転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
282 / 423
連載

善は急げ⁉︎

しおりを挟む
授業が終わると、私たちはすぐに特別寮に戻って教材などを部屋に置いてからダミーの手荷物を持ち、正門へ急いだ。
前回同様、ミリアが手配していた我が家の馬車に乗り込み、屋敷へ向かった。

「うふふ、いよいよねぇ。楽しみだわぁ」
ルビィがウキウキとした声でマリエルちゃんの膝の上に座って脚をパタパタさせている。
「私は憂鬱でしかたないです……」
マリエルちゃんが落ち着かない様子でルビィの頭を撫でている。
「んもう、マリエルったら。いい加減腹括りなさいよね!」
ルビィはそう言うけれど、前世では命を賭けた闘いや命を奪うための武器というものに縁のない暮らしをしていた元日本人仲間としてはマリエルちゃんの気持ちがよくわかる。

私も今まで人に対して魔法攻撃したことがないので、いざという時に身を守るためとはいえ攻撃できるかというと自信がない。
障壁バリアとか咄嗟に身を守ることはできるかもしれないけれど、明確な意思を持って人を傷つけたり殺めたりすることは難しいと思う。
そして、つい黒銀くろがね真白ましろにも人を傷つけてはいけないと言ってしまう。
けれど、本当は彼らにそれを強いてはいけないのだということもわかっている。
私を護るためなのだから。
私を悲しませないように我慢して、結果、二人に無理をさせているのはわかっている。
私のこだわりで二人を失うことになってはならないのに、前世の意識が待ったをかけてしまう。
私って、本当に甘ちゃんでダメな主人だわ。

ルビィは自分だけでマリエルちゃんを護れるとは思っていないから彼女に厳しいのかもしれない。
自分で自分の身を守れるようにしなさいよって。
私も、いざという時には黒銀くろがね真白ましろを助けられるくらい強くならなきゃ。
足手まといにはなりたくないもの。
『……くりすてあ?』
私を呼ぶ声に反応して視線を下ろすと、聖獣の姿で膝に抱かれていた真白ましろが私を見上げていた。

「ん、なぁに? 真白ましろ
ルビィとマリエルちゃんを見つめていたからやきもちかな? と思い、頭を撫でてあげると、真白ましろはすりすりと頭を寄せてくるようにして気持ちよさそうに目を閉じる。
『……んーん、なんでもない。くりすてあは、おれがまもるから、あんしんしてね?』
う、もしや、私の決意が見透かされてる?
私も二人の主人としては頼りないから、頑張らないとなぁ……
差し当たり何をすれば良いのかわからないまま、悩む私たちを乗せた馬車は屋敷へ向かうのだった。

前回のようにお父様とお母様の出迎えはなかったものの、到着してすぐにお茶の用意ができていると言われ応接室に通された。
「おかえり、クリステア」
「おかえりなさい」
部屋に入って間もなく、お父様たちがやってきた。
「ただいま帰りました」
「お邪魔しております。今回もお世話になります」
「おっ、お邪魔してます! おおお世話になります!」
セイとマリエルちゃんがスッと立ち上がり挨拶すると、お父様は「よく来た」とにこやかに答え二人に座るよう促し、お母様とソファに座った。
「二人とも、クリステアがいつも世話になっているのだからここでは我が家のようにくつろいでくれたまえ」
「ありがとうございます」
「ああありがとうごじゃ、ござい、ます!」
マリエルちゃん……そろそろ慣れてもいいと思うよ?

「さて、ガルバノから注文していた品ができたと連絡が届いたわけだが……」
お父様の話によると、ティリエさん経由でお父様宛に直接魔導電話がかかってきたそうで。
「完成した魔導具の試運転のために、我が家の修練場を使いたいと言われたのだが……クリステア、其方らは一体何を作ったのだ? ルビィ様の身を飾るための杖を作ったのではなかったのか?」
うおっと。しまった、お父様にはルビィのおしゃれのためのステッキを作るとしか言ってなかった気がする。
てっきりこの手のことはお兄様が報告しているものとばかり思っていたから、気にもしていなかったのよね。
もしかしたら、お兄様はマリエルちゃんとルビィの注文品だから、報告していなかったのかもしれない。

「ええと、杖をお願いしたのですけど、使う素材が上質なものだったので、護身用の武器にもなるようにと、おじさまが……」
そこまで言うとお父様が眉間に皺を寄せて額に手を当てて大きなため息をついた。
「なるほどな……ティリエのやつ、大興奮ですごいものができた、週末には館に行くから修練場を使わせろと言いたいことだけ伝えて通信を切ったものだから、さっぱり要領を得なくてな……」
ティリエさん、あの時いなかったからどんなものか知らなかったんだろうなぁ。
きっとおじさまから現物を見せられて自分も試運転に立ち会いたいと思ったに違いない。

「まあいい。来るなと言ってもくるのが奴だ。暴走を止めるために私も同行しよう」
えっ?
「お、お父様もいらっしゃるのですか?」
「うむ。我が家の修練場を使うのであれば其方のような子供だけではなく我が家の関係者が立ち会わねばなるまい。加えて聖獣様に関わることとなれば私が適任であろう」
あー、ね。まあ確かにそうかもしれないけど……おじさまの店の裏庭で試運転せずに、我が家の広い修練場を使うような武器、なんですよね?
……お父様に叱られる未来しか見えないんですが。
いやいや。今回は私のじゃないから大丈夫だよね?
……だよね?

