転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
283 / 423
連載

ちょっと! ルビィさん⁉︎

しおりを挟む
「あらあ、いいじゃない!」
ルビィが跳ねるようにステッキに近寄り、全体を舐めるように観察する。
「はっ! ありがとうございます!」
……オーウェンさん、ルビィとのやりとりはずっとその口調で通すつもりなのかしら?
手に入りにくい魔石を前報酬としてたくさん受け取っていたから、パトロン相手のような対応になる気持ちはわからなくもないけど……

「これは……素晴らしいな」
「本当、サイズはともかく素敵だわ」
お父様とティリエさんもルビィの後ろから覗き込み、感心したような声を上げた。
「ふん、わしとこいつで作り上げたんじゃ。つまらんもんになるわけがなかろうて」
ガルバノおじさまがオーウェンさんの態度に若干引きながらも自信たっぷりの様子だ。
確かに……仕上がったステッキは、持ち手のすぐ下のあたりから色とりどりの魔石がランダムに散りばめられているように見え、それでいてバランスよく計算して配置されているみたいだった。
魔石の周囲から繊細な模様が持ち手や杖の部分にかけて刻まれており、よくよく見ればその模様は何かの呪文のようだ。
ひええ、すごい細かい……魔導具って極めようと思ったらここまでしなきゃいけないの?
……できる気がしないんですけど⁉︎

「普段はルビィ様が持つことで魔力を貯めることができますが、魔石の容量を超える場合は杖を通して余剰分を少しずつ放出するようにしました。ですが、使わない時はこのスタンドに空の魔石をセットして置いておけば、余剰分の魔力を空の魔石に充填できます」
オーウェンさんはそう言うと、杖を保管しておくためのスタンドらしきものを取り出して組み立て、ステッキを掛けてみせた。
「ほう。空の魔石を再利用するのはかなりの魔力を必要とするため、難しいはずだが……」
お父様が興味深そうにスタンドを観察する。
「ええ、小さい魔石であればともかく、中型から大型サイズの魔石の場合、魔力切れを起こさないよう魔力の多い者でも数日から数週間かけ小分けにして充填しなければならないため、再利用は非効率と言われています。しかし、これならステッキを使わない時にかけておくだけで魔力を吸い上げることができるため魔力を無駄にしません」
「なるほど……しかし、この魔導具は現実的ではないだろう。そもそも魔石の魔力が飽和状態になるという前提ではな」
「そうなんですよねぇ……」
意外なことにお父様とオーウェンさんで魔石話に花が咲いている。
オーウェンさん、魔導具の話ができてなんだか嬉しそう。

通常、魔力を使い切った空の魔石に魔力を貯めることは可能。だけど、魔石に充填する分以上の魔力を使って押し込むようにしないと充填できないのだそう。
魔力を吸い出すのは簡単だけど、充填するのは魔石の素になった魔獣の属性だかなんだかが影響しているせいか難しいんですって。
小さな魔石は生活用品に使えるので、魔力を充填して再利用するという商売は実際にあるそうなのだけど、大きな魔石となるとね……
だけど、オーウェンさんは大きなサイズの空魔石にも充填ができる魔導具を作ったらしい。
要するに前世の充電池と充電器みたいなものよね。
……ん? それってすごいのでは?
魔力量の多い聖獣限定にはなりそうだけど、大きな空魔石が再利用できるのってすごく便利よね?
……もしかしたら、魔力量の多い私でも充填できるかもしれないし。
……充電器の追加注文をお願いしてもいいかしら?

「あ、あのう……スタンドまではお願いしてなかったと……」
マリエルちゃんがビクビクしながらオーウェンさんに話しかけた。
ステッキを作るだけのはずがスタンドまで魔導具となるとすごい出費になるのでは、と怯えているのかもしれない。
確かに高そう……でも欲しい。
「あー、これは元々試作していたものの応用で作っただけだからおまけのようなもんだ。せっかくの魔力を無駄にするのも何だし、魔石を融通してもらったからその礼だとでも思ってくれ」
「え、あ……ありがとうござい、ますっ!」
マリエルちゃんがわかりやすくホッとしている。

