転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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奇跡じゃないから!

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「さーて、次は騎士コースだよ~」
ニール先生の先導で練武場にやってきた私たちは、見学者のために用意されたスペースから授業を見学することになった。
そのスペースは、武器が弾かれたりして見学者のほうへ飛んできたりという事故を防ぐために見学席と練武場の間に防御魔法がかけられていた。
本当なら魔法学の上級コースの時も魔法の暴走を避けるために、同じような見学席があったからそこで見ればよかったはずなのに。
あんなに近くで見学したということは、初めから私に実演させるつもりだったのかもしれない。
……ニール先生のごはんはしばらく粗食に決定ね。
「あっ! 兄上だ!」
エイディー様が嬉しそうに声を上げた。
その視線の先には、生徒たちより頭ひとつ分背が高くエイディー様によく似た顔立ちをした騎士服の男性が立っていた。
「兄上は学園を卒業した今は騎士団に在籍してるんだけど、たまにこうして騎士コースの指導に駆り出されるんだってさ。在学中から同級生や下級生たちに教えるのが上手かったから、父上……じゃない、騎士団長直々に後進の指導をするようにって言われてるんだ」
エイディー様はキラキラとした目で誇らしそうにお兄さんを見つめていた。
エイディー様はお兄ちゃんっ子なんだね。
「はふん……兄弟愛……尊い……」
「……マリエルさん?」
その萌え心、そろそろクールダウンする必要があるんじゃないかな?
氷魔法はいつでも発動できるからね?
私の呼びかけで何かを察知したのか、マリエルちゃんがビクッとした。
「ひゃ、ひゃい! ……すみましぇん」
この世界でその趣味が認められるものかよくわからないけれど、オープンにしてて大丈夫とは思えないからね。
取り扱いはくれぐれも慎重に、だよ。マリエルちゃん。
見学席から遠巻きに練習を眺めながら見学生たちを観察してみると、男子生徒たちは最前列でかぶりつきになっていた。
男子生徒が盛り上がる中、ロニー様だけは騎士コースに全く興味が無いようで、持参した魔導具に関する本を熱心に読んでいた。
アリシア様は私より後ろの席に座ってしまったから、怖くて後ろを振り向けないでいたりする……なんだか後ろからちくちくと視線を感じてはいるのだけど。
他の女子生徒たちは前方の席に座って、どの先輩がかっこいいとかそういう話で盛り上がっているみたい。
いいなあ、楽しそう。マリエルちゃんにそういう話を振ると「あの二人は絶対できてますよね⁉︎」とか「あ、あの二人は両片思いっぽくて微笑ましいと思いません?」とかそういう話になりそうで、迂闊に切り出せないというかね……現に今、そわそわしながら練習風景をガン見してるからね。
……そっとしとこう。
ふとセイを見ると、他の男子生徒たちとは違い、私の隣の席に座って練習風景を真剣に見ていた。
「セイは前で見ないの?」
私が話しかけると集中していたのか、ハッとした様子を見せた。
「ああ、うん……やはり、ヤハトゥールの剣技とはずいぶん型が違うなと思って……」
確かに、朝の稽古でセイが鍛錬しているのは、前世でいうところの剣道のようなもので、木刀らしきものを使っていた。
だからきっと本来の武器も前世の刀剣に近いのだろうと思うのよね。
「じゃあ、騎士コースは選択しないでおく?」
「いや。トラに俺の剣筋は一本調子で素直すぎるから、違う武器の使い方を知るのもいいだろうって言われていたんだ。俺は今の剣技を極めたいと思っているけど、相手が同じ得物を使うとは限らないし、違いを知ることで、戦い方を学ぶのもアリだって」
確かに。大剣相手に刀剣で打ち合っても折れちゃいそうだものね。どういうものかわかっていれば、受け流したり、最悪争いを避ける判断もできるだろうから。
ミスリル製の刀剣とかだったらわからないけど……ヤハトゥールでミスリルの刀剣って作れるのかしら?
「まあ、変な癖がつかないよう気をつけながらやってみるよ」
「そうね、それがいいと思うわ」
……マリエルちゃん、隣で「ぐふふ、アオハルですなあ……」とか呟かないで。色々と台無しだから!

しばらくの間見学した後、私たちは練武場を離れて研究棟に向かった。
「次はいよいよ本日の大本命! 魔物学専攻コースだよ!」
ジャジャーン! と効果音でもついていそうなドヤ顔で魔物学の研究室の扉の向こうでは、複数の生き物の気配がしていた。
「マーレン先生! 生徒たちを連れてきましたよ~!」
ニール先生が大きく開いた扉から、使い魔らしき魔獣を従えた生徒たちがこちらを振り返るのが見えた。
「わあ……」
小型から中型サイズの魔獣が主人である生徒の肩にちょこんと乗っていたり、周囲を羽ばたいていたりしてめちゃくちゃ可愛い。
「おお、やっときたか。やれやれ、引退した老いぼれに代打させるとはおぬしも偉くなったもんじゃのう」
トントンと腰を叩きながらマーレン師が椅子から立ち上がってこちらへやってきた。
「やだなあ、マーレン先生も非常勤とはいえ、魔物学の講師の一人じゃないですか。先生の貴重な講義を受けられるなんて生徒たちは幸せですよ」
「わしはもう以前のように働く気はないんじゃ。こんな老いぼれを馬車馬のように働かせようとは……」
「マーレン先生、誤解を招く発言はやめてくださいよ⁉︎ 僕はただ先生の素晴らしい知識を生徒たちに知ってもらいたいだけですからね⁉︎」
よよよ、と泣き真似をするマーレン師に慌てて弁解するニール先生のやりとりを見ながら、先輩たちが「どっちも話が長いからなぁ……」「だよな。早く次の段階に進めて欲しいよ」とかヒソヒソ話しているのが聞こえた。
わかる。マーレン師の講義、話が長ーいもんね……
先輩たちの様子に同意しつつ研究室の中に入った途端、私のポケットに入っていた朱雀様の羽根がふわりと魔力を帯び、全身を覆った。
えっ、何これ?
