転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
167 / 423
連載

入学式の朝

しおりを挟む
外が明るくなり始めた頃、いつも通り目が覚めた私は、日課の朝ヨガをひと通り済ませ、軽く身支度をしてから真白ましろ黒銀くろがねを伴って食堂に向かった。
輝夜かぐやも連れて行こうとしたけれど「あいつらもくるんだろ? 絶対やだね!」と言い捨てて、ベッドの下に隠れてしまった。
白虎様や朱雀様もずっとこの寮にいるんだから、いつまでもこの部屋に引きこもっているわけにはいかないし、覚悟を決めたらいいのに……
まあ、朱雀様に捕まったが最期、着せ替え人形にされるのが目に見えているから余計に嫌なんだろうけど。気持ちはわからないでもない。
「おはようございます」
食堂ではミリアがテキパキと働いていた。
朝は私がマイペースに動きたいこともあり、他のことをしてもらっている。
私より早く起きているミリアは、手早く自室を整えてから先に食堂でテーブルセッティングなどをしてくれているのだ。
「おはようミリア。さてと、今朝の朝食は何にしようかしら」
食材のストックを確認しながらメニューを考える。
うーむ、パンがあるからこれを使っちゃいたいけど、またフレンチトーストというのもなぁ……
あ、あれがいいかもしれない。
黒銀くろがね、パンをこのくらいの厚さでスライスしてくれるかしら」
「心得た」
真白ましろはこの卵を割ってミルクと混ぜ合わせてくれる?」
「うん!」
二人に仕事を任せてから、私はベーコン、茹でてストックしておいたほうれん草、きのこなどの野菜をインベントリから取り出し、適当な大きさにカットしてから炒め合わせた。
「主、このくらいあれば大丈夫か?」
黒銀くろがねがスライスしたパンを持ってきた。
「ええ、ありがとう。じゃあ、これをフライパンに敷き詰めてくれる?」
「うむ」
フライパンを数個黒銀くろがねに頼んでから、炒め合わせた具材をボウルに移す。
「くりすてあー、これでいい?」
「ありがとう、真白ましろ。じゃあこれはこれと混ぜ合わせて……と」
真白ましろにお願いしていた卵液と具材を混ぜ合わせる。
「主、できたぞ」
「ありがとう」
黒銀くろがねによって隙間なくきれいにパンが敷き詰められたフライパンを受け取り、そこに卵液を流し入れた。
「後は、薄くスライスしたチーズを乗せて……と」
準備が終わったフライパンに蓋をして、魔導コンロにかけ弱火で焼いていく。
「おはよう、クリステア嬢。遅くなってすまない」
「おはよーっす」
「おはようございますわ」
朝の稽古を終えたらしいセイたちが食堂にやってきた。
「おはようございます。もう少しで焼き上がりますから」
「何か手伝うことはないか?」
「そうですね……スープを作りたいので、この野菜を食べやすいサイズに切っていただけますか?」
残り野菜を集めてセイたちに渡す。
フライパンの蓋をそっと開け、焼き加減を確認しつつ、インベントリからコンソメスープのストックを取り出して火にかける。
「こんなものだろうか?」
セイたち三人によってあっという間にカットされた野菜を受け取り、軽く炒め合わせて火を通してから鍋に入れた。
そうこうしているうちにフライパンの中身がいい頃合いになったので、各々でスープをよそってもらい、席についた。
「今朝はパンキッシュにしてみました」
そう、今朝はパンを使ってキッシュを作ってみた。
土台から作るのは面倒だし、パンを消費したかったからね。
「いただきます!」
切り分けたパンキッシュを皆が奪い合うように取り、食べ始める。
「美味い!」
「これは……カリカリに焼けたパンの部分と、ふんわりとした卵とのバランスが素晴らしいですわね。野菜やベーコンが口の中で調和して、とても美味しいですわぁ……」
「うん、これは意外と食べ応えがあるな。スープも具沢山で美味い」
よかった、これなら野菜もたくさん摂れるし、朝食メニューにぴったりよね。
「おはよぅ……うん? いい匂いだねぇ」
ニール先生がボサボサの頭で食堂に入ってきた。
今日は入学式があるからか、少し早めに起きたようで、まだ眠たそうに欠伸をしていた。
「おはようございます。スープはあちらにありますよ」
「はーい……おお、これも美味しそうだねぇ。いやぁ、クリステア嬢のおかげで食生活が充実してるよ。このままじゃ太っちゃいそうだなぁ」
ニール先生は嬉しそうにスープをよそいながら言うけれど、元々が痩せすぎの気がするから、もう少し太ってもいいと思う。
多分、研究に没頭して食べない日もあったんじゃないだろうか。
私がここにいる間はしっかり目を光らせておかないと。
「いよいよ今日は入学式だけど、遅れないように早めに出る支度をしておくようにね。僕はこの後すぐに出るから、着替えを終えたら談話室にいるようにね」
「「はい」」
ニール先生はスープとキッシュをきっちりおかわりしてから部屋に戻っていった。
皆で洗い物を済ませてから、支度のためにそれぞれの自室に戻った。

