転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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穏やかじゃないランチタイム

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午前中はニール先生による臨時の魔物学の講義となり、マリエルちゃんの契約がなされたことをきっかけに、魔獣や聖獣と契約した後の対応や生活についての心得的なものの説明を受けた。
私たちの時はそういうのはなかったけど、すでに契約して長かったし、今までそれで問題なかったわけだから割愛されたみたいね。
契約により、強い魔物など人にとって役に立つ契約獣を得た場合、生活が一変し稀に大金が舞い込むことがあるそうだ。
人によってはそれが原因で身を持ち崩し生活が破綻する人もいるので、極力普段通りの生活を送ることを心がけるように、と笑えない過去の事例も色々と紹介しながら念には念を押されて午前の授業は終了した。
……なんだか、前世でたまたま見かけた宝くじの高額当選者の心得みたいだな、と思ったのはここだけの話。

「いやー、契約したはいいけど、それで破滅するんじゃ意味ないよなあ? でも、俺だって強い魔獣と契約できたら、得意になって何かしでかすかもしれないしなぁ」
エイディー様がうーん、と頭の後ろで手を組み悩みながら私たちの前を歩く。
私たち契約者は、ニール先生経由で学園長から昼食のお誘いをいただいたので例のカフェテリアに向かっているところなのだけど、エイディー様も丼定食を食べに行くと言うので同行することになったのだ。
エイディー様の言葉に、並んで歩いていたセイが頷く。
「そうだな。人の心は弱いものだから、絶対的強者が味方につけば、すぐに慢心して失敗する。だから、驕ることなく謙虚でいるようにとトラたちも言っていた」
「へー、お前んとこの聖獣ってすげえな。偉そうにしてていいぞ、とか言わねーんだ?」
エイディー様が感心したように言うと、セイは少しだけ嬉しそうに笑った。
うちの子が褒められるのは嬉しいよね、わかる。
それにしても白虎様がそんなことを言ったの? ……それってまさしく「虎の威を借る狐」ってやつよね?
現世こちらのせかいに同じような諺があるとは思えないけれど。
隣りにいるマリエルちゃんも同じことを考えたようで「白虎様の威を借る、なんとやら……?」とぼそっと笑いを堪えるように震えながら呟いていた。
やっぱり同郷だと考えることは一緒みたいでちょっと嬉しい。
「クリステア嬢もそうなのか?」
「私の聖獣たちは特に何も…… 私はたまたま公爵家の生まれで家族が守ってくださったこともあって、生活が大きく変化することはありませんでしたけれど。人によっては大事になりますものね」
まあ、食生活は大きく変わったけれども。
これは聖獣契約というより、前世の記憶が戻ったことが主な理由だものね。
黒銀くろがね真白ましろが頑張ってくれるから、食材の調達は自重しなくなった点については、反省はしてるけど後悔はしていない。美味しいもの、大事。
「私はこれからどうなるのか不安でしかたないです……」
マリエルちゃんは今朝の騒動を思い出したようで、さっきとは違う意味で震えていた。
「マリエルさん。困ったことがあれば私の名前を出しても構わないから。きっぱり断わればいいわよ」
「ク、クリステアさぁん……!」
涙目のマリエルちゃんがプルプルと震えながら私の腕にしがみついてきた。
うむ、まかせなさい。
マリエルちゃんを守るためなら、普段使うことのない公爵家の権力だって振りかざしてやろうじゃないの!
……あれ、ちょっと待って?
これは「公爵家の威を借る悪役令嬢」ってやつなのでは……?
うっかり悪役令嬢ムーブをかましかけたことに気づき、内心冷や汗をかく。
慌てて「私は悪役令嬢なんかじゃありませんよ~人畜無害ですよ~」的アピールを試みる。
「そ、それにしても困ったものよね。マリエルさんにしても私にしても、ただ平穏に、普通の生活を送りたいだけなのにね?」
「「「……え?」」」
私の発言に三人が「何を言ってるんだこの人?」みたいな目を向けてきた。解せぬ。

カフェテリアに入ると、店長をはじめとした店員たちに「クリステア様がご来店だ!」「粗相がないように気をつけろ!」などと叫ばれつつ迎えられた。
そして、他の客である教員や生徒たちから注目を浴びまくりつつ、いたたまれない気持ちで学園長のいる個室に案内されたのだった。
ご一緒にどうぞ、と案内されたエイディー様がぼそっと「平穏で、普通とは……?」と呟いたのはしっかり聞こえてましたからね⁉︎

「おお、皆よくきたね。好きな席に座りなさい」
先に待っていた学園長と秘書のパメラさんに迎えられ、学園長たちの対面の席に着いた。
パメラさんに「好きなものを頼んでいいわよ……って、あなたたちは関係なかったわね」と苦笑されなからメニューを渡された。
ええはい、私たちは顔パスの上に全メニュータダですからね……
一人だけ固辞するエイディー様にパメラさんは遠慮しないように微笑むので、それぞれ食べたいメニューを注文する。
「食べ盛りの子どもたちに我慢させるわけにいかないから、話は食事の後にしよう」
学園長の勧めで、お腹を空かせていた私たちは遠慮なく舌鼓を打ったのだった。

