転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
408 / 423
連載

思いもよらぬ再会

しおりを挟む
あ……ありのまま今起こったことを話すぜ。
領地じもとの屋台巡りをしていたら、他国の王子カルド殿下が屋台で売り子をしていたでござる。
何を言っているかわからないと思うが私にも訳がわからんのですよこれが!

「……なぜこんなところにいらっしゃるのでしょうか?」

現在、香辛料や薬草の取引は順調なはず。
むしろスパイスブームで大忙しだから本国に缶詰めになっていると思ってたのに。

「いやー、ははは。香辛料が売れに売れて俺がやることがなくなったから、今度はフルーツを売ってこいと領民に言われてな」

カルド殿下は微妙に視線を逸らしつつ答える。
いやいや、新商品の販路拡大は商隊にまかせたらよいのでは?

「そうなんっすよー。領主使いの荒い領民で俺たち困っちゃう! あ、これ食べてみるっすか?」

ティカさんがしれっと答えつつ、手近にあったフルーツの皮を手際よく剥き、ココナッツっぽい殻で作ったらしきお皿に盛り、ささっとピックを刺して私たちに差し出した。

うーむ、ソツがない。
なんだかうまいこと話題を変えられた気がするけど、目の前のフルーツの魅力には抗い難い。

「い、いただきますわね……」

私がピックを持ち上げると、ティカさんは他のメンバーにもパパパッと配っていく。

おお、手早い。ミリアの給仕に引けを取らないスムーズな動き。
さすが長いことカルド殿下の従者を務めてきただけあるわね、さすティカ!

ティカさんに感心しつつ、手元のカットされたフルーツを見る。

……ふむ、配られたフルーツは見たところマンゴーっぽい感じだけど……

カットしている時からブワッと漂ってきた甘い香りで、いやこれ絶対美味しいやつ! という確信がある。

私は躊躇うことなくパクッとひとくち齧った。すると、むせそうなほどの甘い香りとそれに負けないフルーティーな甘さが口いっぱいに広がった。

うっわあ……すっごい。
うん、これやっぱりマンゴーだわ!

「んん! すっごく甘くて美味しい!」
「ふわぁ……これだけ甘いフルーツって、ドリスタン王国じゃなかなか無いですよぉ」

マリエルちゃんもほわぁ……って頬を緩ませながら同意した。
他の皆も美味しそうにその甘さを堪能していた。

確かに、これだけ甘いマンゴーは前世でもなかなかお目にかかれないと思う。

贈答用の、おひとつン万円とかそういうお高いやつだわ、これ。

ドリスタン王国ではベリー系やリンゴや洋梨っぽいのとか、柑橘系のフルーツは流通しているけれど、マンゴーなどの南国系のフルーツって出回っていなかったはず。

気候の関係で栽培が難しいのかもしれない……いや、温室を作ればいける……かな?

前世と比べて種苗法とか無い世界だからね。
前世の感覚的には褒められたことじゃないけれど、種をとっておいて栽培できるかチャレンジしてもいいかもしれないな……

「な、美味いだろ? ここらじゃサモナールくらいしか採れないやつだぜ」
カルド殿下がニカッと笑って言った。

おおう……すみません。
サモナール国民の販路を妨害するつもりはないけど、試しに栽培してもいいですか?

正直なところ、種や苗を手に入れたところで、サモナール国に近い気温や湿度などの再現や土壌の改良だの色々課題をクリアしてもこの美味しさに敵わないのは重々承知の上だ。

前世でもこっそり苗や種を持ち帰って栽培しても、同じ品質にはならなくて見た目同じでも別物だ、美味しくない! と酷評された、なんて事例があったものね。

そのことを踏まえた上で実験も兼ねて、庭師のトマスおじいちゃんにお土産として渡して栽培をお願いしてみよう。

トマスおじいちゃん、最近私がいないから無茶振りする人がいないこともあって暇だって言ってたからちょうどいいわ。

でもその前に、念のためカルド殿下にお伺いをたてておいて、ダメならスパッと諦めよう。そうしよう。

「あの……これ、我が家で種を撒いて育ててみたいのですけど……」

「ん? あー……ダメとは言わねえけど、多分、ドリスタン王国ここじゃ育たねぇと思うぞ?」
カルド殿下が逡巡してから答えた。

あ、やっぱり気候とかの条件的に厳しいんだな。
だから、どうせ育たないだろうからやってみたら? なノリで答えたとみた。

「本当ですか? ありがとうございます!」

「いやそれ、一応言っておくけど、サモナール国内でも限られた土地でしか栽培できないぞ。それでもいいならやってみな」

「いや、でん、いや若様それは……」

「ありがとうございます! うちの庭師に育ててみてってお願いしてみますね♪」

ティカさんが待ったと言い出しかけたけれど、言質は取ったどー!

