転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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ここどこ?

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私達を乗せた馬車はいくつかの大きな建物の間を通り過ぎ、さらにその奥にある、三階建ての建物の前で止まった。
……あれ? さっき止まった建物からそれほど離れてはいないみたいだけど……ほとんど目と鼻の先ってくらいの距離だよ?
「さてと、到着だ。中に入ろう」
ニール先生はにこやかにそう言って、さっさと馬車から降りてしまった。
え? 降りるの? ここどこ?
お兄様は戸惑う私を見て、ふうーっと深く息を吐いてから、笑顔で手を差し出した。
「大丈夫だよ、テア。僕が側にいるから」
「お兄様……」
うう、お兄様優しい。初っ端からこんな事になってお兄様だって困るでしょうに。
「は、はい……」
私がお兄様の差し出す手をとろうとすると、ぐいっと黒銀くろがね真白ましろに引き寄せられた。
「主は我らが護るゆえ、兄君は先に行くといい」
「ん。くりすてあはおれたちがまもる」
そう言って二人は私の両サイドをがっちり固めてしまった。
んもー! 二人とも! ここで独占欲発揮してる場合じゃないでしょー⁉︎
私だけじゃなく貴方達の問題でもあるんだからねっ⁉︎
「……特に護衛は必要ありませんけどね。クリステアを頼みます」
お兄様は「仕方ないな」とでも言いたげな顔をして先に馬車を降りた。
それから黒銀くろがねが先に降りて私が馬車から出るのをエスコートしてくれて、真白ましろがその後に続いた。
お兄様は御者に何か指示をしたようで、馬車はスルスルと今きた道を引き返していった。
えええ……馬車あしが無くなったらどうやって逃げたらいいの⁉︎
いや別に逃げたりしない……と思うけど。
「お、お兄様。なぜ馬車を帰してしまったのですか?」
「ああ、大丈夫だよ。僕の荷物を男子寮に降ろしてくるよう言っただけだから」
そうだよ! 私の荷物だってまだ馬車に置いたままだよ!
私の分は女子寮に届けてもらえるのかしら。いやいや、そのまま自宅にUターンってことも……
「皆早くおいで。お茶を淹れてあげよう」
ニール先生が建物の扉の前でちょいちょいと招き寄せるような仕草でそう言うと、お兄様は心底うんざりしたような顔をした。
「ニール先生が淹れるお茶なんて飲めませんよ。まだ諦めてないんですか?」
「いやだなぁ、ノーマン君。諦めるってなんだい? お茶の道は奥深く、究めるのは長い道のりなのだよ」
「……先生はその道を早々に諦めたほうが賢明だと思いますが?」
にっこり笑うニール先生に、お兄様は渋い顔をますます歪ませた。
……どういうことなんだろう?
「さ、いいから早く中に入って」
ニール先生がするりと扉の奥へ消えると、お兄様は諦めたような表情で扉へ向かった。
「あの、お兄様……」
ここ、どこなんですか?
お兄様は私がいまいち状況が飲み込めず不安そうな顔をしているのを見て険しい顔を緩ませた。
「大丈夫。きっとクリステアにとって悪いことにはならないよ。さあ行こう」
お兄様はニール先生の後に続いて建物に入っていった。
「……いつまでもここにいるわけにもいかないし、入るしかないか。真白ましろ黒銀くろがね。いきましょう」
私は覚悟を決めて建物の中に入った。

扉の向こうは吹き抜けのホールだった。
決して華美ではなく、質の良い建具で設えられていたそのホールの奥には左右に広々とした階段、そしてその先には大きな扉があった。お兄様はそれより手前にあるこれまた大きな扉の前で私達を待っていた。
私達が隣に立つと、お兄様はノックもせず扉を開けた。
お兄様がそんな無作法をするなんてと驚いていると、その視線に気づいたのかお兄様はくすっと笑って言った。
「ああ、ここは談話室だよ」
「談話室……?」
お兄様に続いて中に入ると、広々とした室内にソファやテーブルが置かれていた。
応接室とは趣きが違って、少し雑然としているけれどなんとも寛げそうな雰囲気だ。
「そう。寮生達が集まって会話したりする部屋だよ」
寮生達が……てことはここが女子寮なの?
それにしては、お兄様や先生が気軽に出入りしているし、人気がない。
「そうだよ~。さ、座って座って」
ニール先生がお茶のセットをワゴンに載せてやってきた。
「……先生、本当に淹れるつもりですか?」
「もちろんさ! 座って待っていてくれるかな?」
ニール先生はにこにことお茶の用意を始めたんだけど、今そんなことしてる場合なんだろうか……
とはいえ、ボーッと立っていても仕方ないので、勧められるままお兄様の隣に座った。
「……クリステア、出されても飲むフリだけでいいから」
お兄様が顔を寄せて耳打ちしてきた。
え、飲むフリって……毒とか入ってるわけじゃないよね⁉︎
私はお茶を淹れている様子を観察しようとニール先生の方へ目を向けると、先生はポットにお茶っ葉をバサっと入れているところだった。
……は? ちょ、ちょっと待って?
ポットも温めてなければ、お茶の葉の量も適当どころか、かなり大胆に入れた……よね?
呆然としていると、ニール先生は水魔法で水をポットに満たすと、火魔法でごく小さなファイアーボールを出してポットに投げ込んだ。その途端、ボンッと音がしてポットの中が破裂したような音がした……けれど、ポットは無事みたい。
「あ、驚かせてごめんね? このポットは強度を上げてるから滅多な事じゃ割れないから安心してね」
ああ、それなら安心……て、いやいや!
そんな淹れ方しなきゃ、強度を上げる必要ないんじゃないですか⁉︎
そもそも、それって飲める代物なんですか⁉︎
パニックを起こしている間にティーカップにサーブされた紅茶らしき飲み物が私達の目の前に置かれた。
「さ、熱いうちにどうぞ」
ニール先生は笑顔で勧めてくれるけど……これ、お茶だよね?
さっきの爆発?らしき現象で粉々になったお茶の葉が中でふわふわと揺れている。
の、飲んで大丈夫なのかな……
「い、いただきます……」
お兄様は飲むフリだけと言ったけれど、少しは飲まなきゃダメだよね……?
そう思って口元にカップを近づけてみたけれど、その時点で「あ、これはダメだ」と本能で理解した。これは、飲んじゃダメなやつだ……!
私はお兄様の忠告に従い、ひとくち飲むフリをしてカップを置いた。
「どうだい? 今は紅茶をいかに効率よく淹れられるか検証中なんだ」
「効率より、これが紅茶と呼べる代物なのかを検証してください」
お兄様がうんざりしたようにティーカップを押しやった。
「えぇ? ちゃんと紅茶の葉だけで淹れたんだから、紅茶だよ? 前みたいに薬草をブレンドしたりしてないよ?」
……ニール先生はどうやらあかんタイプの人みたいですね⁉︎
「……ニール先生、紅茶は普通に淹れるのが一番美味しいと思いますから、効率化だの効果をあげようだの考えないでください」
「人間、向上心は大切だと思うけどね。まあいいや、それじゃ本題に入ろうか?」
ニール先生はソファに深く座り直した。
……きた。
私は覚悟を決めてニール先生に向き合った。
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