転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
231 / 423
連載

優雅なひととき

しおりを挟む
「改めてようこそ、特別クラスの皆さん。私は貴族コース講師のマルティナですわ」
マルティナ先生は私たち全員が室内に入り終えるのを確認してから、笑顔で自己紹介した。だけど、その視線はしっかりと私たちを観察しているようにも見えた。
そういえば、家庭教師のレティア先生は「人と対峙したその瞬間から、相手は貴女がどんな人物なのか厳しい目で見ていると思いなさい。ちょっとした振舞いひとつでその後の貴女の評価が決まりますからね」と言っていた。
もしかしたら、マルティナ先生はこの時点で私たちを見定めようとしているのかもしれない。
私は咄嗟に淑女の礼カーテシーをした。
アリシア様はもちろんのこと、他の貴族の子たちもさっと礼をしはじめたので、低位の貴族の子や商家の子たちは「えっ、え?」と周囲を見て戸惑っていた。
入学前にマナー学をやっておかないと難しいよね、うん。でもこれから学べばいいことだから。
私たちは家庭教師がついていたから、ちゃんとできないと家庭教師の面目丸潰れになるからね……アリシア様はさすが、私とほぼ同時に動いていたし、他の子たちもぎこちないながらもちゃんと礼ができたからセーフだろう。
家庭教師のついていなかったマリエルちゃんも私の動きに驚きながらも、すぐに私たちを真似して礼をしたから、うん、ギリセーフ……多分。
「まあ、今年の特別クラスはニール先生が担任と伺って心配でしたけど、生徒が優秀なようですから杞憂でしたわね」
マルティナ先生はうふふ、と笑った。
やっぱり試されてたんだ。こわっ!
「特に貴女、ええと……エリスフィード公爵家の……ノーマン様の妹君だったかしら。それからグルージア家の貴女。二人とも大変美しい淑女の礼カーテシーでしたわ。その年でその所作ができるのは素晴らしいですよ」
マルティナ先生の言葉に上級生たちがザワっとした。え、なんなの。
「ありがとう存じます」
「あ……ありがとう存じます」
「他の皆さんも大変よかったですよ。そうね、これからさらに磨きをかければ、デビュタントまでにもっと素晴らしい所作ができるようになるでしょう」
……数年かけてしっかり矯正しますからね、と副音声が聞こえたような気がした。
とりあえず私とアリシア様は及第点だったみたいでほっとしたわ。
「さて、本日は最上級生の生徒たちの授業を見学していただくわけですが……貴族コースでは社交界で必要なマナーなどを学びます」
知ってる。立ち振る舞いから会話のセオリーなど貴族はかくあるべし、と学ぶことは多岐にわたるのだ。
家庭教師のレティア先生のスパルタ指導でいやというほど叩き込まれたからね……
「今回はデビュー間近ということもありますので、特別にデビュタントのためのダンス練習を見学していただきます」
ダンスと聞いて、女生徒たちがわあっ! と色めきたった。
やっぱり女の子はダンスとか好きだよねぇ。わかるわかる。
やるな、マルティナ先生。まともに挨拶できなかった生徒が萎縮し始めたところを華やかな部分も見せて興味を惹こうってわけね。
