56 / 81
18‐3 雨乞いの宴(後編)
しおりを挟むカイエンの話を聞いた俺は思わず顔を顰めた。
雲が大陸に流れてこない理由はラオに風向きを操られているからだという。
「確かに辻褄は合うな。それも風の精霊を宿した魔族である根拠ってことか」
「はい。我輩もロジン様に言われるまで気づきませんでしたが、言われてみればこれほど雨が降らない日々が始まったのはラオが現れてからなのです」
「カ、カイエン殿、それは『憶測に過ぎぬから口外無用』と言われていたではありませんか。ロジン様が話されるならまだしも出しゃばるのは良くありませんよ」
「リャンキよ。我輩はお叱りを受けても構わんと思っておる。セイジ殿はそう軽々しく吹聴して回るなどということはせんよ。考えは共有しておくべきだ」
カイエンよ。残念ながら俺は民に公表するぞ。
ラオは悪いことしてるんだから、ちゃんと悪者になってもらわんと勿体なかろうて。そうすることでリュウエンが軍を起こしやすくなるのは間違いないからな。
しかし、まさかラオが海風を抑えていたとは。
地表が熱せられれば気圧が下がって海風が吹くってのが元の世界では常識だった。異世界だからだろうと済ませていたが、どうもそうではなかったようだ。
道理で波が穏やかな訳だよ。凪ってほどじゃないが、それに近かったから不思議に思ってたんだよな。朝夕ならともかく俺が海に出たのは昼過ぎだったし。
「もしかすると、ラオは精霊を宿していることを公表する気なのかもな。リュウエンを取り戻せなければ自分が帝位を簒奪する気でいるんだろう」
皇帝が無能であると示し、帝位を簒奪後に風向きを変えて雨雲を呼ぶ。
そうすりゃ初代皇帝と同じく敬われるって寸法だ。
「そ、そんな。それではセグウェイが危険ではありませんか!」
リュウエンが焦った様子で言った。簒奪者だと思ってたときは怒ってたが、事態が明らかになるにつれて弟を救ってやりたいという気持ちが大きくなったようだ。
誤解が解けて家族に対する考え方が変わってきているように感じられる。このまま関係が修復されていくことを願いながら、俺はリュウエンの肩に手を置く。
「慌てるなリュウエン。まだその時じゃないはずだ」
「ううむ、流石ですな。ロジン様も同じことをおっしゃられていました。その段階に移るのは我々を始末してからだろうと。陛下を取り戻せば中止するでしょうが……」
「ああ、そうだな」
リュウエンが魔族になればその必要がない。それを強く望んでいるからラオは帝位簒奪を実行していないんだろう。国が乱れて捜しにくくなるかもしれないからな。
ラオはよほど魔族の仲間が欲しいようだ。
器がある人の体ってのは精霊にとっても貴重ってことか。
やっぱり、目的は魔族の国を作ることなんだろうな。メリッサから話を聞いてなかったら俺もリュウエンと一緒になって焦ってたかもしれん。
「まぁ、今はやれることをしよう。民が来たみたいだぞ」
民の先頭集団がぞろぞろと砂浜にやってきた。
とりあえず、飯の準備を始めるとするかね。
それから数時間が過ぎ──。
塩と真水。焼き魚の切り身をぶち込んだ野菜のスープ。
たったそれだけの食事が民たちを大いに喜ばせていた。
結局、俺は食材を渡す以外はほとんど何もせずに済んだ。火魔法使いが薪を使って火種を作り、何人かの女たちがてきぱきと料理を始めたからだ。
なんか、俺やリュウエンに働かせちゃ駄目みたいな雰囲気が出ていた。リャンキとカイエンは特に何も言っていないらしいが、民からは敬われている感じがした。
食器もそれぞれが木製の椀と匙を持ち歩いていた。
そうなるようにリャンキが配慮してくれたようだ。
「助かったぞリャンキ。考えてもみなかった」
「いえ、当然のことです。言われずとも不足を補うのが我々の役目ですので」
雨が降らないので野宿はさほど問題にはならないそうだ。火を絶やさず寝ずの番を置いて行うとか。それ以外にも、ここに来るまでの間に規則が色々と考えられていた。
「いかんな。俺は飯をどうにかすりゃ大丈夫としか考えてなかったわ」
【マスターの考えは的を射ていますよ。実際、民にとってはそれが一番の問題です。飢えと渇きを満たせなければ、ただ死を待つだけですから。他は些事に過ぎません】
「エレス殿の言う通りです。二つの村の民が全員行くと言っていましたから。むしろ残すのに苦労したほどで。農村はともかく、南の村は百人ほど残ってもらいましたよ」
集った民の数は二百五十人。リャンキの話によると、どちらの村も俺とリュウエンの名前を出すとあっという間に希望者が殺到したらしい。
俺たちに救われたことに感謝し、力になりたいと言ってくれたようだ。
良いことはするもんだね。なんて簡単には思えない。俺は食い物を目当てに集まってくるだろうと思っていたことを恥じた。民の皆さん見くびってましたすみません。
それでまぁ、丁度良いというと不謹慎ではあるんだが集団葬儀も行うことにした。民と兵士の遺体を砂浜に並べ、皆に別れを告げる時間を与える。
葬儀を取り仕切るのはリュウエン。民は墓も何もなく、亡くなれば近親者が別れを告げ、遺体を森などに置いて野晒しにするのが常らしい。自然に還すとのことだ。
それゆえにというか、皇帝が遺体の前で跪き両手を組んで祈る姿は民を大いに驚かせ、また心を打ったようで、感激して涙する者も多くいた。
真っ赤な夕陽と、それを背に祈るリュウエンと大勢の民たち。静かな波音を聞きながら遺体に向かい伸びる影を複雑な思いで見ていると、エレスが声をかけてきた。
【マスター、何か思い悩むことでもおありですか?】
俺は見透かされたことに苦笑する。
流石に魂が繋がってるだけのことはある、か。
「まぁな。葬儀まで人気取りに利用してるような気分になってな」
【それは結果論です。偶然そうなったというだけで、最初からそのような意図を抱いていなければ心苦しく思う必要などありませんよ。現にマスターは寂しそうです】
「そうか。ありがとなエレス」
俺は両親の葬儀を行った後のことを思い出していた。
ふとしたときに思うんだ。
ああ、そうか。もういないんだなって。
別れが突然だったからかもしれない。遺体は荼毘に付し骨壺にも墓にも納めたが、どうにも信じられなかった。まだ何処かで生きているような感覚が抜けなかった。
一年はそんな感じで過ごした。
きっと、彼らもしばらくそういう日々を過ごすのだろう。
大切な人との今生の別れってのは、本当に寂しいもんだよな。
俺も冥福を祈るよ。どうか安らかに。
リュウエンが祈りを済ませると、不意に一人の女が歌い始めた。それを皮切りに、まるで故人を明るく送り出そうとでもいうように民たちが歌や踊りを披露し始めた。
バッカンで高濃度塩水を煮詰めている民もまた歌い踊る。
「おいおい、こりゃ一体、何が始まったんだ?」
【リュウエンの祈りが民に感謝の宴を始めさせたのではないでしょうか?】
「ははっ、そういうことか。なんだか本当に雨乞いみたいだな」
【うふふ、マスターが意図した通り、恒例行事になるかもしれませんね】
「そうだな。そうなったらいいよな」
俺はしばらく民たちと共に踊る幼い皇帝の姿を見つめていた。
この国の未来が明るくなることを願いながら。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる