転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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聖獣契約するには

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「我らと契約したいと思っているのならば、諦めるがいい。それに、先だってこの学園の長に警告されたのを忘れたのか?」
黒銀くろがねは低い声と冷ややかな目つきでエイディー様を見下ろす。
さすがに威圧まではかけていないけれど、普通のちびっ子なら粗相しかねない雰囲気を醸しだすのはやめよう?
「え、あ? ち、違います! そうじゃなくて、今後もし聖獣様と出会う機会に恵まれた時、契約を成功させるための条件があれば教えていただきたいんです!」
エイディー様が慌てて説明するけれど、そもそも聖獣様と出会う機会なんてほとんどないのだ。
セイは事情が事情だし、私の場合は白虎様がスカウト(?)してきたわけだから。
たまたまその二人が学園にやってきただけで、聖獣様は姿を拝めるだけでも奇跡と言ってもいいぐらいの確率のはずなのよ。
それに、契約の条件って言われても「美味しいごはんが作れること」ってわけじゃないから。
……そうだよね?
黒銀くろがねたちを見ると、さっきまでのような警戒は鳴りを潜めているけれど、冷ややかな視線は変わらない様子。
「我ら聖獣と主が出会うのは偶然ではなく必然。契約に至るのも決まりがあるわけではない。全ては出会うべくして出会い、成されるものなのだ」
え、そうだっけ?
黒銀くろがねは白虎様についてきただけだよね?
言うなれば押しかけ契約じゃなかった?
黒銀くろがねの中で、あれは運命的な出会いで、契約したのは必然だったと美化されてるの?
黒銀くろがねの記憶改ざん説を疑いつつも、私の作ったごはんがきっかけで契約を決めたなんてことが知られたら「悪食令嬢は聖獣様に変なものを食べさせて屈服させ契約に至った」と悪意まじりに揶揄されかねない。
そう考えたら黒銀くろがねの答えが無難な気がして、余計なことは言わぬが花と沈黙を貫く。
セイがチラッとこちらを見たのは気にしない。気にしないったら気にしない。
「……ふむふむ、それで?」
背後からの声に驚いて振り向くと、ニール先生がメモを片手に立っていた。
「ニール先生⁉︎」
「ん? 気にしないで話を続けてくれたまえ。僕にとっても興味深い内容だからね!」
さ、どうぞ? と続きを促されても。
始業間際に立ち話をしていた私たちがいけないんだけど、それを黙認する教師ってどうかと思う。
皆が唖然としていると、ニール先生の後ろにいたマーレン師が持っていた杖でニール先生の頭をゴン! と叩いた。
「痛っ!」
「全く、おぬしという奴は……ほれほれ、皆早く着席しなさい」
マーレン師の言葉で皆があたふたと着席していく。
私は、黒銀くろがね真白ましろの見学の許可を得るためにその場に残った。
「ニール先生、マーレンし……先生、黒銀くろがね真白ましろが授業を見学したいそうなのですけれど、許可していただけますでしょうか」
「もちろんさ! なんなら毎日でも……痛っ⁉︎」
ニール先生が喜色満面で答えると、またマーレン師の杖がニール先生の頭に直撃した。
「懲りんのう、おぬしは。黒銀くろがねどのに真白ましろどの。見学は構いませんが、ここは学びの場。子どもたちの学業の妨げになるようでしたら出て行っていただきますがよろしいですかな?」
「無論だ。主の邪魔をするつもりはない」
「うん、だいじょーぶ」
いや、現時点で邪魔してるってば。
うう、入学からお騒がせ続きの生徒ですみません。
「それでは許可いたしましょう」
「感謝する」
「ありがとー」
ああ、正式に許可がおりてしまった。
マーレン師もなんだかんだいって聖獣様に憧れてるから甘いのよね。
「途中何か質問させていただくこともありますしょうが、それはかまいませんかな?」
「我らで答えられるものであれば」
「十分です。それではお二方はこちらにお座りください」
マーレン師は教壇の近くの壁際にインベントリから取り出した椅子を置き、二人を座らせた。
それを見た生徒が「え、あれってインベントリ⁉︎」「すごい!」と声をあげた。
え、インベントリってやっぱりそんなにレアな魔法なの?
私とマリエルちゃんは顔を見合わせてアイコンタクトで「私たちが使えるのは内緒にしておくべきよね」と頷きあった。
