転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
319 / 423
連載

【番外編/モブ視点】とある子爵令嬢の悩める取り巻き生活3

しおりを挟む
トリクシー様の命令で、私を含め数名のご令嬢たちでサロン棟のロビーでクリステア様たちがやってくるのを見張ることになってしまったわけなのですけれど……

サロン棟を利用するでもなくロビーでたむろするのは、目当ての方からのお声掛けを待つだとか、憧れの方を遠目からチラリとでも見たいとか、そういう方たちばかり。
憧れの方の姿を見たいと思う気持ちはわからないでもないですけれども。
その姿はわかりやすく物欲しげに見えるから、淑女としてはかなりはしたない行動とも言えるのよ。

そんな恥ずかしいことをしなさいとトリクシー様に命令され、私たちは憂鬱な気持ちでサロン棟のロビーに向かったのだけれど……今日はいつもと雰囲気が違った。
ロビーが人でごった返していたのだ。

「これは……」
「どういうことかしら? 今日に限ってサロン棟の利用希望が殺到しているの?」
周囲の様子を伺ってみると、これだけ人がいるにも関わらず、フロントで受付をする利用者はほとんどいないようだ。

フロントにいる受付係であろう従僕のお仕着せを着たアルバイトの学生は、カウンターの近くにいる生徒に「ご予約されていらっしゃいましたら受付いたします」と声をかけているようだけれど、「あら、ええ、まあ……」だの「ああ、ちょっとここで用事があってね」だのと言葉を濁してフロントから離れていくので困惑を隠せない様子だ。

「これって、もしかして……?」
私は隣に並ぶ、私と同じく犠牲となったご令嬢と目配せした。
「ええ。ここにいらっしゃる大半の目的は私たちと同じでしょうね」
ようするに、ここにいる生徒の大半はクリステア様たちが目当てということだ。

時々聞こえる会話から「聖獣様が」とか「護衛は」とかいう言葉も聞こえるからクリステア様だけじゃなく契約聖獣のお二方のお姿も間近で拝めるのでは? という期待と好奇心でここにいる生徒もいるみたいね。
そうか、クリステア様の契約聖獣のお二方が護衛として付いてくる可能性もあったのね。

お披露目の際に遠目から見ただけでも見目麗しい方たちだったから、こんなに近くで見られるのなら、トリクシー様の命令で嫌々来たとはいえ役得だったかも。
そんな期待を胸にそわそわとクリステア様やアリシア様がいらっしゃるのを待っていたところ、出入り口付近がざわめき始めた。

「クリステア様がいらっしゃったわよ!」
隣にいる令嬢が小声でおっしゃるのを合図に彼女の視線の先を追うと、クリステア様がご友人のメイヤー男爵令嬢と共にロビーに入ってきたところだった。
クリステア様はロビーの人混みに驚いた様子で周囲を見渡していた。

かっ……可愛い!
なんて可愛らしい方なの⁉︎
チェリーブロンドのふんわりとした髪に少しだけつり目のサファイアを思わせるブルーの瞳。まだあどけなさを残した薔薇色の頬にすっと通った鼻筋……まるでお人形みたい。
隣のメイヤー男爵令嬢も小動物を思わせるような可愛らしさで並んでいてとても目立つわ。

二人とも可愛いドレスで着飾らせてみたいわ……あら? クリステア様は公爵令嬢にしては制服がシンプルだと思っていたけれど、よくよく見れば同色の質の良い糸で袖や襟などが飾り刺繍されているじゃないの。
光の加減でさりげなくとわかるようにしているだなんて、相当な自信がないとできないことだわ。

あっ、袖口から覗くレースも繊細でかなりのものだわ。
どれもこれも最高級のものだとわかるのに、パッと見は控えめで嫌味がない。
聖獣契約者でありながらそれをひけらかすことなく、レイモンド王太子殿下の婚約者候補とまで噂されていても一歩引いて控えめなその姿勢と重なるわね。

そういえば新年の集まりの際も、少しだけしかお姿が見えなかったけれど、その時もかなり装飾を抑えたドレスだった。
「公爵令嬢のくせに貧相ね」ってトリクシー様は笑っていたけれど、フランシーヌ様は「貴女はもう少し物事の本質を見抜く力を身につけたほうがよろしくてよ」と柔らかく微笑んでいらしたそうよ。だけど視線はクリステア様から離れなかった……という話をその場に居合わせたご令嬢から聞いた覚えがある。

それに、その後開かれたパーティーでは装飾を控えたドレスが流行り始めたと、この前お母様が言っていたわね。
おしゃれなことで評判のコネリオ伯爵夫人やマードリック侯爵夫人がほっそりとした体型を生かした優美なドレスを着ていらして話題を攫ったのですって。素敵よねぇ……

あ、いけないいけない。
クリステア様の観察を忘れるところだった。
……え? メイヤー男爵令嬢が胸に抱えているのは、ぬいぐるみではなく、もしかして……噂の聖獣様⁉︎
うわあ、これまたなんて可愛らしいの⁉︎
帽子や服を身につけているだなんて。
メイヤー男爵令嬢とお揃いの服なんて着せたらきっと可愛いに違いないわね。

そんなことを考えて心の中で盛り上がっていたら、クリステア様のところへ男子生徒の集団が近寄っていた。
あ、あれは……トリクシー様がそれとなくけしかけるように仕向けたガドリー家のご子息では?
その反対側からはボートヴィル家のご子息の一団が近寄っていたけれど、先を越されたようで歯噛みしていた。
あらまあ、トリクシー様の思惑通りになったってことね。

ガドリー家のご子息がにこやかにクリステア様に話しかけていたけれど、クリステア様は困ったように当たり障りなく受け答えしているようだった。
どう見ても脈はない様子なのに、ガドリー家のご子息はごり押しでお茶会の約束を取り付けようとしていたわ。なんて無粋な。

そこへ、サロン棟へやってきたアリシア様が割り込んできた。
……取り巻きもなしに単身で。
しばし二人でやり合っていたけれど、エリスフィード家に敵対していたはずのグルージア家の令嬢同士でお茶会をすることを言及されてアリシア様が少し怯んだところへ、クリステア様が反論してアリシア様とともに部屋に移動しようとした。
それでもしつこく食い下がろうとしたガドリー家のご子息を遮るようにクリステア様の後ろに控えていたメイドが間に入った。

え、今まで存在感がなかったから気にしていなかったけれど、よくよく見ればなんて派手なメイドなの⁉︎
ハッとするような美貌に燃えるような赤い髪。メイド服越しでもわかるメリハリのあるスタイル……今までなぜ気づかなかったのか不思議なくらいの美女だった。
男子生徒たちの視線は顔と上半身を行ったり来たりしながら、ごくり、と生唾を飲んでいる者もいて、女子生徒たちがその様子を見て眉を顰めていた。

「クリステア嬢! 大丈夫か⁉︎」
「テア、無事かい?」
微妙になった空気を吹き飛ばすようによく通る声が聞こえ、そちらを見ると、なんとその声の主たちはレイモンド王太子殿下とノーマン様だった。

まずいところを見つかってしまったとばかりに固まるガドリー家のご子息にお二人が詰め寄る。
それを見てそっとボートヴィル家のご子息やその取り巻きはそっと後ろに下がっていった。
彼らは出遅れて命拾いしたわね。

クリステア様たちはレイモンド王太子殿下たちの計らいでお茶会に向かった。
その後、サロン棟のロビーに意味なく居た私たちはその場で厳重注意を受け、本日のサロン棟への出入りや滞在を禁止されてしまった。

クリステア様たちが出てくるところを待たないようにするための配慮だろうけれど、本日中とはいえ、サロン棟の出入り禁止を申し渡されてしまってとんだ大恥をかいてしまったわ。
ガドリー家のご子息と彼が率いる取り巻きの一団はその後も男子寮に連れ戻されお小言をもらったそうだけれど、それは自業自得というものよね。

そんなわけで、私たちは特に成果らしい成果を持たず、ことの成り行きだけをトリクシー様に報告しに向かったのだけれど……

「ああ、さっき他のが報告しに来たわ。やはり、商人の子のほうが情報が早いわね。貴女方、少しのんびりしすぎているのではなくて?」
なんと、私たちの他にも偵察係を寄越していたらしい。
あっけに取られながらも、そんなことなら私たちを巻き込まないでほしいと叫びたいのをぐっと堪えた。

「それにしても……お茶会ではどんな話題が出ているのか気になるわね。聖獣契約者二人に、聖獣様もお二人いらっしゃったことも鑑みれば、聖獣契約についてということも……まずいわね、アリシア様がフランシーヌ様より優位に立たれてしまう……」

「え? 聖獣様がお二人?」
メイヤー男爵令嬢の聖獣様はいらしたけれど、クリステア様が契約した聖獣様はどこにも……
「……貴女、気づかなかったの? 報告ではもう一人の契約者、セイ・シキシィマの契約聖獣様が何故かメイドの姿をしていたそうだけど」
トリクシー様に呆れた目で見られたけれど、その言葉を聞いて納得した。

あの超絶美人、聖獣様だったんだわ!
どうりで……ああ、そんなことならもっとまじまじと見ておくんだった!
聖獣様をあんなに近くで拝めるなんて幸運、今後あるかもわからないのに!

内心歯噛みしていると、トリクシー様がため息を吐いて私たちを見た。
「まあいいわ。とりあえずアリシア様の取り巻きは引き剥がすことに成功したから、明日は皆でアリシア様にご忠告しにいくことにいたしましょうね」
「……え?」
「え? ではなくてよ。貴女たちがぼうっとしているから私が直接アリシア様にわからせるしかございませんけれど、まさか、か弱い私一人だけを向かわせるわけありませんわよね?」

……要はアリシア様の取り巻きを引き剥がした上で、上級生である私たちがぞろぞろと大勢で押しかけた挙句、あれこれ言ってやろうって話じゃないの⁉︎
いやー! 行きたくないぃ!

---------------------------
もう少し続きます!
モブ視点書くの楽しいです……!
クリステアに対する評価と本人との温度差がありすぎない⁇ とセルフツッコミしつつ次回最終回になるよう頑張ります!

そしていつもコメントandエールポチッとありがとうございます!
執筆の励みになっておりますですー!やっほい!
しおりを挟む
感想 3,547

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

婚約破棄? そもそも君は一体誰だ?

歩芽川ゆい
ファンタジー
「グラングスト公爵家のフェルメッツァ嬢、あなたとモルビド王子の婚約は、破棄されます!」  コンエネルジーア王国の、王城で主催のデビュタント前の令息・令嬢を集めた舞踏会。  プレデビュタント的な意味合いも持つこの舞踏会には、それぞれの両親も壁際に集まって、子供たちを見守りながら社交をしていた。そんな中で、いきなり会場のど真ん中で大きな女性の声が響き渡った。  思わず会場はシンと静まるし、生演奏を奏でていた弦楽隊も、演奏を続けていいものか迷って極小な音量での演奏になってしまった。  声の主をと見れば、ひとりの令嬢が、モルビド王子と呼ばれた令息と腕を組んで、令嬢にあるまじきことに、向かいの令嬢に指を突き付けて、口を大きく逆三角形に笑みを浮かべていた。

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。