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SIDE リャンキ
しおりを挟むセイジ殿に言われ、俺はカイエン殿と大鍋を借りに行く準備をしに外へ出た。途端にカイエン殿が「ううむ」と唸り、首を傾げて口を開かれた。
「すごい御仁だなセイジ殿は」
俺はすぐにピンときた。
カイエン殿が言っているのは、今しがた見せられた収納術のことだと。
「はい。まるで幻術を見せられているようでした」
「リャンキもそうか。あの術、我輩には皆目見当もつかん」
「どのようにして学ばれたのか、機会があれば訊いてみたいものです」
カイエン殿が「うむ、我輩もだ」と腕を組んで頷き、言葉を続けられた。
「しかし、それにも増して驚かされたのはあの圧倒的な強さよ。昨日、リャンキも見たであろう? セイジ殿が身の丈ほどある分厚い大剣を軽々と振るう様を」
「ええ。恥ずかしながら三十路を前にして憧れを抱きました」
「わはは、四十路を過ぎておる我輩も憧れたのだ。無理もなかろう」
普段は寡黙なカイエン殿が今朝は上機嫌によく話された。
よほどセイジ殿が気に入ったようだ。
もっとも、それは俺も同じだが。
カイエン殿とにこやかに語らいながら天幕の片付けや馬の世話をしていると、透明な箱型仮設家屋の扉が開き、慌てた様子でセイジ殿が外へと出てこられた。
「二人とも、予定変更だ!」
出てくるなり、俺たちに手の平を向けてそんなことをおっしゃる。
「なにか問題でも?」
俺が訊くと、セイジ殿は「問題大ありだった」と苦笑して続けられた。
「悪いな。俺が間抜けだったんだわ。馬車で向かうと日数がかかりすぎる。ここからだと宿場町まで三四日はかかるだろ? それじゃ遅すぎるんだ」
「馬を潰すつもりで行けば、二日もかからぬと思いますが」
「いや、二人にはそのまま海に来てほしいんだ。目印も出しておくから」
「は、はぁ、わかりました」
実のところ何一つわかっていないが、セイジ殿のおっしゃることなので従っておけば間違いないだろうという曖昧な表情と返答をしてしまった。
カイエン殿に叱られるかとちらりと横目で見ると、カイエン殿もまたそのような顔をしておられ、俺の視線に気づくと咳払いして誤魔化された。
セイジ殿は俺たちの様子など全く気にしておられぬようで、ただ申し訳なさそうに「急な変更で悪いな」と頭を掻きながらおっしゃられる。
なんとも腰の低いお方で物腰も柔らかい。その人柄に尊敬の念を抱く。
これほど力があるのだから、傲岸不遜であったとしてもおかしくはないというのに。そんなところは微塵も見せられない。むしろ御自身を低く見ておられる。
おそらく、目指す先が遥かな高みなのだろう。
そのような御仁、一兵士として尊敬せずにはおれんだろう。
リュウエン陛下が父のように慕うのも頷けるというものだ。今は亡き先帝陛下も、きっとお喜びになられているに違いない。セイジ殿以上の世話役がいるものか。
セイジ殿はただ強いだけではない。力なき者には地母神の如く優しく手を差し伸べ、人の道を外れし者には鬼神の如く容赦せずに裁きを下す。
そのように思い巡らせて俺はハッとした。
もしかすると、このお方は神の御使いなのではないか?
決して馬鹿げた考えではない。そう思いつつセイジ殿を見つめていると、不意にぽんと手を打って「あ、そうだった。言い忘れてたわ」とおっしゃられた。
「言い忘れ? と言いますと?」
「ああ、ついでにって訳でもないんだがな──」
セイジ殿はすぐ側にある南の村の村民に声をかけ、手の空いている者を連れてくるようにおっしゃった。海に向かう途中の農村でも、同じようにせよとのことだ。
「し、しかし、水や食料が足りません」
「問題ない。こいつを使ってくれ」
またセイジ殿は何もないところから大量に袋を出された。
それらは麻の大袋で、中には様々な野菜がみっしりと入っている。
「あとは、これだな」
次には白い蓋付きの箱を出された。中には水がたっぷりと入っている。
「こりゃポリタンクっつうんだ。海に来るまではギリギリな量になるだろうが、ついたら海水を濾過した真水を用意して待ってるから大丈夫だろ」
「か、海水を濾過、ですか?」
「そういう装置があるんだよ。メリッサの用意したもんだからよくわからん物がいっぱいあってな。濾過装置もその一つだ。そんで、大鍋の代わりはこいつを使う」
唐突に、ずんと音をたてて大きな金属の箱が現れる。
「こいつはバッカンってんだ。これに海水を入れて待ってるから、とにかく急いで人を連れて来てくれ。火魔法使える奴は特にな。そいじゃ頼んだぞ」
セイジ殿はそうおっしゃりながら片手を上げ、バッカンなるものを消して家屋へと戻っていかれた。食材入りの大袋とポリタンクなるものを大量に置いて。
「やはりとんでもない御仁だ」
「はい。呆気にとられて術について訊くのを忘れておりました」
「我輩もだ。まぁ、そんなことより積んでしまおう。あまり無茶な要求はできんが、なるべく村民を急がせよう。セイジ殿の足を引っ張らんようにせんとな」
「では、俺とカイエン殿のいずれかが馬で南の村へ向かうのはどうでしょう? 作業を分けて行う方が効率が良いですし、時間も短縮できます」
「ではリャンキが村へと向かってくれ。我輩は力仕事の方が性に合っているのでな。このツナギとタンクトップとやらは動きやすくていい」
カイエン殿はセイジ殿の真似をしてツナギを半分脱いで袖を腰に巻いている。かくいう俺もそうだ。カイエン殿の言う通り、この服は非常に良い。
それはそうと、先輩であるカイエン殿に村へ向かえと言われたのだから、俺には否定することはできない。馬車への荷物の積み込みをお願いし、俺は馬に跨った。
「では、行って参ります」
「おう。できれば幾つか鍋を持ってこさせてくれ。これだけ食材があっても、我輩たちの持つ鍋では、とてもではないが村民の分までは作れんからな」
「任せておいてください。ついでに料理の上手いのも連れてきますよ」
「わはははは。それはいいな。気をつけて行って来いよ」
カイエン殿が笑い声を上げるのも久方ぶりに見た。
俺も思わず笑みがこぼれる。
セイジ殿は周囲を明るくする力もお持ちのようだ。
是非とも、そのコツもお訊きしたいものだと思いつつ、俺は馬を走らせた。
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