転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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連載

登校しましょう!

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私は自室に戻り制服に着替えて姿見で全身を確認した。
「……うん。身だしなみ、よし! それじゃ、いってきま……」
「クリステア様、こちらをお忘れです」
ミリアが筆記用具などを抱えて出ようとする私を引きとめて差し出したのは、ヒラヒラの付け襟に付け袖だ。
「えー……今日から授業が始まるし、もう必要ないと思うのだけれど」
授業中は邪魔になるから、そういう華美なものは式典とかハレの日だけでいいんじゃないかな?
「いけません。しばらくは講義だけで実習授業はございませんから着用なさってくださいませ」
「そんなぁ……」
板書を写したり、書き取りする時にひらひらした袖は邪魔だと思うんだけど。
せっかくいいレースを使ってるから汚したくないし。
「クリステア様の制服は他の御令嬢と比べて質はよいですがぱっと見簡素な分、侮られる可能性がございます。ですから、初めのうちは華やかにしておいたほうがよろしいかと」
「えええ……」
面倒。貴族の見栄やマウント取りって、本っ当に面倒!
でもこれで私が馬鹿にされたら、お父様たち家族に迷惑をかけることになるかもしれない。
……まあ、お父様やお兄様は報復しそうだからそっちの心配のほうが大きいかな。
そう考えた私は渋々ながら、ミリアに装着を手伝ってもらったのだった。
じ、実習が始まったらこんなの絶対外してやるんだからねっ⁉︎

今度こそ支度を終え、急いで自室を出て階下へ向かうと、玄関ホールではすでにセイが待っていた。
「お待たせしてごめんなさい」
「いや、俺も今来たところだ。行こうか」
「ええ。それじゃいってくるわね」
私がホールまで見送りについてきた黒銀くろがね真白ましろに声をかけると、二人は私の後ろにぴったりついていた。
「……当然だけど、二人ともお留守番だからね?」
「なっ⁉︎ き、昨日までは式や試験だからと我慢しておったのだぞ⁉︎ 我らの存在が明らかになったのであれば、今後は主についていくのが契約獣として当然のことであろう⁉︎」
「そうだよ、おれたちはくりすてあのそばにいないと!」
私は愕然とした様子の二人をジト目で見つめながら答えた。
「あのね、学園の規則で生徒に護衛はつけないの。私たちが聖獣契約者であろうとその規則は変わらないし、破るつもりはないわ」
レイモンド殿下はお兄様や選ばれたご学友が護衛も兼ねているらしいけど、あれはまあ特例よね。
「ぐ……しかたない、我らはここで待機しておこう。しかし主、何かあればすぐに我を呼ぶのだぞ?」
「そうだよ! ねんわでおれをよんでくれたらすぐにかけつけるからね?」
黒銀くろがね真白ましろはまだ心配なのかそわそわしながら私たちを見ていた。
「あーもう、お前ら過保護すぎ。こいつらは少し放っとくくらいでちょうどいいんだっての」
白虎様が呆れた様子で二人の襟首を掴んで私から引き剥がした。
「何を言う。主に何事かあれば我らは黙っておらぬぞ?」
「そうだよ! ここらいったいさらちにしちゃうんだからね?」
「やめて、二人とも! 物騒な発言はしないでよね⁉︎」
白虎様も大概放任が過ぎるかもしれないけど、二人みたいに過保護すぎるのも困りものだわ。
寮生活で少し落ち着いてくれたらいいけど。
「トラ、行ってくる。留守を頼むぞ」
「はいよ。お勉強頑張ってな」
「「いってきます」」
白虎様が二人を抑えてくれている間に、私たちは特別寮を出たのだった。

「……もう、二人とも心配性なんだから」
「そういってやるな。彼らはクリステア嬢を護りたくて仕方ないんだろう」
私がため息をつくと、隣を歩くセイが苦笑しながら言った。
「それはわかってるけど……二人とも大勢の人の……特に子どもばかりの中で生活するのは初めてだろうから、加減というものがわからないかもしれないじゃない? うっかり人を傷つけたりしやしないかと心配で」
「彼らはクリステア嬢が悲しむことはしないと思うが……」
領地にいた頃から二人を知るセイがそういうのならおそらく大丈夫なのかもしれない。
「でも……私が誰かに傷つけられたりでもしたら逆上しちゃうかも」
「……それは、否定できない」
うっ、そこは大丈夫だと断言してほしかった!
「……根気強く説得することにするわ」
「そうだな……それがいいと思う」
二人とも寮に引きこもったままだとストレスも溜まるだろうし、外に出してあげたいのはやまやまなんだけどなぁ……
「クリステア様、セイ様ー! おはようございます!」
私を呼ぶ声が聞こえて顔を上げると、前方にマリエルちゃんが手を振っていた。
すぐさま駆け寄りたいところだけど、淑女たるもの、バタバタと走るわけにはいかないから、少し歩く速度を上げてマリエルちゃんのもとへ急いだ。
「おはよう、マリエル嬢」
「マリエルさん、おはようございます。どうしたの?」
「クリステア様やセイ様と一緒に登校しようと思って。あの、これから毎日ご一緒してもいいですか?」
「僕は構わないが……」
「私はもちろん喜んで! あ……でも、寮の子と一緒じゃなくていいの?」
女子寮内での交流もあるだろうから、私たちと行動してたら不都合なことになりやしないかと心配だ。
「あー……大丈夫です。平民や商家の子とはそこそこうまくやってます。貴族の御令嬢は……私が新興貴族だからか、あまり親しい方がいなくて」
えへへ、とマリエルちゃんは笑うけれど、大丈夫なのかしら……
「それより! 心配なのはクリステア様ですよ! あれから大丈夫でしたか?」
マリエルちゃんはそう言って私の顔を覗き込んだ。
もう、私のことなんて気にしなくていいのに。
「もちろんよ。一晩ぐっすり寝たら元気になったわ」
「ええ? そこはもう少し悩むところじゃないんですかぁ⁉︎」
「マリエル嬢……心配してるんじゃなかったのか?」
「え? あっ、そ、そうですよね。すみません!」
セイに呆れ顔で指摘され、マリエルちゃんは真っ赤になって黙り込んだ。
気を取り直して講堂に向かう道すがら、隣を歩くマリエルちゃんが耳打ちしてきた。
「クリステアさん、あれから何も進展はなかったんですか?」
「進展って……何よ?」
マリエルちゃんは不審気な目を向けた私を見て、あれ? という顔をした。
「え? 私と別れた後、ノーマン様や殿下や、セイ様とは何も……?」
「別に、あの後は、お兄様に寮まで送っていただいて……」
寮の前でお兄様に改めて告白されたんだっけ。
私が昨日のお兄様とのやりとりを思い出して思わず顔を赤くしたのをマリエルちゃんは見逃さなかった。
「あっ! やっぱり何かあったんですね⁉︎ クリステアさん、そこんとこ詳しく!」
「もう、遅刻するわよ! 早く行きましょう!」
「えー⁉︎ まだ早いですよ! ねぇクリステアさぁん! あ、いやクリステア様ーっ!」
マリエルちゃんの追及を振り払うように私は早足で講堂に向かったのだった。

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いよいよ三月下旬にコミカライズ版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」二巻刊行予定!
新たなもふもふ参入でもふ成分がパワーアップした二巻をどうぞよろしくお願いいたします!
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