹿だから途中で路線がずれていき、最後には必ず、何を偉そうに人様の心配をしているのか、と自嘲するに至る。そして、酷く落ち込むのだ。

 おばさんとの付き合いで、不便があるとすればそれだけだ。

 いつか、注射の方が効くと、おばさんに勧められたことがあった。

 だが、俺は先の尖った金属を見ると手が震えるし、自分で打てないからと断った。

 そしたら、一本打ってあげるなんて言い出したもんだから薬も買わずに慌てて逃げた。

 自分の体に、針を刺すのが怖ろしくて嫌だ。他人の体でも、動物であっても嫌だ。おばさんが打っているところも見たことがない。顔を背けて見ないようにしている。

 それに注射は高い。物がないのを良いことに、ヤミ市の方で四十円ばかし高値で転売されているのを見ると、手を出してはいけないように思う。

 模造品や安物の粗悪品も出回っているし、すねに傷持つ連中が仕切っているというのも一目瞭然。また雀荘の時みたいに、暴力沙汰になる予感がする。

 それもまた怖くて嫌だ。
 
 
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