「そうね、まずはお手本として……レイモンド殿下とエレノア様、ノーマン様とクレア様でペアを組んで踊って見せてくださるかしら」
マルティナ先生に指名された四人がペアとなり部屋の真ん中に進み出た。
彼らは美しい礼をしてから、音楽に合わせて流れるように踊りはじめた。
 ドリスタン王国では、成人した貴族の子女たちのデビュタントである舞踏会が開かれる。まあ、これは前世と同様に女性が主役で、婚約者のいない方の集団お見合いの場ともなるわけだけど……
デビュタントでは決められたダンスやドレスコードなどがあるため、それなりの下準備が必要なのだ。
そのデビュタントで踊るための練習のようだけど、お手本として指名されるだけあって、二組のダンスはとても美しかった。
「ああ……レイモンド殿下とノーマン様のダンスがこんなに近くで見られるなんて幸せだわ……はあ、素敵……」
「エレノア様とクレア様もお綺麗でため息が出ちゃうわ。デビュタントはどなたと踊るのかしら?」
そんなヒソヒソ声が上級生や見学している生徒たちからも聞こえてくる。
レイモンド殿下やお兄様が踊るのを初めて見たけれど、とてもお上手なのね。知らなかった……
それに、お相手のエレノア様とクレア様、すごく素敵……今は制服だから、裾に盛ったレースがひらひらと舞うくらいだけど、ドレスだったら大輪の花のように華やかで優雅なワンシーンになるに違いない。
アニメにもなった社交ダンス漫画の影響で前世では少し教室に通っていたから、あのレベルで踊れるようになるのは大変なのだというのはよくわかる。
正しい姿勢をキープしながら優雅に踊るのって大変だもの。
見惚れているうちに曲が終わり、二組が礼をすると周囲から拍手が沸き起こった。
「大変結構です。皆さんもこれくらい美しく踊れるように頑張りましょうね」
マルティナ先生が私たちに向かってにっこり笑う背後で一部の生徒が無表情になっていたので、マルティナ先生もレティア先生同様スパルタ指導の疑いが濃厚になった。
これは、頑張らないとだよ、マリエルちゃん……!
私も、レティア先生によるダンスの評価はギリギリ合格点だったから、ちゃんと練習しなきゃだわ。
……というのも、領地で練習していたからダンスの練習相手パートナーがいなかったのよね。
レティア先生に男性パートをお願いしたけど、身長差がありすぎて……ち、ちびっ子だったからしかたなかったのよ!
それでもちゃんとレティア先生から及第点をいただいたんだから御の字よ。
はあ、真白ましろやセイと練習頑張ろうかな。
「さあ、それじゃ次の見学に向かおうか! マルティナ先生、お邪魔しましたー!」
あれこれ考えている間に、ニール先生が次のコースに向かい始めたので、私たちはマルティナ先生や上級生たちに一礼してから実習室を出ようとした。
チラッとお兄様のほうを見ると、お兄様がにっこり笑って手を振っていた。
レイモンド殿下もその隣で小さく手を挙げていたので実習室を出ようとしていた女生徒たちがキャーッと声をあげたのでマルティナ先生に冷ややかな目で「お静かになさいませ」と注意されてしまった。こ、こわっ。
そして次の見学先に移動中、アリシア様にも睨まれてしまった。
……うう、不可抗力なのに。

