転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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入学早々の帰省

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学園の門を抜けてからは、人目を気にすることなくのんびりと移動できた。
寮を出てから門を出るまではずっと、生徒や職員の視線がすごかったよ……
時には「あっ! 聖獣様だ!」なんて指差す生徒がいたりして。
そうなるとこちらを見ていなかった人たちも馬車に注目するもんだから、気が抜けなかったのよね。
「ふう……」
「大変だったね、テア」
私が無意識に息を吐くと、対面に座っていたお兄様が気遣うように声をかけてきた。
公爵家の馬車だから大きいとはいえ、全員が乗ると窮屈。だから、白虎様と真白には聖獣の姿になって小型化してもらい、黒銀くろがね、お兄様、白虎様を膝に乗せたセイの向かいに朱雀様、真白をだっこした私、ミリアという男女別の並びで座っていた。
「ええ……でも、お兄様も今日は大変だったでしょう?」
「ああ、うん……今朝いきなり生徒会を中心に会場で生徒たちが暴走しないよう人員を手配してほしいと言われたのにはまいったけれどね」
あああ……本当にご迷惑をおかけしましたあああああ!
「お兄様、大変もうしわけ……」
「テア。大変だったのはテアたちの方だったんだから、謝ったりしないでほしいな。テアの悲しそうな顔は見たくないよ」
お兄様はにこりと笑った。うう、優しい。
「お兄様……ありがとうございました」
私はにっこりと笑って言った。
謝罪がダメでも、お礼はちゃんと言わないとね。
「うん。テアの笑顔が一番の報酬だね」
お兄様が嬉しそうに笑った。
ううっキザなセリフも様になっちゃうんだから。
うん。屋敷に帰ったら、お兄様にお礼として何か美味しいものを作って差し上げよう。
「それに、今回は殿下がテアに何かあってはいけないと、珍しく率先して指揮をとってくれたからね。さほど大変ではなかったよ」
……殿下にも何か差し上げないといけないかも。
「あの、僕たちも本当に助かりました。ありがとうございました」
セイがお兄様の隣で頭を下げた。
「いや、構わないよ。テアと同じ聖獣契約者のよしみで、僕がいない時はテアを助けてやってほしい。その代わり、何か困ったことがあれば遠慮なく僕を頼ってくれ」
「はい。わかりました」
さっすが! お兄様ってば頼りになるぅ!
でも、お兄様を頼ってばかりではいけないわよね。
なんたって、レイモンド王太子殿下のお守り……いや、お世話もしてるんだもの。
これ以上、お兄様に負担をかけないようにしなきゃ。
とりあえず、休み明けにはクラス別の授業が始まるから、少しは人目が避けられるはず。
マリエルちゃんもいるし、心強い。
よし、気合い入れて頑張るぞ!
「……テア、聞いてる?」
「えっ?」
「何か考えごとをしていたみたいだけど、一人で暴走したりしないように。ちゃんと僕や誰かに相談すること。いいね?」
「は、はい……」
お兄様にまで釘を刺されてしまった。
お父様といい、私が何かやらかしやしないかと心配みたいね。
でも私、学園では別に何もしてないんだけどな……真白ましろ黒銀くろがねたちのことがバレたのは不可抗力だし。
今回のお披露目にしたって、周囲の暴走によるものだし。
ね? 私、何もしてないよね?
なのに、私がやらかす前提なのって、おかしくない?
きっとそう反論したら、何故かこんこんと諭されて、そのままお説教の流れになってしまうだろうから言わないけど。私、学習した。
「よろしい。それで、話の続きだけど。明後日、学園に戻る時にセイを拾って行くからね」
「もちろんですわ。ね、セイ」
「いえ、ですからそれは申し訳ないと……」
「だめよ。どうせ通り道なのだから気にしないで。じゃないと私たちも心配だわ」
「……じゃあ、お言葉に甘えます」
うんうん。乗り合い馬車で戻ったりなんかして、寮に戻るまでの間に絡まれでもしたら大変だもの。
その後は今週の授業のことや、席取りのバイトの話など、色々と話していた。
その間に馬車は商人街に入っていたようで、見覚えのあるバステア商会の建物の前で馬車が止まった。
「ノーマン先輩、ありがとうございました。クリステア嬢、寮に欲しい食材があれば用意しておくから、何かあれば連絡してくれ」
「ありがとう。本当ならお店に寄って色々見たいけれど、もう遅いから……何があればリストを送るわ。良い週末を」
「ああ、良い週末を」
人型に戻った白虎様を先導に三人が馬車を降りると、馬車はゆっくりと進み始めた。
曲がり角で窓から外を見ると、セイたちは建物の中に入らず、私たちを見送っていた。