その日はそのまま王都の屋敷で夕食をいただき、就寝。
ちなみにふるっふるのスフレオムレツをナイフで切り開いてからいただくオムライスが出たので、マリエルちゃんもセイもすごく嬉しそうだった。
スフレタイプのオムレツなんて作って見せたことないのに、料理長の応用力が半端ない。
やるわね、料理長……!

翌朝。いつも通り早起きして朝ヨガを済ませた私は、朝食の前に黒銀くろがね真白ましろをお供に敷地内の小さな森へ採取に出かけた。
以前はスルーしていたけれど、魔法薬に使える薬草かあちこちに生えていたなと思い出したからだ。
「あっ、あった。ここにも!」
王都の屋敷では警備の兵たちが訓練に使っていることもあり、あまり敷地内で採取していなかったのよね。
薬草園が作れたらいいのだけれど、薬草によっては薬効が低くなるものがあり、自然に生えたものを採取するほうが良いとされている。
だから、学園内でも採取のために森を維持しているのだ。
もしかしたら、歴代のエリスフィード家の子どもたちはアデリア学園在籍中ここで薬草を採取したこともあるかもしれないわね。
まあ、卒業後も使えるわけだし私も根こそぎ取らないようにして増やす方法を考えよう。
マリエルちゃんたちも今度泊まりがけで採取にくるのも楽しいかも。
そんなことを考えながら、ある程度の量を確保した私は屋敷に戻るのだった。

朝食後、お父様の引率で転移部屋へ移動し、領地の館へ転移したら、ティリエさんたちがすでに待ち構えていた。
「あっクリステアちゃん! 来たわよ~!」
応接室でくつろぎながら紅茶を飲んでいたティリエさんがひらひらと私たちに向かって手を振る。
「またお前はこんなに早い時間に……」
ティリエさんは渋面を隠さないお父様を気にすることなく「まあいいじゃない。善は急げってね」とウインクした。強い。
ガルバノおじさまはいつも通り「おう、早くにすまんな」とお父様に誤りながらも、メイドに「酒はないか?」と朝から無茶振りしていた。通常運転過ぎる。
だけど、オーウェンさんは無精髭をさっぱりと剃り落とし、小綺麗な格好でソワソワと部屋の中を見渡していた。
「其方は?」
「私は魔導具師としてこの領地内に店を構えております、オーウェンと申します。お見知り置きを」
お父様がちらりとオーウェンさんに視線を送ると、バッと立ち上がり、貴族の礼で挨拶した。結構さまになっている。
「魔導具師オーウェン……その名は聞いたことがある。我が家でも其方の魔導具は重宝している。今後も精進するといい」
「はっ、ありがとうございます」
お父様は緊張した様子のオーウェンさんがソファに座るのを眺めながら「魔導具狂いか」とぼそりとつぶやいたのが聞こえた。
魔導具狂いって二つ名のついたオーウェンさんって、そんなに有名なのだろうか……

「それで? 試運転したいという魔導具はどれだ?」
お父様がそう言うと、ルビィが「ちょっと待ちなさいよ!」とマリエルちゃんの影から飛び出してきた。
ティリエさんが「えっ! 何このうさぎ……じゃない⁉︎ ちょ、もしかして噂のカーバンクル⁉︎」と驚いていたけれど、お父様が手を上げてそれを制し、ルビィを見つめた。
「ルビィ様、何か?」
「何か、じゃないわよ。あのねぇ、これはワタシが頼んだものよ。まず私に見せるのが道理でしょうが」
ルビィがお父様の前に立ち、ダンダン! と床を踏み鳴らす。
「ふむ。確かに。これは私の落ち度でしたな。しかし、我が家の修練場を使うのであれば私も責任者としてどんなものか検分する必要がございます」
「……ふーん、一理あるわね。まあいいわ。オーウェン、完成したものをお見せなさいな」
ルビィがテシテシと軽く足でリズムをとりながら納得し、くるりと振り向いてオーウェンさんに命令した。
「はい! こちらです!」
オーウェンさんがソファの脇に置いていたトランクから木箱を取り出し、パカリと蓋を開けると、布張りの箱の中には色とりどりの魔石が使われた美しい杖が鎮座していた。

---------------------------
申し訳ありません、長くなりそうなので続きはまた次回に……!

二月八日に無事文庫版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」四巻が発売されました!
文庫版は巻末に書き下ろし番外編が収録されております。
四巻はあざとかわいいもふもふ視点のお話ですよ~( ´ ▽ ` )

ちなみに一巻はミリア、二巻はティリエさん、三巻はマリエル視点の書き下ろしが収録されております。
これらが読めるのは文庫版だけですのでぜひぜひ~!
しおりを挟む
感想 3,547

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

婚約破棄? そもそも君は一体誰だ?

歩芽川ゆい
ファンタジー
「グラングスト公爵家のフェルメッツァ嬢、あなたとモルビド王子の婚約は、破棄されます!」  コンエネルジーア王国の、王城で主催のデビュタント前の令息・令嬢を集めた舞踏会。  プレデビュタント的な意味合いも持つこの舞踏会には、それぞれの両親も壁際に集まって、子供たちを見守りながら社交をしていた。そんな中で、いきなり会場のど真ん中で大きな女性の声が響き渡った。  思わず会場はシンと静まるし、生演奏を奏でていた弦楽隊も、演奏を続けていいものか迷って極小な音量での演奏になってしまった。  声の主をと見れば、ひとりの令嬢が、モルビド王子と呼ばれた令息と腕を組んで、令嬢にあるまじきことに、向かいの令嬢に指を突き付けて、口を大きく逆三角形に笑みを浮かべていた。

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。