いやもう皆、未来からきた猫型ロボットのお話を見せてあげたい。そしたら皆インベントリ習得し放題だよきっと……
「はい、皆静かに! 午後からは専門コースの見学をしていくよ」
ニール先生が黒板に学園内の地図を貼りつけた。
「午前中は君たちそれぞれに適したコースについて相談したけど、午後は実際に各コースを見学して自分に向いているか判断してもらうよ。まずはここに移動して……」
ニール先生の説明によると、魔導具コースや貴族コース、執事やメイドなどの家政コースなど、技能や職能に関するコースを見学していくのだそう。
見学ルートの説明を終えると全員を立たせ、ニール先生の先導でコースを回ることになった。
「すまんがクリステア嬢は聖獣様と一緒に最後尾についてくれるかの。ニールのやつの気が散ってはいかんのでな。わしがついとるから質問があればわしに聞けばええぞい」
「マーレン先生、ひどいです!」
「ええからおぬしは先へ進まんか。こういう時のためにわしがおるんじゃからの」
シッシッとマーレン師がニール先生を追い立てる。
何気にひどいけど、昔からこんな感じだったんだろうなあ。
ニール先生の先導で生徒たちが動き始めた。
私たちはゾロゾロと歩いていく生徒たちの最後尾について歩いていると、前方からゆるゆると遅れるようにしてロニー様が後方へ下がってきた。
チラチラと振り返りながら、わざとゆっくり歩いている。
どう見てもこれはマーレン師目当てよね。
そしてついにロニー様が私たちの目の前にやってきた。
「これ、おぬし遅れておるぞい。早う行きなされ」
マーレン師がロニー様に注意すると、ロニー様はつつつ……とマーレン師に近づき、マーレン師の歩みを合わせた。
「マーレン先生。先ほどはお話しできませんでしたが、僕は先生の書いた『魔導具の変遷』を読んで以来、いつか先生の指導を受けるのを夢見ていました。こうしてお会いすることができて光栄です!」
瓶底メガネでよくわからないけれど、きっと目をキラキラさせているに違いない。
「おお、おぬしの年齢であれを読んでおるのか、それは関心じゃな」
著書の読者とあって、マーレン師は相好を崩す。
「マーレン先生のように素晴らしい魔導具をこの世に送り出すのが夢なんです。学園の卒業生で魔導具師として一流の腕を持つオーウェン氏もマーレン先生のお弟子だったと聞いていますが、本当ですか?」
「ん? ああ……あやつな、うんまあ、そうじゃなぁ」
「すごい! やはりマーレン先生に師事すれば間違いない……!」
期待たっぷりにグッと拳を握るロニー様と渋い顔をするマーレン師の表情が対照的だ。
「魔導具狂い」と呼ばれる魔導具師・オーウェンさんがマーレン師のお弟子さんというのは秘密ではないけれど、あまり大っぴらにはしたくないことなのかも。
「マーレン先生、オーウェン氏は今どちらにいらっしゃるのかご存知ですか? ぜひお会いしたいのですが」
「あやつは……ええと、どこじゃったかのう?」
マーレン師がチラッと私のほうを見るけれど、小さく頭を振った。
オーウェンさんがエリスフィード領にいるとロニー様に知られたらもう、睨まれるどころか怨まれるかもしれない。
「そうですか……もしわかったら教えてくださいね!」
触らぬロニー様に祟りなし。
私はそっとロニー様から距離をとり、皆の後を追ったのだった。

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皆様、あけましておめでとうございます!
本年ものんびりマイペースで頑張りますので、まったりお付き合いいただけますと幸いです( ´ ▽ ` )

年明け早々、文庫版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」三巻が発売になります!
レジーナのサイトや私のTwitterでも告知しますのでよろしくお願いいたします!
文庫版では書き下ろし番外編がおまけで掲載されておりますのでぜひお読みくださいませ。

そして、昨年末にコミカライズ版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」三巻が発売しておりますのでこちらも描き下ろし番外編が17ページ掲載!ぜひお楽しみくださいませ~!
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