転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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「まずは家政コースから見学していくよ」
実習棟に到着すると、ニール先生は入ってすぐ手前にある部屋の扉を開けた。
ニール先生の先導で中に入れば、ダンスホール並に広々とした室内に応接室や食堂のようなコーナーがいくつか設けられ、今はそのひとつを使って実習している最中だった。
「オリバー先生、今よろしいですか?」
ニール先生が声をかけると、執事服を着た年配の男性がこちらを向いた。
「ニール先生。ああ、見学ですか。かまいませんよ」
えっ、先生なのに執事服?
……マリエルちゃん、隣で「ふおお……イケ老執事……! ゴチです……!」って口元を隠しつつ呟くついでに拝むのはやめなさいね?
「オリバー先生は王宮で執事として長く勤めたベテランなんだ。引退後はこうして指導者として後進の育成に尽力いただいているのさ」
「いやはや、私のような老いぼれでもまだお役に立てるのですからありがたいことです。若者が社会に出ても恥ずかしくないよう、しっかり教育いたしますよ」
執事服をきっちりと着こなし、柔らかく微笑むオリバー先生は、若い頃はさぞかしイケメンだったのだろうと思わせるイケ爺っぷりだ。マリエルちゃんが拝みたくなる気持ちはわからなくもない。
そのオリバー先生の後ろには上級生たちが姿勢良く並んで立っていた。
オリバー先生と同様に微笑んではいるけれど、よく見れば先生の言葉に少し引き攣っているようにも見える。
一見優しそうなオリバー先生は、案外厳しいおじいちゃん先生なのかもしれない。
「ここでは執事や侍女など、貴族の屋敷で働くことを希望する者に必要な知識や所作を指導します」
オリバー先生が手を挙げると、生徒たちが一斉にスッ……と美しい礼をした。
「彼らは来年卒業予定で、ほとんどの者は卒業後の勤め先が決まっております。ですから、もし気に入った者がおりましても引き抜きはご容赦を」
オリバー先生は冗談めかして笑った。
引き抜きかあ……特別クラスは貴族や大店の商会の子が多いし、過去にもそういうことがあっただろうから一応釘を刺しておこうってところかな。
その後は、貴族役になった生徒に対して実習を行うのをしばらく見学してから退室した。
オリバー先生は茶器の扱い方やサーブするときの角度まで細かく指導していた。
こうしてみると我が家の使用人たちのレベルが高い理由がよくわかるわ。
普段何気なくこなしていた動きがいかに計算されていたものなのかって……
今度屋敷に戻った時は皆を労わらなくちゃ。
もちろん、寮に帰ってミリアにいつもありがとうって伝えるのが先よ?

「今日はこの魔導具コースで最後だよ」
色々なコースを見学し、最後に連れてこられたのは魔導具コースだった。
それを聞いたロニー様は、マーレン師の側から離れて最前列に向かい駆けていった。
「これ、走らずとも魔導具は逃げたりせんぞい」
マーレン師はそう言いながらも少しだけほっとしているみたい。
移動中はずっと質問攻めに合っていたものね。
私も魔導具には少し興味があるので、よく見えるよう前に進み出た。
一緒に移動していたマリエルちゃんも興味深そうに室内を見ている。
「マリエルさんも魔導具に興味があるの?」
「ええまあ……魔導具そのものというか、ビジネスチャンスにつながるような、ヒット商品になりうるアイデアとか転がってないかなと思って」
「そ、そう……」
商魂たくましい。
魔導具コースの実習室は、なんというか「魔窟」と呼ぶのがふさわしい雰囲気の部屋だった。
あらゆる素材が無造作に置かれて乱雑に見えるのに、魔導具コースの生徒たちはそこから目当ての素材を引っ張り出しては自分の席に戻り、魔導具作りを再開していた。
「魔導具コースは魔導回路と呼ばれる術式の組み方を学び、実際に魔導具に組み込めるようになるまで学ぶんだ。あ、ロドニー先生」
キョロキョロと実習室内を探していたニール先生は、目当ての人物を見つけたようでブンブンと手を振りながら生徒を指導している人物に声をかけた。
「ん……ああ、ニール先生。どうしました?」
ニール先生も大概身なりに気を遣わないほうだと思うけれど、ロドニーと呼ばれた先生も同じなようで、ボサボサ頭を掻きながらこちらへやってきた。
アリシア様や他の女子たちは「うわあ……」といわんばかりにスッと後ろへ下がっていった。
気持ちはわからなくもないけど……専門バカって大抵あんなもんだよね?
