犬好きの彼 犬嫌いの彼女

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
5 / 6

犬好きな彼の話3

しおりを挟む
 兄貴風を吹かせていたコロも、俺が中学生の頃にこの世を去った。

 当時サッカー部だった俺は、部活に行く前に必ずコロに声をかけて出かけていたんだけど、老いてすでに寝たきりになり、真っ黒だった毛並みが白っぽくなってきていたコロは、その時だけはパタパタと寝たまま尻尾を振って見送ってくれていた。
 帰宅した時も「ただいま、コロ」と声をかけて撫でれば、クゥン……と鼻を鳴らして尻尾をパタン、パタンと揺らしていた。まるで「おかえり」って言ってるみたいだった。

 夏休みのある日、部活で家を出る時も同じように声をかけて出かけようとしたら、突然起き上がろうとしたので、慌ててコロの元へ戻り、なでて落ちつかせた。
「ごめんな、コロ。部活から帰ったら側にいてやるからな」
 そう言って頭を撫でてやると、心細かったのか、キュウゥゥン……と鳴いた。
 それが、俺が生きていたコロの姿を見た最後になった。

 部活が終わって確認した母からのメールに、コロが死んだと書いてあるのを見て急いで帰ったけど、コロはもう尻尾を振って出迎えてはくれなかった。
 うそだろ?って、寝てるだけだろ?なあ?って、そう言ってコロを撫でたけど、ピクリとも動かない。その体はまだほんのりと温かいのに。
 泣いて、泣いて、泣きまくった。喪失感が半端なかった。ペットロスって言うけど、そんな簡単に言わないでくれ。ずっと一緒だったんだ。兄貴みたいだなんて思ったりはしないけど、コロは俺の家族だったんだ……。

 翌日、部活をサボった俺は、久しぶりにおじさんちに行った。
「……コロが、死んだ」
 おじさんが出てくるなりボソッと一言で報告をしたら、おじさんは「……そうか。さみしくなるなぁ」ってぽつりと呟いた。
 おじさんもモモがいなくなってからは犬を飼うことはなくなり、めっきり老け込んで小さくなったような気がした。まあ、おじさんもその頃にはもう爺さんと呼ばれてもおかしくない歳だったんだから仕方ないか。俺が大きくなったからってのもあるけど。
「まあ、茶でも飲んでけ」
 麦茶しかないけどな、と家の奥へと引っ込んでいったおじさんを見送り、俺はそのまま帰るわけにもいかず、昔のように庭へと回り込んだ。
 モモが生きていた頃は犬小屋があった庭に面した縁側でおじさんと並んで座り、冷たい麦茶を飲んだ。お互いしばらくは何も話さず庭を見つめていた。カラン、と氷がとけてグラスの中で音を立てて落ちると、おじさんはポツリと言った。
「モモの子を、コロを可愛がってくれて、ありがとなぁ。お前さんちの子になって、あいつは幸せモンだ」
 そう言って、背中をポンポンと叩くもんだから、俺はまた涙がこみ上げてきた。長いことわあわあと大声で泣いたから、おじさんには迷惑かけちまったなぁ。でも、ずっとそばにいてくれたし、安心してたくさん泣いたから、少しだけ気持ちが軽くなったのを覚えてる。

 ペット専用の火葬場で火葬にしてもらったコロは小さな、本当に小さな骨壷に納められた。
 マリの時はよく覚えてなかったし、モモの時はおじさんが俺に見せないようにしてくれていたこともあって、愛しい存在との永遠の別れというものに初めて直面したのだ。さっきまで撫でてやっていた毛並みもみんな焼けて、小さな骨壷に収まるほどの骨だけになっちまった。
「コロ、小さくなっちゃったねぇ……」
 帰りの車の中で母さんがポツリと呟きながら、膝に載せていた骨壷の入った箱をそっと撫でた。コロを撫でていたのと同じように愛おしそうに。

 我が家は借家だったからおじさんの申し出で、おじさんちの庭の隅、モモを埋葬した場所の隣にコロの骨壷を埋めさせてもらった。
「これでモモもコロもさみしくないだろ?お前もずっとコロのことでメソメソすんじゃねぇぞ?」だってさ。
 でもおじさんがそう言ってくれたから、そうか、コロがさみしくないなら良かったって、心からそう思えたんだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

離れて後悔するのは、あなたの方

翠月るるな
恋愛
順風満帆だったはずの凛子の人生。それがいつしか狂い始める──緩やかに、転がるように。 岡本財閥が経営する会社グループのひとつに、 医療に長けた会社があった。その中の遺伝子調査部門でコウノトリプロジェクトが始まる。 財閥の跡取り息子である岡本省吾は、いち早くそのプロジェクトを利用し、もっとも遺伝的に相性の良いとされた日和凛子を妻とした。 だが、その結婚は彼女にとって良い選択ではなかった。 結婚してから粗雑な扱いを受ける凛子。夫の省吾に見え隠れする女の気配……相手が分かっていながら、我慢する日々。 しかしそれは、一つの計画の為だった。 そう。彼女が残した最後の贈り物(プレゼント)、それを知った省吾の後悔とは──とあるプロジェクトに翻弄された人々のストーリー。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...