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愛美~前編~

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「姉ちゃん、なぁ、姉ちゃん」

 呼ばれて、回想が途切れた。
 意識が車の後部座席にいる現実に引き戻される。

 隣に顔を向けると、学が変な顔で鼻をすんすん鳴らしていた。

「何?」

「すかした? 何か臭ぇんだけど」

「どうせ、お父さんでしょ」

 私は冷たく言ってそっぽを向いた。
 いやしくも乙女だ。人前でおならなんかするか。

 窓の外で濃緑の林が流れていく。それを見ながら胸を悪くしていると、

「よく気づいたな。そうだよ、俺だよ」

 という父の笑い混じりの声が聞こえた。

「馬鹿ねぇ。愛美がそんなことする訳ないじゃないのぉ」

「だよね」

 学が笑いながら言う。

「でも姉ちゃんだったらマジで面白ぇなと思って。潔癖気味のすかしっ屁。てか、父さん、これマジで臭ぇよ。何食ったらこんなの出るんだよ」

「あん? 何ってお前、お前と同じ物しか食ってないよ」

「やだぁ、もう、本当。何これ、腸が悪いんじゃないのぉ?」

 母と学が臭い臭いと文句を言いながら窓を開ける。緑の匂いを乗せた風が吹き込んできて髪がなびく。豊かな自然の空気に触れると、目的地が近づいているのを実感できた。

 ゴールは御影山みかげやまキャンプ場。今年の春にオープンしたばかりの行楽地。

 出来て間もないからか、レビューコメントはなく評価もついてない。
 山の中腹から望む景色と満天の星を売りにしていたけど、そのありきたりなうたい文句から、おそらくどこにでもあるようなキャンプ場なのだろうと想像している。
 看板が見えてきたのでそろそろ到着するだろう。

 それにしても遠かったな、と思う。スマホで時刻を確認すると家を出てから約二時間が過ぎていた。
 先隣の県にあるので高速道路を利用したのだけど、下道に出てからの移動距離が長かった。
 とはいえ休憩もしているし、時間的にはこんなものなのかなとも思う。

 朝食はトイレ休憩で立ち寄ったサービスエリアのコンビニで買った。
 母と私はレタスサンドとペットボトルの紅茶。
 父と学はおにぎりとペットボトルの緑茶を選んだ。

 我が家は何をするにも男女でしっかりと割れる。なので話がまとまらない。

 だけど今回は違った。宿泊方法を話し合ったとき、荷物を用意するのが面倒だった父と、虫が苦手な母と私の意見が合い、テントではなくロッジを利用することになったのだ。
 
 
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