「……うん。これでいいわね」
制服に着替えた私は、姿見の前でくるりと回って確認した。
「クリステア様、大変お似合いですわ」
「うむ、よく似合っておる」
「くりすてあ、かわいい!」
「ありがとう、皆」
皆に褒められてこそばゆく感じながら、微笑んだ。
「ですが、クリステア様……まだ足りません」
「えっ?」
足りないって、何が?
「こちらを……」
そう言ってミリアが差し出したのは、レースたっぷりの付け袖や付け襟だ。
「ええ……?」
お母様を説得するために提案したとはいえ、あまり派手にはしたくない私としてはあえて視界に入れていなかったそれらをずずいっと差し出され、思わず後退りしてしまった。
「せっかく最高級のレースを使って作ったのですから、せめて入学式や式典の際はお使いください」
「う……」
「全く使われていないと奥様に知られたら、次に制服を作るときは有無を言わせず……」
「付けます」
お母様にバレたら、次に制服を作るときはゴテゴテに盛りに盛られた魔改造制服にされてしまうに違いない。そのことを思えば、入学式や他の式典限定でつけるくらいならなんてことない。
私は渋々ながら、ミリアに付け襟や付け袖を装着してもらった。
「できました。素敵ですわ」
「ありがとう」
渋々とはいえ、これはこれで可愛いのだ。
袖口から覗くたっぷりレースは、きらりと煌めく宝石があしらわれたカフスで留めてある。
付け襟は控えめにしてもらったので、襟元ももたつかない。
「うん。式典ならこういうのもいいわね」
「奥様はずっと付けていただきたいと思っていると思いますけど……」
「そうだけど、授業中は邪魔になりそうだもの」
「クリステア様はもう少し着飾ってもよいと思いますよ?」
ミリアが残念そうにため息をついているけれど、前世が地味だったこともあり、シンプルイズベストという思いが染み付いているのだから仕方ない。
これでも派手になったほうだと思うんだよね。
可愛い子を見たら着飾らせたい! とは思うけれど、自分が着飾りたいかというとそうじゃない。そういう性分なのだから諦めてほしいとしか。
とはいえ、いざ可愛い格好をしてみれば満更でもないのだから、我ながら現金なものだと思う。
「ずっとこんな恰好でいるのは肩が凝りそうだもの。たまにならいいわよ、たまにならね」
「あまりに簡素な装いばかりですと、奥様に話が伝わることもありますからね」
「う……っ、き、気をつけるわ」
そうなのよねぇ……お母様の情報網って意外と侮れないのよね。
お茶会ではいったいどんな噂をされているのかと思うと恐ろしい……
いずれはお茶会という名の情報戦に参戦しなくてはならないと思うと少し気が重いわぁ。
根が単純な私に腹芸ができるとは思えないからね。
はあ……今からそんなことで思い悩んでいても仕方ないよね、うん。
とりあえずは、今日の入学式を無事に終えないと。
ついに聖獣契約だってことが公になってしまうのだから、これからは気をつけて過ごさないといけないのだから。
「クリステア様、そろそろ談話室に移られたほうがよろしいかと」
「そうね」
私は再び姿見でチェックをしてから談話室に向かった。
しおりを挟む
感想 3,547

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。