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誘拐犯の独白劇~後編~

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 繁殖サイクルの話、でしたね?

 日記に、薬局のおばさんが野鼠を食べていたのでは? との推測がありましたが、はい、その通りです。蜘蛛人になった時点で他の生き物を食らうようになります。肉体を得たので、経口摂取に切り替わるということですね。

 ある程度栄養を蓄えると妊娠し、影子宮の中で幼虫を育てます。そして出産できる時期が来ると、先ほど話した対象となる動物の影に幼虫を産みつけます。

 出産時期になっても産めないまま一定の期間が過ぎると、影子宮にいる幼虫は分解され栄養として吸収し直されます。産もうが、吸収し直そうが、子宮が空になると栄養次第でまた妊娠し、産める時期が来たら出産の機会を狙う訳です。

 さて、あなたが現在の状況に陥った理由が、もう見えてきたのではないですか?

 思ったより疑問の色が消えませんね。そうですか。こちらもまだ話していないことがありますので、絵巻の画像を見てもらいながら説明を続けましょう。これが最後の失敗談になります。

 えぇ、屋敷ですね。左側が寝所、右側が座敷という構図です。ごちゃごちゃしていて分かりにくいですから、まずは落ち着きのある寝所から見ていきましょうか。はい、女性が布団に入って寝ていますね。その傍らで、藁人形わらにんぎょうを手にした修験者風の男性が胡坐をかいて座っています。

 これは人形移しの術を使ったところですね。それがどういうものなのかは後で話しましょう。それでは座敷の方に移ります。こちらでは大きな黒蜘蛛が、刀を構えた鎧武者に囲まれています。見るからに化け物退治の真っ最中ですね。

 では、床に注目してください。女性の寝ている布団から伸びた線が、黒蜘蛛と繋がりそうになっているのが分かるでしょうか? 一見そのように見えますが、実のところ、これは繋がっていた影が途切れたところを描いてあります。

 では例のごとく文字を適当に読んでみましょう。『姫に取り憑いた欺影虫を追い出すために、拝み屋が姫の魂を藁人形に移した。途端に欺影虫が飛び出した。鎧武者が勇んで掛かったが、欺影虫はその影に入り、今度は鎧武者に取り憑いてしまった』。

 もう一度、床を見てください。私が指で示しているこの辺りです。鎧武者の影に黒蜘蛛の脚先が沈んでいるのが分かりますかね? 分かりにくいかもしれませんが、これは鞍替えという行動です。影から空になった宿主の肉体に移ることを宿替え、別の動物の影に移ることを鞍替えと言います。

 欺影虫は生涯に一度しか宿替えしません。宿替えした後はその肉体と運命を共にします。肉体が死ねば自分も死にますし、肉体が弱っても途中で捨てて鞍替えするということもありません。

 つまり、鞍替えは宿替え前の成虫と、育ちきっていない幼虫がとる行動ということです。私の、ああ、また言い間違えました。良一郎の母に憑いたのは、首を吊った祖母から鞍替えした幼虫だったということです。たとえ毎日食事を与えられていたとしても、好恵ちゃんが高々一日二日で妊娠と出産を繰り返すことはできませんから。
 
 
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