ニール先生も似たようなものだもの。
……変人に慣れてきている自分が怖い。
「今日は特別クラスの子たちを見学に来させますと予め伝えておいたじゃないですか」
「あ、ああー! そうだった。悪い悪い。すっかり忘れてたよ」
ニール先生は背中をバンバンと叩かれ「痛い!」と騒いでいた。二人とも仲は良さそうね。
「これロドニー。そんなことでは優秀な生徒を呼び込めんぞい」
マーレン師が呆れたように注意すると、ロドニー先生はパッと嬉しそうな顔でマーレン師に駆け寄った。
「マーレン先生! ちょうどよかった、ちょっとこの回路のことで質問が……」
手にしていた回路らしきものを書きつけた紙を見せようとしたのをマーレン師が止めた。
「馬鹿もん、今はお前がここの責任者じゃろうが。自分で考えい」
「僕が責任者になろうとマーレン先生は僕の師匠なのは変わりませんよ?」
「そういう問題じゃない。まったく、ニールといい困った弟子ばかりが学園に居座りおって」
マーレン師が髭をしごきながらため息をつくと、ニール先生が笑顔で会話に混ざる。
「そりゃあ、皆マーレン先生の弟子だからじゃないですかね?……痛っ!」
ニール先生、貴方はひとこと多いんですよ……何回杖で叩かれたら懲りるんです?
マーレン師は特別クラスの皆が白けた目で先生方を見ているのに気づき、ウォッホンとわざとらしく咳払いした。
「代わりに前任のわしが説明するとしよう。この魔導具コースで開発された魔導具は今や王国のみならず国外でも使われているものがたくさんあるんじゃ。魔物避けの結界石に魔導コンロや魔導オーブンなど多岐にわたるが、そのどれもが発想力とそれをカタチにしようとする情熱があれば、実現させるのは難しいことではなかった。それが魔導具というものなのじゃ」
マーレン師の言葉にロドニー先生がうんうんと頷き、その隣でロニー様も動きがシンクロしていた。
……あれ? この二人、なんだか似てない?
「おお? そういえばロドニーの甥っ子が入学したと聞いとったが……」
マーレン師もそのことに気づいたようで、二人をまじまじと見て言った。
「あ、そうなんですよ。ロニーは僕の甥っ子です。いやあ、僕も年をとるわけですよね!」
ロドニー先生があははと笑いながらわしゃわしゃと頭を撫でるので、ロニー様が心底嫌そうな顔をして手で払った。
「やめてよ、叔父さん」
「おいおい、ここじゃロドニー先生って呼ぶんだぞ?」
「うるさい。僕の先生はマーレン先生だけだ」
「気持ちはわからんでもないが、魔導具コースに入りたいなら僕が先生だからな。はっはっは」
「……わかったよ、先生おっさん
「……なんだか、今悪意を感じたんだけど?」
「気のせいじゃないですかぁ?」
不貞腐れたように言い放つロニー様は年相応で可愛らしかった。
ロニー様の叔父様が魔導具コースの先生かぁ……さすがというかなんというか……魔導具好きの血筋なのね。
魔導具コース、興味はあるけど選択すべきか迷うわね。
ところでマリエルちゃん、私の隣で「ヘタレ叔父と生意気な甥っ子の魔導具レッスン……うん、いける……」とか真剣な顔でぶつぶつ呟くのはやめようか?

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文庫版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」三巻が7日に出荷となっておりますが、関東圏の大雪の影響で配送の遅れが出ているかと思われます。
休み明けから順次お近くの書店に並ぶと思いますのでよろしくお願いいたします!
文庫版だけの番外編はコミカライズ版にも出ていたあの人の視点で書き下ろしました!
誰かは読んでのお楽しみです!
そして、コミカライズ版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」三巻は昨年末に発売したばかりです。こちらも描き下ろし番外編が掲載されていますので、よろしくお願いいたします( ´ ▽ ` )
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