私が嬉しそうに答えるのをカルド殿下はにこにこと眺め、ティカさんはあちゃーって顔で見ていたけれど、言質はとったのだ。

それに、お試しだから、うん。
あ、お父様に温室の建設をお願いしなくては。サモナール国の気候が再現できそうなやつ。

火属性の魔石のいいやつを黒銀くろがねに出してもらって、今預けている水属性の魔石を使って、温度と湿度調整ができるようにオーウェンさんに温室の改造をお願いしようっと。

え? 本気出してないかって?
いやですわ、お試しですわよ、お試し。

ただ、やるからには全力で私の財力と(お父様という)コネと場所(魔改造した温室)を手配するだけで、あくまでもお試し、なんですのよ。ほほほ。

「……クリステアさんが悪い顔してる」

「ほんとだ。なにかたくらんでるかおだ」

「そのようだな。まあ、我は主の意向に従うまでよ」

「うん、それはそう~」

「……テア?」

おおっと⁉︎ お兄様が笑顔で「後でちゃんと説明するように」って圧をかけるう!
いや、説明はしますけれども。

「……若様、許可出してよかったんすか、これ?」
「……いや、俺も今ちょっと後悔しかけてる」

ティカさんと殿下が何かボソボソと内緒話してるけど、あー、あー、聞こえなーい!

それはそれとして、これはかき氷のソースに使えそう!
冷たいと甘さって感じにくくなるけれど、この甘さならマンゴーそのものを凍らせてかき氷にしても問題なく美味しいはず。

他にも、ライチやドラゴンフルーツなどによく似た南国フルーツがあったので山盛りになるほど購入したのだった。

「こりゃ持ち帰るには多すぎるから、おまけもつけて領主館に運んでおく」

カルド殿下はそう言って「さすがにここでインベントリに収納するには多すぎるからな」と小さな声で付け加えた。

「わあ、ありがとうございます!」
確かに、何箱ものフルーツがごっそり消えたら、このバッグがマジックバッグなんですって説明したところでそのバッグが貴重すぎて狙われちゃうからね。ありがたやー!

「できれば時間停止機能のあるマジックボックスで保管しておけ。これ以上は腐りやすいからな」

「……エリスフィード領で販売するのも、それが理由だったりします?」

「ああ、輸送中に追熟させているんだが、ここまでが限界だな。マジックバッグやボックスに入れられたらいいんだが、これだけの量を運ぶとなると輸送費がかかりすぎる」

すでに香辛料の品質を維持するために大容量のマジックバッグを手に入れているそうなのだけど、フルーツの分もとなるとマジックバッグやボックスそのものが高価なためにそれ狙いの盗賊に襲われかねない。
そうなると護衛の数も増やさなきゃいけなくなるしで二の足を踏んでいるそう。

「エリスフィード領は治安もいいしな。ここら辺で売り捌くのがちょうどいいんだよ」

「なるほど、そうなのですね」

確かに、エリスフィード領は街道もしっかり整備されているし、オーク目当ての冒険者がついでに他の魔物も狩ってくれているから安全といえば安全か。

「若様、それだけじゃないっしょー?」

「うるさい!」

「?」

「美味しいフルーツがエリスフィード領で買えると聞きつけたクリステア嬢が買いにくるかもなって言ってたじゃないっすかー」

「へ?」

「いっ言ってない! そ、そんなこと言ってないからなっ!」

「……まだ、諦めてないのですか。テア、代金は僕が払っておくからセイのところへ行きなさい」

「え? あ、はい……」

急に涼しくなったと思ったら、お兄様が冷気を放っていた。

いや今はそれ心地よいだけだと思いますが?
……なんてツッコミが入れづらいほどなお兄様の様子に、私たちはカルド殿下たちへ挨拶もそこそこに、そそくさとバステア商会に向かうのだった。

---------------------------
いつもコメントやエール・いいねをポチッとありがとうございます!( ´ ▽ ` ) 
執筆の励みになっております~!
しおりを挟む
感想 3,547

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。