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愛美~前編~
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しおりを挟む「学、学は」
父が自分の体をまさぐるように触る。ポケットを叩いたり、中に手を突っ込んで探ったりする。父がスマホを探しているのだと覚った私は、自分のスマホを取り出そうとして、躊躇した。手に血がついていたからだ。
手が汚れているだけで気分が悪いのに、スマホまで汚れるのはいやだった。まずは手をよく見て、汚れの有無を確認する。
指には血がついていなかったので、ズボンのポケットからスマホを取り出し、タッチパネルを素早く操作。ナンバーロックを解除して学に電話した。
父がスマホを探すのを止めて、私の方を心配そうに見る。
数回の呼び出し音の後、学の声がした。
「――何?」
不機嫌そうな大きな声の後ろで、水の流れる音がする。
「――今、忙しいんだけど」
私は父を見て微笑み、軽く息を吐く。と、父が私の手から両手でスマホを奪い取る。
「学、すぐ帰って来い。……何でじゃない、つべこべ言わず」
私は父からスマホを奪い返し、スピーカーにする。
「――何かあったの?」
呑気な大声がスマホから響く。
「――あ、おい、スピーカーにしただろ」
「そんなことはどうだっていいんだよ。いいから早く」
「――うわぁっ」
学の叫び声がした。私は父と顔を見合わせる。父は緊張した面持ちになっていた。
私はすぐに呼びかけようとしたが、
「――すっげー! めっちゃ跳ねた!」
と、すぐに学の興奮した声と笑い声が続いたので、声の代わりに安堵の息を漏らした。
だけど、父は少し間を置いて目を覆った。安心よりも腹が立ったようだった。
「おい学」
父がイライラした様子でスマホに向かって言う。
「釣りをやめて、帰って来い。今すぐ」
「――何? 聞こえない」
「早く帰って来いって言ってんだ!」
「――はぁ? やだよ」
「あのね、学。人が殺されたの」
私はどう言えば学の危機感を煽れるか考えて言う。
「さっき私が見た男の人が、キャンプ場で人を殺して、そっちの方に向かったの。危ないから、早く帰ってきて。お願いだから」
「――え、ごめん、何?」
「いいから早く帰って来い!」
父がスマホに向かって怒鳴りつける。
「いい加減にしろ! この馬鹿! お前を置いて帰るぞ!」
「――何怒ってんだよ。分かったよ」
「学、変な人がいたら」
私が喋っている途中で通話が切れた。私はやるせない気持ちのまま父にスマホを渡す。父はスマホを受け取り、シャツの胸ポケットにしまうと肩を怒らせてロッジに向かった。学を迎えに行くつもりはないらしい。元々はそういう気でいたのかもしれないが、怒りで忘れたのだと思う。
私は一度、学のいるであろう方向に視線を向けてから、父の後を追った。
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