食事を終えてお茶とデザートが運ばれてくると、パメラさんは出入り口を閉め、遮音魔法を展開した。
それを確認した学園長は私たちにお茶を勧めつつ本題に入った。
「さて。此度はクリステア嬢の友人であるマリエル嬢がカーバンクルと契約したとのことだが……」
「ひ、ひゃい!」
マリエルちゃんったら緊張すると噛んでしまいがちなのよね。
これから契約者ってことで注目され続けるんだから、頑張って!
「同じ学年に契約者が三名、しかも強大な力をもつ契約獣を五体と言うのは、開校以来初めてのことだ」
へえ、そうなんだ。特別寮の部屋数がそれなりにあるみたいだから、昔はもっといたのかと思っていたのだけど……
強大な力をもつ魔獣や聖獣はいなかったってことかな?
まあ、本当はセイは四体、私は輝夜かぐや含めて三体で計八体なんだけどね!
……あれ? これって実はすごくない?
ルビィはあの見た目でも結構な能力持ちみたいだし。
え……特別寮、過剰戦力すぎない……?
あわわ……と動揺していると、学園長が疲れた表情を浮かべて話を続ける。
「そのせいか、貴族たちから契約者と面会させてほしいという陳情が陛下の元に殺到しているそうだよ」
「えっ」
学園ではうかつに手出しできないから、陛下に許可をもらって接触しようっていうの?
いやいや、いくらなんでもそれはお父様が許さないでしょう。陛下相手にだって引かない人だもの。
「そのことについては陛下からも手出し無用と改めて通達されたそうだから心配しなくてもいいだろう。しかし……」
学園長はそう言うと深くため息をついてお茶を一口含み、喉を潤した。
「……愚かな者はどこにでもいるものだ。裏で闇ギルドに手を回す者がいるかもしれぬと陛下が懸念なさっている」
「闇ギルド……ですか?」
セイが初めて聞く言葉に反応した。
「うむ。年若い君たちに存在を教えるのは心苦しいが……闇ギルドとは国を跨いで暗躍する、誘拐や暗殺などの後ろ暗いことを生業とする闇の組織だ」
え、何それ。そんなヤバい組織が存在するの? それなんてラノベ?
いやほら、ラノベとかだと暗殺者アサシンとか出てくるけどさぁ……
「噂によれば闇ギルドにも魔獣契約者がいるそうだ。公爵令嬢のクリステア嬢はフェンリルとホーリーベアの聖獣契約をしていることが知られているのでおいそれと手出しされたりはしないだろうが……」
私は大丈夫……ってことは。
「ドリスタン王国ではあまり知られていないヤハトゥールの聖獣と契約しているセイ君と能力が詳しく解明されていないカーバンクルと契約しているマリエル嬢が狙われる可能性が高い」
「……っ⁉︎」
セイとマリエルちゃんが……⁉︎
「が、学園は基本的には何者も手出しできないはずじゃ……⁉︎」
エイディー様がガタッと音を立てて立ち上がった。
「ああ、そうだ。しかし、それはあくまで学園内でのこと。完全に守り切れるわけではない。ルール無用の闇ギルドであれば尚更だ」
「そんな……」
マリエルちゃんは真っ青になって震えている。
「ああ、怖がらせてすまない。学園内……特に特別寮は強力な結界魔法が施されているから怯えなくてもよい。しかし、学園から一歩でも出たら守ることはできないので、くれくれも気をつけるように」
「ど、どうしよう……」
「マリエルさん、大丈夫よ。できるだけ私と行動するようにしましょう?」
「は、はい……」
マリエルちゃんがホッとした表情を見せると、エイディー様がセイの肩を掴み、もう片方の手で握り拳を作った。
「セイ、お前も一人で行動するなよ? クリステア嬢たちと別行動の時は俺と一緒にいろよ。な?」
「いや、俺は別に……」
「ばっかだな、遠慮なんてすんなって。俺は友だちが危ないときに放っておくほど薄情なヤツじゃないんだぜ?」
「……じゃあ、そうさせてもらうよ」
「おうよ!」
セイの場合、白虎様たちが強いから平気だろうし、むしろエイディー様を危険な目に合わせたくないんだろうけど、熱血脳筋エイディー様にそんな思いは伝わるわけがなく、セイは苦笑するしかなかったみたい。
「はひゅ、……と、尊い……」
隣の荒い息遣いに目を向けると、マリエルちゃんが緩んだ口元を両手で隠しながら、潤んだ目でエイディー様たちを見つめていた。
マリエルちゃん……ブレないなぁ……
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