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星の守護者編

龍神アルト

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 八年前より以前の記憶。それが不意に蘇ることがあった。アルトは誰にも覚られないようにしているが、その記憶が蘇る度に、酷く憂鬱で暴力的な気分になった。

『おい、こっちに来い!』

『やだ! もうやめて!』

 父に手を掴まれ、強引に寝室に連れて行かれそうになっている姉を救いたかった。それで毎回、父の足にしがみつき、その度に殴られ外に放り出された。

 物心ついた頃には既に母はいなかった。着るものは近所に住むおばさんが憐れんで与えてくれたが、もらった側から父に剥ぎ取られ酒に変えられた。
 そうなると分かったからか、おばさんは服を与えてくれなくなった。
 ほとんど裸で過ごし、冬でも肌着一枚。食べる物は、姉に手を引かれて近所を巡り、頭を下げてどうにか恵んでもらっていた。

 心ある人ばかりではなく、中には父のようなことを姉に強要する人もいた。その度にアルトは飛び掛かった。そして返り討ちに遭い、姉を泣かせた。
 無力な自分が嫌いだった。優しい姉を連れて、どこか遠くに行きたかった。

(おいらがもう少し大きくなったら――)

 ある日を堺に、姉が父に抵抗しなくなった。何もないところで誰かに話し掛けて笑ったり、急に泣き出したり、食べ物を恵んでもらいにも行かなくなった。
 アルトはおばさんに助けを求めた。おばさんは近所の人たちに声を掛け、みんなで家まで来てくれた。だが、手がつけられない程に暴れる父に追い返されてしまった。

『お前が呼んだんだな! 余計なことしやがって!』

 その日、アルトは父に酷く殴られた。外に捨てられたところを、様子を見に来てくれたおばさんに救われた。その時の怪我が原因で、アルトは上手く歩けなくなった。

 姉を連れ出して、外に行くという願いがどんどん遠のいていった。
 それと共に、アルトは生きることに疲れてきた。だがそれでも、姉を想う気持ちは変わらなかった。理不尽に対する怒りも消えなかった。

(生きるんだ。おいらは生きる。姉ちゃんと一緒に生きるんだ)

 今度はアルトが姉の手を引いて近所を巡り、頭を下げて食べ物を恵んでもらうようになった。しかし、優しかった近所の人たちも段々と煙たがるようになった。
 それは仕方がないことだった。父が頻繁に問題を起こしていた上、その年は不作だった。近所の人たちも、自分のことで精一杯だった。

 やがて優しいおばさんも食べ物を与えてくれなくなった。それがとても申し訳なさそうで、涙まで浮かべられたので、アルトは心苦しかった。

『おいらたちは、大丈夫。おばさん、いつもありがとう』

 アルトは泣き顔を見せなかった。頭を下げて、姉と家に帰りながら泣いた。
 姉も自分も、飢えて痩せ細っていた。父は酒ばかり飲み、自分のことしか考えていなかった。そしてその日、父に乱暴された姉は死んでしまった。

 父は納屋から出した荷車に姉の遺体を乗せた。

『ついでだ。お前もやっとくか。どうせもう俺も終わりだ』

 姉の死に呆然と立ち尽くすアルトを父は酒瓶で殴った。頭に強い衝撃があり、一瞬、痛みを感じた後で、アルトは倒れた自分を見下ろしていた。

(ああ、そうか。おいら、死んだのか)

 荷車に姉が座っていた。そしてアルトを手招きした。
 アルトは姉も一緒だということを嬉しく思った。
 漠然と星に還るという理解があった。
 姉と二人で還れるだけで十分だと思った。

『アルト、おいで。アルトも寝ちゃったのね。お父さんがどこかに連れて行ってくれるみたい。こんなこと、今までなかったから楽しみね』

 アルトはそう笑顔で言う姉に愕然とした。

『抱っこなんて、初めてしてもらったんじゃない? 嬉しいわね。アルト』

 間もなく、姉の遺体の隣に自分の遺体が乗せられ、筵を掛けて隠された。

『うふふ、どうしちゃったのかしらね? 寒くないように、布団を掛けてくれるなんて、今日のお父さんは優しいわね』

『うん……そうだね……』

 アルトは荷台に上がり、姉の隣に座った。こんなに悲しいことはなかった。涙が止まらなかった。姉はどこも見ていない。生きているときよりも酷くなっていた。


 *


「お前らみたいなのがいるから――!」

 龍神アルトは、竜騎兵を次々に落としていった。
 王都に防護壁が張られていたから良いものの、大勢の人が酷い目に遭わされるところだった。何をした訳でもない人たちに、理不尽な暴力を振るう者が許せなかった。

 アルトの目には、父の姿が浮かんでいた。父は事情を知ったノルギスによって裁かれ、縛り首になった。死んだ後は、エルモアによる裁きも受けている。
 だが、アルトの気は晴れなかった。受けた仕打ちは記憶に深く刻まれて苛ませる。その辛さを知るアルトは、誰にも自分と同じ思いをしてほしくなかった。

「オラオラオラー!」

 アルトは竜騎兵を落とし続け、やがてシクレアの元に辿り着いた。
 丁度、防護壁を背にしたシクレアとルリアナが向き合っている。
 このとき、シクレアはアルトが向かって来ているのを目にしていた。
 ゆえに、陶酔の吐息を吐いて周囲の竜騎兵の動きを阻害し、ルリアナを挑発した。すべては、アルトの不意打ちを成功させる為の行動だったのだ。

「なんであんたなんかに、教えなきゃいけないのよ。バーカ」

「ぶっ殺す!」

 激昂したルリアナがシクレアに飛び掛かる。シクレアは羽ばたきを止めて急降下し、ルリアナの攻撃を躱す。それはルリアナがやってみせた動きだった。

「ざーんねん。はっずれー」

 真似をされたルリアナはより頭に血が上った。歯軋りして攻撃を繰り出そうとしたが、後方に気配があることに気づき、ハッとして振り向いた。

「い、いやあああっ!」

 ルリアナは悲鳴を上げた。その目に猛進するアルトの姿が映る。
 アルトはルリアナの体に体当たりし、そのまま防護壁に衝突。
 あらん限りの力でルリアナを押し続ける。

「きゃああああああ!」

「うおおりゃああああ!」

 アルトが纏う乱気流がルリアナの体を切り刻む。
 赤い霧雨が辺りに撒き散らされ、血の残り香を置いて落ちていく。
 防護壁との間に挟まれ、押し潰されたルリアナの体は既に死んでいた。骨は砕け、臓器は破裂。体表も創傷に塗れ、血反吐を吐いて絶叫する。

 ピシッ――という音と共に、防護壁にヒビが入り、直後に割れた。

「まだまだああああ!」

 アルトは止まらず突き進み、ルリアナごと城に衝突した。
 
 
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