69 / 82
誘拐犯の独白劇~後編~
9
しおりを挟むあ、不満げな色になりましたね。いえ、分かりますよ? 確かに、この近辺で欺影虫が猛威を振るったのは、昭和二十三年の夏に、以前の私、良一郎が百鹿に出した嘆願が原因です。それは間違いありません。認めましょう。しかし、それはそれ。これはこれです。だって七十年以上も前のことですよ? 私が責任を取るのっておかしくありません? どうしても腑に落ちないんですよね。
私の実年齢は九十過ぎです。何かあったとしても、本来ならとっくに死んで、孫か曾孫の世代に丸投げしてるところですよ。というか、もう勢いに任せて言ってしまいますが、こんなことになったのは私じゃなくて良一郎と百鹿の所為ですからね?
本当のところ、迷惑してるんです。私と千鹿に尻拭いさせて、二人ともさっさと死んでるんですからね。いえ、実際は二人とも生きていますよ。百鹿は彼の世で不還になるために瘴気を蓄えてますし、良一郎は私が自分の人格に統合しましたからね。でも、それって死んだのと変わらないんです。だってそうでしょう? どっちも此の世にいないんだから、死んだも同然ですよね?
どうです? あなただったらどうします? 死んだ祖父母が若い頃に犯した過ちが原因で、今になって大量に人が死んだとして、その償いに無料働きをしますか?
ほら、迷いの色が浮かぶでしょう? 濃い色ですよ。とても。
そういうものなんですよ。
実際、私はどちらでも良いんです。良一郎ほどの正義感も優しさも持ち合わせていませんので。あなたがどうなろうが知ったことではないです。私の人生には関係ないことですからね。どちらかと言えば、手間が掛からない方が楽で良いですよね。誰だってそう思うはずです。
そう思いません? そうですよね? そういう色をしていますよ? 感情が。
そういえば、日記の世界に旅立ってもらう前に、私、あなたにタイムリミットがあると言いましたね? それは欺影虫があなたの本体にある形のないものを食らい尽くしたときだと理解してもらえましたか? 本体に残してあるのは、あなたの半分ほどです。それだけ食べれば欺影虫は成虫になります。およそ八時間で枯渇する計算なので、今は残り時間が半分を切ったというところですかね。
まだまだあるように思うでしょうけど、飽くまで平均的な概算ですからね? 吸収速度は個体差があるので、安心するのは間違いですよ。二時間くらいは前後しますからね。早いと残り二時間を切ったことになります。
ま、早かろうが遅かろうが空の器が用意された途端に蜘蛛人が出来上がることには変わりありませんけどね。そうなれば、あなたは人形の中から自分が殺されるのを見ることになる訳です。
ドーン! とあなたの命が散るのが冗談だとも言いましたよね?
そう、冗談なんです。散ると言うよりは流れる。流れるというよりは飲まれるんですよね。魂の奔流に。蜘蛛人になった肉体の駆除が済んだら、次はあなたを人形から解放してそこに送るんです。私も入ったことがありますけど、良いところですよ、たぶん。
まったく覚えていませんけどね。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる