転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
88 / 423
連載

【父視点】公爵、娘について語る

しおりを挟む
私の名はスチュワード・エリスフィード。
ドリスタン王国のエリスフィード公爵と言えば王族との繋がりも深く、また陛下とは学園で同期であったこともあり、王家に一番近い貴族と名高い。
エリスフィードに産まれた者は大概強い魔力を持つことが多い。私もそうだったが、我が娘のクリステアも多分にもれずその一人だ。しかし、私よりもはるかに多くの魔力を持って産まれたがために制御ができず暴走することが度々起きた。
王都での魔力暴走は危険だと判断し、領地の館で育てることになった。
魔力の制御がうまくできない赤子の頃の娘は、痩せこけ、すぐに熱を出してしまうほど弱々しかった。だが、空気の良い領地で滋養のある食事を食べさせ、なんとか成長することができた。年齢を重ねるにつれて魔力制御もできるようになったことで子供らしくふっくらとしてきた時は心底ホッとしたものだ。
こうなると娘が産まれた時に陛下が「娘ちゃん王家うちにちょうだい?」などとふざけたことをぬかし……いや仰られた時に、辞退する口実となったので今となってはよかったと言えよう。娘は王家ヤツの息子にはやらん。
妻のアンリエッタはヤツ……いや陛下が王太子だった頃の元婚約者なのだが、当時周囲の令嬢からの嫌がらせがひどかったのを知っている。娘をそんな目に決してあわせるものか。そう決意した私はそのまま娘を王都へ連れて行くことなく領地で育てていたのだが、娘はそんな父の想いも知らず、王都にあこがれを抱いていた。社交界にデビューして、華やかなドレスを着て舞踏会へと行きたいのだと娘付きの侍女に語っていたそうだ。
……クリステアよ、私は其方が獲物を狙う獣のようにどこぞの子息を巡って争うような令嬢にはなって欲しくないのだが……あれは時に恐怖を覚えるからな。そう妻にこぼすと「年齢が上がれば上がるほどそうなる傾向があるので、むしろ早いうちに婚約者を決めてやるのが親の役目ですわ」と諭されたのだが……そうなのだろうか。私は親に勧められた婚約には頷かなかったから君と結婚できたと思っているのだがな。そう妻に言うと「もう……あなたったら」と怒ったように照れるのでとても可愛らしい。おっと、妻の可愛いところは私だけが知っていれば良いことなのでここだけの話だ。
しかし、親である我々が婚約者を決めると言っても、私が納得いくような子息などそうそういるものでは無いだろう?
妻としては、過去王太子……今の陛下と婚約していながら破棄に至ったことに王家や実家に負い目もあってか王太子を勧めてくるのだが、我が娘がヤツの……いや、陛下の義理とはいえ娘になるなどというのは承服しかねる。しかし、魔力を持つ娘が王都のアデリア学園に入学するまであとわずか。そうなれば最低限でも社交は避けられぬので、やはり、それまでに決めておくべきなのだろうか……いやいや、なんなら無理に嫁ぐ必要など無いのだから、急がなくても……
そんな益体も無いことを考えていたある日、娘が領地のとある街に行って買い物をしてみたいと言い始めた。買いたいものがあるならば出入りの商会の者を呼べばいいと言ったのだが、娘曰く出入りの商会では扱っていない、なんということはない小物やお菓子などを店で買ってみたいのだそうだ。なんでも、侍女やメイドが休みの日に街へ出かけては買ってくるお土産がとても可愛らしく、自分でも買いに行ってみたいと思ったのだそうだ。危険だから許可するわけには……と思ったのだが「大好きなお父様やお母様にお土産を買ってみたいのですわ」と言われてしまっては許可せざるを得なかった。しかし、それが間違いだった。
初めて館から出て街へと出かけた娘は街中で倒れ、数日間高熱にうなされた。なんということだ。許可などするのではなかった。屋台で食事をした後に倒れたと聞き、毒でも盛られたのではないかと屋台の者を捕らえて地下牢に拘束した。娘に何かあったらただではすまさぬ。
そう思っていたのだか、娘は無事回復した。原因は知恵熱だろうとの診断にホッとした。おそらく初めて見るものばかりで興奮したのだろうとのことだ。やはり行かせるべきではなかったか。
そして屋台で働く少年は冤罪であった。娘可愛さに冷静さにかけた判断で迷惑をかけたことを謝罪したが、娘が追求したところによると職が無くなったかもしれないとのことで、娘の嘆願により我が家の料理人見習いとして雇うことになった。たとえ続かなくても我が家の紹介状を渡せば次の職にあぶれることもあるまい。
そう思っていたのだが、この少年、なかなか面白いものを作るのだ。それには特にクリステアが夢中になり、調理場へ頻繁に出入りするようになったとアンリエッタがこぼしていた。確かに、貴族の令嬢が出入りするにふさわしいとは言えないが「お父様のために考えました」と料理を出されてしまってはなかなか叱りにくいのだった。

そのうち娘の不名誉な二つ名が噂されるようになったのだが……娘の為に詳しくは言わないでおこう。
不敬な輩は私が粛正すればよいのだから。
そういえばその頃からだろうか、王都へ行きたい、早く社交界デビューしたいと言わなくなったのは。娘には教えないように気をつけてはいるのだが、噂のことをどこからか知ったのだろうか?いやそんなはずはない。我が家の使用人にはしっかりと口止めしてある。きっと料理に夢中で社交界には興味が失せたのだろう。

おっと、食事の用意ができたようだ。
今日のメニューは娘特製のオーク汁だ。
さてと、行かなくては。なんと言ってもオーク汁は熱々を食べるのが美味いのだから。
しおりを挟む
感想 3,547

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

婚約破棄? そもそも君は一体誰だ?

歩芽川ゆい
ファンタジー
「グラングスト公爵家のフェルメッツァ嬢、あなたとモルビド王子の婚約は、破棄されます!」  コンエネルジーア王国の、王城で主催のデビュタント前の令息・令嬢を集めた舞踏会。  プレデビュタント的な意味合いも持つこの舞踏会には、それぞれの両親も壁際に集まって、子供たちを見守りながら社交をしていた。そんな中で、いきなり会場のど真ん中で大きな女性の声が響き渡った。  思わず会場はシンと静まるし、生演奏を奏でていた弦楽隊も、演奏を続けていいものか迷って極小な音量での演奏になってしまった。  声の主をと見れば、ひとりの令嬢が、モルビド王子と呼ばれた令息と腕を組んで、令嬢にあるまじきことに、向かいの令嬢に指を突き付けて、口を大きく逆三角形に笑みを浮かべていた。

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。