周囲は気づいていないようだけど、セイは私と同じことが起きたようで私のほうを見た。
「これ、朱雀様の魔力で覆われてる……のよね?」
「ああ。こうしておけば他の聖獣の気配が遮断されるから警戒されないみたいだ。俺の場合、トラたちの気配が消えるんだろう」
なるほど。すでにここを制圧(?)済みの朱雀様の気配だけならとりあえずパニックにはならないってことなのね。
「これから少しずつ朱雀の気配を薄くしていって慣らすといいみたいだけど……」
ふむ。そうやって黒銀くろがね真白ましろの気配に徐々に慣れさせたらいいってわけね。
そういうことなら安心して中に入れるわと一歩踏み出そうとした矢先に、セイが遠慮がちに言った。
「トラが、面倒だから今夜にでも慣らしておくとか言っていたから、黒銀くろがね殿や真白ましろ殿もついてくるのではないかと少々心配なのだが……」
うわあ。
「……それは、ここの子たちがショック死しそうだから全力で止めないと」
「そうだな。俺もトラに止めるよう言っておく」
「お願いします」
しばらくは朱雀様から羽根をお借りして段階的に慣れさせるように頑張ろうっと。
私たちが研究室に入っても、魔獣たちはパニックになることはなかったので、朱雀様の羽根の効果はあったみたい。
少しだけ不思議そうに見られたり、少しでも遠くにいようと主人の影に隠れたりする子もいるみたいだけど、これくらいならなんとかなりそう。
「すっげー! 俺も早く俺だけの魔獣が欲しいなぁ」
エイディー様がキョロキョロと室内を見渡している。
「魔物学では、使い魔を召喚する実習もあるからね。希望するならそのままその魔獣と契約はできるよ。ただし、世話は自分でしないといけないけどね。専攻コースでは必ず一人一体は契約して世話をしてもらうよ」
ニール先生の言葉に使い魔たちをみてソワソワしていた生徒たちが沸き立った。
先輩たちはニコニコしながらこちらを見ているけれど、ちょっとお疲れ気味な様子が気になるわね……まあ、慣れてないと動物のお世話って大変だものね。
「あの、ここには大きな魔獣はいないんですか?」
エイディー様の質問に、ニール先生が答えようとするのをマーレン師が遮った。
「大型の魔獣はその分内包する魔力が大きなものが多いのじゃ。故にそれを抑え、服従させるだけの力を持たねば召喚することすら叶わんのじゃよ。おぬしらでは難しかろうな」
あごひげを撫でつつ、そのまま長い講義に入りそうなマーレン師の様子に、これはまずいと思い始めたところへ、エイディー様が私とセイの方を向いた。
「……てことは、セイとクリステア嬢ってすごく魔力量が多いんだな⁉︎」
その言葉に視線が一気に集中した。
うっ、確かに魔力は多すぎるくらい多いけど……
「いや、使い魔となる魔獣契約は力でねじ伏せるものだが、聖獣契約は聖獣が主となる者の魔力の相性の良さが重要なのだそうじゃ」
「相性?」
「そうじゃ。すでに膨大な魔力を秘めた聖獣様たちは癒しを求め、自分にとって心地よい魔力の持ち主に出会えば、すぐにでも契約に至るのだそうじゃよ」
……うちの子たちは料理に惹かれてましたけどね。いや、料理に込められている魔力なのかな?
「相性って……そんなの、運みたいなもんじゃん……」
他の生徒からポツリと溢れでた言葉に、マーレン師は頷いた。
「その通り。聖獣契約は運であり、すなわち運命でもある。出会うべくして出会うものなのじゃ。それゆえに長く研究しているわしやニールがいくら追い求めたところで、出会わなければ契約には至れんのじゃよ」
マーレン師の言葉に、皆が静まり返った。
一部の先輩たちは、奇跡を見たかのような目で私たちを見ている。
やめて、居た堪れないから。
うちの子は食いしん坊なだけだから。
なんなら白虎様の紹介で引き合わされただけで、奇跡でもなんでもないからっ!
「そう、残念だけどね。でも僕だってまだ諦めてないからね! どこかにきっと僕と相性のいい聖獣様がいるはずさ!」
ニール先生が力強くそういうと、マーレン師や先輩たちが胡乱な目で見つめた。
「おぬしはそろそろ諦めたほうが聖獣様のためでもあると思うがの」
「ええ⁉︎ そんなぁ⁉︎」
マーレン師の言葉に先輩たちがうんうんと頷くのを見てニール先生は涙目になるのだった。
うん、私もそう思うよ。
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