「さて、次に見学するのは魔法学の上級コースだよ」
そう言ってニール先生の先導でやってきたのは実習棟から少し離れた大きな建物だった。
中に入ると、そこはホールみたいな高い天井の訓練場だった。
「君たちはここで見学だよ」
ニール先生は授業を受けている生徒たちから少し離れた場所で止まり、声をかけた。
「カーソンせんせーい! 新入学生の見学にきましたー!」
大声で呼びかけると、ローブを身につけた講師らしき人がこちらを見て杖をあげ、了解の合図をした。
講師が何やら生徒たちに指示すると、数人ごとに並んで詠唱を始め、遠くにある的に向かって魔法を放っていった。
「おおー! すげー!」
ウォーターカッターやファイヤーボールなど、攻撃魔法が次々と的に当たっていくのを見て、見学していた男子生徒たちが歓声を上げた。
カーソン先生はそれを横目で見ながらこちらへやってきた。
「やあ、魔法学上級コースへようこそ。彼らは君たちの一年先輩だ。来年の今頃にはこれくらいはできるように……いや、特別クラスだったね。それ以上のことができるかもしれないね。期待してるよ」
特別クラスに在籍している生徒は高成績の上、入学前に家庭教師を付けていた貴族の子が多いから、入学前にそれなりの魔法が使える子も多いのよね。
「今は基本の攻撃魔法の精度をあげたり、詠唱を短くする訓練をしているんだ」
初めて魔法を学ぶときは、詠唱の呪文を覚えて正確に放つことから始まるのだけど、そもそも魔法の発動はイメージが大事なので、詠唱付きの魔法に慣れたら、魔法が発動したときのイメージをしつつ、自分なりに詠唱を短くしていく。そして最終的には「ファイヤーボール」などの単語だけで発動できるのを目指すのだそう。
……まあ、イメージさえちゃんとできたら無詠唱でも発動するんだけどね。
「そういえば、今年の特別クラスにはマーレン先生の愛弟子がいるんだったね?」
カーソン先生の言葉に、皆の視線が私に集中した。うっ、ロニー様が睨んでるよぅ。
「それならクリステア嬢のことだね!」
ニール先生が私の名を出してしまったので、隠れることもできない。
私は渋々進み出て、挨拶した。
「クリステア・エリスフィードです」
「おお、そうそう! 君、魔力量とか桁違いにすごいんだってね? どうかな、少しやってみせてくれない?」
「えっ?」
「ほら、あの的に当てるだけでいいんだ。なんなら壊しても構わないから、ね!」
ね、じゃないわよ。
「いえ、私は見学に来ただけですので……」
「え? カーソン先生もそう言ってるんだから、いいじゃない。ちょっとやってみせたら?」
ニール先生ーッ! そこは止めてくださいよ⁉︎
講師二人が期待たっぷりに私を見ている。
これは……やらないと終わらないやつだ……
「……かしこまりました。どの的に当てればよろしいですか?」
「そうこなくちゃ。じゃあええと……いや、どの的でも当たればいいよ。難しいからね」
確かに、先輩たちは的に当たったり当たらなかったり、人によっては並んでいる隣の的に当たったりしていた。
「では、一番左端の的に」
「え?」
さっさと終わらせてしまおう。
何がいいかな? ウォーターカッターだと範囲が広いから、アイスアローかな?
私は氷の矢をイメージして発動させた。
ズドン!
ありゃ、矢にしてはちょっと大きかったか。
槍のような氷の塊が的を貫き、吹っ飛ばしていた。
うーん、やっぱり精度を上げるにはもうちょいしっかりイメージすべきだった。
魔力量が多い分、発動が容易になるから制御が雑になるのは悪い癖よね。
「えっ……む、無詠唱?」
カーソン先生の戸惑う声にハッとして振り向くと、信じられないものを見たかのように皆が私を見ていた。
「え、あの……?」
「……ハッ! あ、す、凄いね君⁉︎ その年で無詠唱が使える上にこの威力……さすがマーレン先生の愛弟子と言われるだけあるね!」
「え、いやその、そんな……」
「だろう? さすが聖獣様と契約するだけあるよね!」
いやニール先生、聖獣契約関係ないからね?
「あの、戻ってもよろしいですか?」
「え、もうちょっとやっていっても……」
「ニール先生! 他も見学しないといけないのですから早く行きましょう!」
カーソン先生が食い下がろうとするのを、無理矢理遮り、ニール先生の袖を引いた。
「え、あー、うん、時間も押してるし、行こうか」
ニール先生は私の勢いに気圧され、見学生を引き連れその場を後にした。
うう、心なしか皆が引いてるような気がする。側にいてくれるのはマリエルちゃんとセイだけだよ……そう思っていたら、エイディー様がテテテッと近寄ってきた。
「すげーな、クリステア嬢! 今度俺に教えてくれよ!」
ニカっと笑うエイディー様に続いて、男子生徒たちが「え、じゃあ俺も!」「僕も!」と近寄ってきた。
ああ……脳筋思考に助けられるときが来ようとは思わなかったよ……
でも、女子はドン引きしてるよ……アリシア様はこちらを見ようともしないし。
うう、マリエルちゃん以外の女友達ってできるのかしら……
しおりを挟む
感想 3,547

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

婚約破棄? そもそも君は一体誰だ?

歩芽川ゆい
ファンタジー
「グラングスト公爵家のフェルメッツァ嬢、あなたとモルビド王子の婚約は、破棄されます!」  コンエネルジーア王国の、王城で主催のデビュタント前の令息・令嬢を集めた舞踏会。  プレデビュタント的な意味合いも持つこの舞踏会には、それぞれの両親も壁際に集まって、子供たちを見守りながら社交をしていた。そんな中で、いきなり会場のど真ん中で大きな女性の声が響き渡った。  思わず会場はシンと静まるし、生演奏を奏でていた弦楽隊も、演奏を続けていいものか迷って極小な音量での演奏になってしまった。  声の主をと見れば、ひとりの令嬢が、モルビド王子と呼ばれた令息と腕を組んで、令嬢にあるまじきことに、向かいの令嬢に指を突き付けて、口を大きく逆三角形に笑みを浮かべていた。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。