「ちょっと。ワタシ抜きで盛り上がるのは構わないけどそろそろ試させてもらってもいいかしら?」
ルビィが脚をテシテシ床に叩きつけながら、オーウェンさんたちをジト目で見ていた。
「おわっと! 失礼しました、レディ。それではこちらをどうぞ」
オーウェンさんが慌ててルビィに向き直り、恭しくステッキをルビィに差し出した。
「あら、うふふ。いいわ、許してあげる。さて、どうかしらね……」
ルビィが前脚を振ったと同時にステッキがフッと消えてルビィの手元に現れた。
「ふぅん、いいわね。気に入ったわ」
カツン、と音を立ててステッキを手にしたルビィがビシッとポーズを決めた。
「……ルビィ、どうやってステッキを持ってるの?」
マリエルちゃんが素朴な疑問を投げかける。
確かに、人と同じように握れないのにどうやってステッキを持ってるのかしら。
「何よ今更。魔力で吸着してるに決まってるでしょ」
いや、決まってないと思います。

ルビィが前脚を持ち上げると、添えただけのステッキが同じように持ち上がり、クンッと動かすとステッキがクルリと回った。
え、何それ。器用すぎない⁇
「ちょ、ルビィ……かっこかわいい!」
マリエルちゃんがぷるぷる震えながらルビィを見つめる。
「ふふん、当然よ! さあ、魔石の魔力はいっぱいみたいだから、試射といきましょうか。はい、マリエル!」
ルビィがそう言った途端に手元からステッキが消え、マリエルちゃんの目の前に現れた。
「わわわっ!」
マリエルちゃんが慌てふためきながらステッキをキャッチするのを見て、ルビィがやれやれといった風に首を振る。
「まったくもう、いざという時にちゃんと受け取れなきゃ意味ないわよ。まずはそこから特訓しないとね」
「ええ……?」
ルビィは特訓の言葉に青ざめるマリエルちゃんの足元まで転移すると、マリエルちゃんのふくらはぎに前脚をついて、お父様とオーウェンさんに向き直った。
「さあ、修練場とやらに案内してちょうだい」
「う、うむ。それでは移動するとしよう」

お父様の案内で、領地の館にある修練場に皆で向かった。
「ねえ、クリステアちゃん。あのステッキって実際のところどう思う?」
ティリエさんが私の隣にやってきた。
「おじさまたちから聞いてないんですか? あのステッキのこと」
「オーウェンから完成した時もだけど、ここに来る前にも延々と説明を聞かされてきたからどんなものかは知ってるけど、実際に使いものになるのかしらと思って」
「うーん……どうなんでしょう? 魔石の属性別に魔法が使えるみたいなんですけど、どの程度の威力なのかは見当もつかないです」
「そうよねぇ。あれだけの魔石を搭載して、果たして望み通りの結果になるのかは怪しいし」
「……? どういうことですか?」
ティリエさんがため息をつくのを見て疑問に思ったところでお父様たちのすぐ後ろを歩いていたオーウェンさんが歩くスピードを緩めて私たちに近づいた。
「おいティリエ。俺が作った魔導具だぞ? そんじょそこらのヘボ魔導具師と一緒にされちゃあ困るぜ?」
「別にアンタの腕を疑ってるわけじゃないわよ。ちゃんと魔法が展開するのは間違いないだろうけど、結果どうなるかわからないのがこわいのよ」
「は? 上手くいくならいいだろ?」
「アンタはもうちょっと加減というものを知るべきだと思うの」
「あの、ティリエさん。それってどういう……」

そうこうしているうちに、修練場に到着していたようで、お父様がマリエルちゃんにあらかじめ設置されていた的に向かって魔法を展開するよう説明していた。
「さあ、マリエル! 思いっきりやっちゃいなさぁい!」
マリエルちゃんの肩にしがみついたルビィの合図で、マリエルちゃんが杖を両手で銃を持つように握って、ギュッと目を閉じ「え、えいっ!」と気合を入れた。
その瞬間、杖の先に小さく、でも密度の濃い魔法陣が浮かび上がり、それがキュン!と纏まり、青い炎に変化して真っ直ぐ的へと向かった。
「へ……?」
炎が遠くの的へ一瞬で届いたかと思いきや、ドゴォン‼︎ と大きな破壊音を立て、的の後ろにあった土壁ごとごっそり無くなっていた。
「えええ……⁉︎」
「いやっふう! やったわね! マリエル!」
呆然としているマリエルちゃんの肩越しにルビィがはしゃいでいた。
隣に立っていたお父様や少し遠巻きに見ていたセイたちはドン引きしている……
いや、やったわね! じゃないですよ、ルビィさん⁉︎
オーバーキルってやつですよそれ‼︎

---------------------------
文庫版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」四巻発売中です!
文庫版だけの限定書き下ろしはまっしろもふもふな聖獣視点のお話です。
よろしくお願いします!

ポチッとエールもありがとうございます!
励みになりますー!


しおりを挟む
感想 3,547

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。