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4‐3 酒場にて(後編)
しおりを挟む聞き捨てならん言葉があったな。急に胸糞悪くなったぞ。
イルマが行き倒れてた子供を拾ったっていうのは立派だし、住み込みで仕事をさせて飯を食わせてるってのも見上げたもんだと思うよ。
ただ荷物持ちとして『貸した』なんて物を扱うような言い方は駄目だろ。言葉尻を捉えるようだが、子供をいいように使ってる感じがするな。
ちょうど粥を持ってきたし、つついてみるか。
「はいセイジさん、お待たせしました。当店自慢の粥です」
「おぉ、これは美味そうですね。うん、いい匂いです。あ、ところでイルマさん、今こちらの方から聞いたのですが、従業員の子が行方知れずになったそうですね」
そう話を振ると、イルマは露骨に顔を不機嫌なものにした。
「そうなんですよ。まったく間が悪いったらもう。オットーさん、ちゃんと見つけて下さいよ。あんな役立たずでもいなくなられたら困るんですからね」
「はい、もちろんです。弁償のこともありますから。全力で見つけますよ」
「頼みますよ本当に。あれはグズで馬鹿ですけどね、顔が悪くないから売れると見込んで拾ったんです。こちらのセイジさんにお勧めしようと思ってたのに」
俺はハッとした。ああそうか。奴隷文化か。
思わず顔を顰めて頭を掻く。
思いも寄らなかった。そりゃあっても不思議じゃないよな。なんせ俺自身がそうなる予定だった訳だし。はぁ、どうして気づかないかな。
尊厳も何もない。所有物として扱われて強制的に労働させられる存在か。会話の中でも扱いは物そのもの。実態を目にするとろくなもんじゃないってのがよくわかるな。
でもそういう文化はあるもんだからな。かつては日本にだってあった訳だし。いずれ奴隷の反対運動なんかがこの国でも起きて形が変わっていくんだろう。
だから別に俺がそれを変える必要はない。ムカつきも収まったし、そういうもんだって割り切ってるところはある。先ず以て俺の目的とは全く関係ないからな。
ただこの一件に関しては放っておいたら寝覚めが悪くなりそうだ。その子供は俺が捜し出して買い取る形で話を進めた方がいいかもしれない。波風も立たんからな。
イルマもそのつもりだったようだし、もう少し詳しく話を訊くか。
そう思ったところで、イルマが「セイジさん?」と俺に呼びかけた。視線を向けると、怪訝そうな顔をしていた。向かいのオットーという青年もだ。
「どうされました? なにか失礼をしましたかね?」
「ああ、いえ」
俺は苦笑して、頭を掻くのを止めて続ける。
「なんというか、これも巡り合わせですかね。イルマさんもご存知の通り、俺は金以外を全て失いましたから、ちょうど小間使いが必要だと思っていたところで」
イルマがオットーをギロリと睨んで自分の太腿を叩く。
「ほら見たことか! オットーさん! もしリュウエンが戻らなかったらセイジさんの言う買値を払ってもらいますからね! 弁償代じゃすみませんよ!」
「ええ、わかっています。それで、不躾ですが──」
オットーは肩にかかる長い金髪をサラリと後ろに払い、神妙な顔をした。
「セイジさんは姓をお持ちですか?」
「え? はい、一応。正木です」
オットーは安堵したように胸に手を当て息を吐いた。
「やはりそうですか。でしたら、シュウ・カザマという名に聞き覚えはありませんか? あなたと同じ黒髪で目の色と顔立ちも似通っていました。同郷では?」
俺は平静を装った。だが内心では情報を掴んだ事に胸を高鳴らせていた。
多分、オットーが『はぐれた』というのはそのシュウという男なのだろう。そしておそらくシュウは労働奴隷としてジルオラに降ろされた日本人だ。
カザマ君か。頻繁にお尻を出す面白坊やの良識ある友達を思い出すな。
いや、それはどうでもいい。今はそれどころじゃない。
ほぼ決まったようなものだが、念の為に確認しておかねばなるまいて。
「知り合いではないと思いますが、オットーさんの言う通り同郷かもしれませんね。私の故郷で聞く名前です。ただ故郷ではこの耳飾りを着ける習慣がありまして」
俺がイヤホンを指で示すとオットーは眉を下げて頷いた。
「では間違いありませんね。シュウも同じ耳飾りを着けていました。実は行方不明になったのはシュウなんです。同郷のよしみで捜索をお手伝い願えませんか?」
頼まれるまでもない。が、ちょうど捜索の依頼が出されているということなので、俺は「依頼としてなら引き受けましょう」と答え、その場でイルマから依頼を受けた。
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