転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
316 / 423
連載

おや?

しおりを挟む
「うっま! なんだよこれめちゃくちゃ美味いじゃん!」
エイディー様にクリア魔法のコツを伝授し、生卵のビジュアルに怯みながらも恐る恐る食べたところ、このセリフである。
エイディー様、ちょろいわぁ……

まずひとくち食べるまでに時間がかかったけれど、セイが実食してみせたことが後押しになったみたい。
セイが慣れた様子で食べ始めるのを見て負けてられないって思ったらしい。

マリエルちゃんが「うふふ、美味しいですね、色々と……」などと頷きながら慈愛の微笑みでエイディー様とセイの二人を見つめていた。

そんな腐女子なマリエルちゃんを騎士科の皆様が「可憐だ……」「ギュードンに迷える我らを救いし聖女の微笑み……かわいい」などと呟いて見惚れているけれど、もはやマリエルちゃんのいつもの癖にツッコミ疲れた私は、知らないって幸せなことよね……と遠い目をしていた。

ヘクター様、つゆだくギョク入りのギュードンをせっせと頬張りながら「お前ら、店の迷惑になるから食べたらさっさと出ないか!」と騎士科の後輩たちを追い出そうと必死にならなくてもいいんですよ……
マリエルちゃんの関心を得たければ、男子生徒と親密にしてたらいいと思いますよ……言わないけど。

セイとエイディー様も食べ終わり、そろそろ午後の授業のために移動しようかと思ったところで奥の個室から人が出てきた。
「あっ……!」
靴の踵をカツカツと鳴らしながらこちらを歩いてきた集団は、今朝アリシア様に絡んできた上級生の女生徒たちだった。

あちらも私たちがいることに気づいたようて、ぴたりと歩みが止まった。
うわー、どうしよう。
テーブルに残された、すっかり空になった丼(に見立てたボウル)や卵の殻で私たちが何を食べたのかは一目瞭然だ。
「まあ、貴女方ったら、やっぱり悪食でしたのね?」なんて嫌味を言われかねない。

今朝のやりとりを思い出してうんざりしていると、リーダー格とおぼしき例の女生徒が口元を扇子で隠し、目を逸らしながらボソボソと話しはじめた。

「ラ、ラースを使ったお料理は、い、意外と食べられるものでしたわ、ねぇ皆様?」
……ん?

「え、ええ! さすが、殿下が召し上がられるだけありますわぁ」
……は?

「殿下が召し上がられるものに対して悪食なんてあり得ませんわよね? 私たちとんだ誤解をしてましたわ」
……ええ?

「あら、クリステア様、アリシア様。ごきげんよう。お先に失礼いたしますわ~ほはほ」
令嬢たちは口々にラース……ごはんをわざとらしく褒めそやしてからそそくさと立ち去った。

「……何あれ?」
私が呆然として見終ると、アリシア様が小さくクスクスと笑った。
「今朝、自分たちが悪食と揶揄した相手の料理を殿下が召し上がられていると聞いて、それほどまでにお二人が親しいことに驚き、恐れたのでしょう。このままでは自分が不敬で罰せられるだけでは終わらなかったかもしれませんし、あえて自らが身体を張ってラースに挑んだのは賢明かもしれませんわね」

「……といいますと?」
「彼女たちの愚行が殿下のお耳に入るということは、ノーマン様のお耳にも入るわけでしょう? いえ、殿下より早く情報を掴んで即座に対策に動かれるのでは?」
え、対策って何の⁉︎
怖くて詳細を聞きたくないのですが⁉︎

「実は私も、入学当初サロン等でクリステア様に失言した後日、憶測や思い込みで相手に八つ当たりのように発言するのは淑女の行いとしても感心しないと親から注意を受けましたの。しばらく大人しくしているようにと」
「え?」
「……当初はクリステア様がご両親を通じて我が家に抗議なさったのかと憤慨していたのですが、今思うにあれはノーマン様が動かれたのでしょうね」
私の「初耳なんだけど⁉︎」と言わんばかりの反応にアリシア様はくすりと笑った。

「……過保護な兄と父が失礼いたしました」
「とんでもない。私が愚かなだけでしたわ」
二人で顔を見合わせると、自然とクスクスと笑いあった。

「なんだ。アリーはまだクリステア嬢につっかかってたのか?」
「ち、違いますわよ! クリステア様とはお友達になりましたもの。エイディーったら誤解を招くような発言はやめてくださるかしら⁉︎ もう!」
「そっか。よかったな」
「……余計なお世話ですわ」
アリシア様が照れくさそうにツンとそっぽを向くと、エイディー様がちえっと唇を尖らせた。

「アリーって可愛いのに、時々こうしてツンツンして可愛くないよなぁ」
「は? はあ⁉︎ 貴方一体何を言い出しますの⁉︎」
「だって自分ちでもふもふした動物を可愛がってるときはめちゃくちゃ可愛いのに、こうして俺が何が言ったら怒るじゃん」
「それは! あ、貴方が一言も二言も余計なことを言うからですわよ! もう……もう!」
おや? おやおやぁ?

「クリステア様、マリエル様、午後の授業に遅れますわよ! 参りましょう!」
「え、あ、はい!」
顔を真っ赤にして怒りながら出口に向かうアリシア様を慌てて追いかけつつ、取り残されたエイディー様をチラッと見ると、セイに頭を小突かれていた。
うん、セイグッジョブ。

私はマリエルちゃんと顔を見合わせてこくりと頷き合ったのだった。

---------------------------
いつもコメントandエールポチッとありがとうございます!
毎回うへへ……と喜びながら執筆の励みにしております!


しおりを挟む
感想 3,547

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

婚約破棄? そもそも君は一体誰だ?

歩芽川ゆい
ファンタジー
「グラングスト公爵家のフェルメッツァ嬢、あなたとモルビド王子の婚約は、破棄されます!」  コンエネルジーア王国の、王城で主催のデビュタント前の令息・令嬢を集めた舞踏会。  プレデビュタント的な意味合いも持つこの舞踏会には、それぞれの両親も壁際に集まって、子供たちを見守りながら社交をしていた。そんな中で、いきなり会場のど真ん中で大きな女性の声が響き渡った。  思わず会場はシンと静まるし、生演奏を奏でていた弦楽隊も、演奏を続けていいものか迷って極小な音量での演奏になってしまった。  声の主をと見れば、ひとりの令嬢が、モルビド王子と呼ばれた令息と腕を組んで、令嬢にあるまじきことに、向かいの令嬢に指を突き付けて、口を大きく逆三角形に笑みを浮かべていた。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。