商人街を抜けてから貴族街に入り、しばらくするとエリスフィード公爵家の敷地を示す長い塀が見えてきた。
馬車が門に近づくと、門番が即座に門を開き、馬車はそのまま吸い込まれるように敷地内へと滑り込んだ。
しばらく奥へ進むと、屋敷が見えてきた。
玄関の扉が開いたと思うと、使用人たちがずらりと並び始め、お父様が出てきた。
「クリステア!」
馬車が到着するや否や、パン!と扉が開きお父様が顔を覗かせた。
「お父様、ただいま戻りました」
「うむ、大変だったな。疲れただろう、お茶の支度をさせているからそちらへ向かおう」
お父様が手を差し出したので、その手を取り、お父様のエスコートで居間へ向かおうとしたところで、お兄様からストップがかかった。
「父上。僕たちはまだ制服のままなのですから、着替えて落ち着いてからにしませんか? テアは荷物をミリアに預けないといけないだろう?」
あっ、そうだった。ミリアの荷物も全部インベントリに収納してたものね。部屋に戻って出さないと。
「あ。ああ、そうだな……じゃあ、着替えてきなさい」
「はい」
「じゃあテア、僕と行こうか」
お兄様はそう言って、お父様とエスコートを代わり、私と自室のあるフロアに向かったのだった。
自室でインベントリから荷物を取り出し、片付けをミリアに頼んでから、素早く部屋着に着替えて真白ましろたちと一緒に部屋を出ると、お兄様がドアの前に立っていた。
「やあ、早かったね。じゃあ、行こうか」
「え、ええ……」
お兄様も早いですね?
私を部屋まで送ってから自室に向かわれたのに。
若干引き気味の私を見て、お兄様はクスリと笑った。
「ふふ、学園ではあまり会えなかったからね。家ではこうしてエスコートさせてほしいな」
「は、はあ……」
なんというか、あれからあからさまに態度を示されている気がする。いや、前からこんなだったかな……?
私が自意識過剰なだけ?
私は悶々としながらお兄様にエスコートされて居間へ向かった。
お兄様が私にべったりなもんだから、真白ましろ黒銀くろがねの機嫌が悪いこと悪いこと。
後でブラッシングしてあげたら機嫌がなおるかしら……

居間に入ると、既にお父様とお母様が座って待っていた。
「ノーマン、クリステア、お帰りなさい。大変だったわね」
「「母上(お母様)、ただいま帰りました」」
お母様に挨拶をしてから私たちは対面のソファーに座った。
真白ましろが人型から聖獣の姿に変わり、よじ登ってきたので抱き上げて膝にのせる。
黒銀くろがね真白ましろを睨みながらも人型のまま私の隣に置かれた一人がけのソファーに座った。
執事のギルバートとメイド長のテレサ、メイド長の娘で私の部屋係でメイドのアリサがお茶をサーブしてくれた。
ミリアは荷物の整理をしたら下がって休むように申し伝えた。
ここにいるのは私が聖獣契約者だと初めの頃から知っている安心のメンバーだ。
「まずは一息つきなさい。料理長が其方に是非とも食べさせたいと腕をふるったそうだ」
そう言って出てきたのは、アイスクリームが添えられた小さなパンケーキだった。
「わあ……美味しそう! いただきます」
ひと口サイズに切り分けて、アイスクリームと一緒に口にすると、ふんわりしたパンケーキとアイスクリームが調和してとても美味しかった。
「美味しいです!」
「うん、これは美味しいね」
「其方が不在の間に腕が落ちたと思われてはいけないと頑張っていたぞ。夕食も期待してほしいそうだ」
「それは楽しみだわ!」
私がご機嫌で食べ進めていると、お父様がソワソワしながら私を見て言った。
「ゴホン、あー、私としては愛娘の作った料理が早くも恋しいのだがな……」
「貴方ったら。テアは疲れているのですから、休ませてあけなくては」
「え、ああ、うむ、そう……だな」
お母様に釘を刺されてしゅんとしてしまったお父様がなんだかおかしくて、思わず吹き出しそうになるのをどうにか堪えた。
「いいえ、大丈夫です。明日は腕を振るいますわ」
「そ、そうか!」
「貴方!」
お母様が嬉しそうなお父様を叱るのを、私とお兄様は顔を見合わせて、くすくすと笑ってしまったのだった。
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