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19、ときめきじゃない
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「あの、」
ヴェルネ公爵令嬢が去ってからしばらくの間、一人でシャンパンを飲んでいると、突然後ろから声を掛けられた。
振り向くと、小綺麗な出で立ちの若い貴族男性が立っている。
「何か……?」
私が応えると、彼は上品な態度で話し始めた。
「ルリジオン子爵令嬢ですね、公子様がお呼びなのでお迎えに参りました」
あ、ミハイル様の用事が終わったのね。
「そうでしたか、ありがとうございます」
「ええ、公子様はあちらでお待ちなので行きましょう」
「あ、はい」
そう言って男性は私を促して歩き始めた。
わざわざ案内してくれなくても公爵邸のことはある程度わかるんだけど……。
笑顔でエスコートしてくれる目の前の親切な男性を断るのも申し訳ない気がしたので、そのまま案内をお願いすることにした。
丁寧な口調で品よく案内してくれる。
わりと、遠くまで歩いてきたけどミハイル様はどこにいらっしゃるんだろう?
気づけば中庭に出てきていた。
あら?ここはいつもミハイル様が剣の稽古をしている場所なんじゃ。
そう思った瞬間、急に男性がこちらを振り向いた。
何故かぞくっとした違和感が肌を走り、思わず後退りしてしまう。
何?なんだかおかしい。
次の瞬間、丁寧だったはずの貴族男性がニヤリと下品な笑いを浮かべて言い放った。
「まったく世間知らずもいいところだな」
「はい?」
「知らない男に声を掛けられてのこのこついてくるとは」
「だ、だって公子様がお呼びだとおっしゃったではないですか」
「そんな嘘に引っ掛かるなんてお馬鹿さんだなあ」
男性は薄笑いを浮かべながらこちらにゆっくりと近づいてくる。
辺りは暗く、警備の騎士さえ見当たらない。
なんてこと……。
ほんとに私は大馬鹿さんだわ。
まさか公爵邸でこんなことになるとは思わなかったもの……!
どうしよう、大声を出して助けを求めるか。
走って逃げるか。
でも、すぐに追いつかれてしまうかも。
いいや、ここは両方ね!!
「た、」
そう声を上げると同時に走り出そうとした私の手を、貴族男性はさっと掴み引き寄せた。
きゃあああ、捕まっちゃうよ!
そう思って身を固くした瞬間――――。
後ろから強い力で引っ張られ、貴族男性から身体が離された。
何事かと目を凝らして見ると、貴族男性が突き飛ばされて倒れ込んでいる。
ハッと横を見上げると、息を荒げて不安そうな光を瞳に宿しているミハイル様の顔があった。
私の無事を確認すると、ミハイル様は私の肩を抱く手に力を込めて庇うように引き寄せ、貴族男性を睨みつけた。
「よくも、アリシアに……!!」
これまで、ミハイル様の不機嫌な表情や呆れた表情など色々な顔を見てきたけれど、こんなに強い感情を露わにしているのは初めて見る。
それに、最近は笑っている穏やかなミハイル様しか見ていなかったから余計に感じる。
物凄く、怒ってる……!
その様子を見た貴族男性は傍目にもわかるほど震え上がり声を絞り出した。
「ち、違うんです……!」
「この男を連れて行け!」
男性が言い終わらないうちに、ミハイル様は後ろから来た公爵家の騎士たちにきっぱりと告げた。
貴族男性はあっという間に捕えられ、私はやっと現実に意識が戻ったような気持ちになった。
こ、怖かった…………。
よろけそうになりミハイル様にしがみついてしまう。
逞しい彼の胸に縋り付くように手を添えると、心の底から気持ちが落ち着いた。
そんな私を見つめながら、ミハイル様はまるで壊れ物を扱うかのように私の両肩をそっと抱き、正面からこちらの瞳を覗き込んだ。
「よかった……」
ミハイル様はつっかえていた息を吐くようにして呟く。
「ありがとう、ございました」
怖さと驚きと安堵の気持ちが入り混じり、ぎこちなくそう言った私にミハイル様は少し笑って教えてくれた。
「巻き髪のご令嬢が、会場からアリシアの姿が消えたと教えてくれたんだ」
ああ、デュバン伯爵令嬢だわ。
それを聞いてミハイル様は私を探しにきてくれたのね。
そうか、彼女のおかげで助かったんだ……!
思わず泣きそうな気持ちになると、そんな私の顔を見てミハイル様は切ない表情を浮かべた。
「もう失うのはごめんだ……」
ミハイル様はそう呟いて、その大きな胸の中に私を引き寄せぎゅっと抱きしめた。
ミハイル様の逞しい胸の温かさに包まれて気持ちが解れていく。
……?
もう失うのはごめんだ?
って、どういう意味だろう。
ふと疑問が湧いて顔を上げると、目に入ってきたのは悲痛な表情のミハイル様だった。
何でそんなに辛そうな顔をしているの?
「もう大丈夫ですよ」
そう言って、ミハイル様の背中をそっとさすった。
助けてもらったのは私の方なのに。
ミハイル様の方がまるで私に助けを求めるように縋り付いているみたいだ。
これほど大きくて逞しく強いミハイル様がこんなに怯えているなんて、不思議な気持ちになる。
彼の背中を包むようにさすっていると、さっきまでの恐怖はいつの間にかどこかへ飛んでしまった。
あれ?
ふと、我に返って冷静に考えてみたら――わ、私、これってミハイル様と抱き合ってるよね……?!
ミハイル様の気持ちを少しでも楽にしたくて背中をさすってみたけど、見ようによってはただ抱きついてるだけと言えなくもない。
気づいてしまえば、ミハイル様の厚い胸板も逞しい腕もその全てが私を包んでいることに幸せを感じ――――じゃなくて!!
うわああ!なんて大胆なことしちゃってるのよ、私!
――――――まさかこの様子を遠くからマリーが見ていたなんてこと、今の私には知る由もなく――――
ただひたすら恥ずかしくて、居ても立っても居られないような気持ちになってくる。
意識すればするほど、背中に回した自分の手をどうしたらいいのかわからない。
「アリシア大丈夫か? 顔が赤いようだが、体に異変はないか?」
「あ、これは、その」
言いながら、そっと手を下ろしてモジモジしてしまう。
「す、すみません。ちょっと気が動転していたので気安くミハイル様のお身体に触れてしまって……」
ミハイル様は少し沈黙した後、美しい低音を響かせる。
「君は少し鈍感だと言われたことはないか? 昔から思っていたのだが……」
ん?私が鈍感?
最後の方の言葉は小さくてよく聞こえなかったけれど、そうだ、そう言われても仕方ないかも。
「うーん、そうですね、よく『ドジ』とか『そそっかしい』とは言われます」
だからこうして今日もミハイル様に迷惑をかけてしまったんだ。
そんな自分に少し落ち込む。
「……」
ミハイル様は少し黙ってから、私の様子を見て徐にぷっと吹き出した。
え?
私の唖然とする表情を見てもなお笑っている。
「君は本当に変わっているよ。それだけは、ずっと変わらないね」
そう言って、心底楽しそうに笑うミハイル様を見ていたら、なんだか私も可笑しくなってきた。
そうして二人でしばらくの間笑い合ってから、ミハイル様は私の着替えの手筈を整えて部屋まで送ってくれた。
寝支度を済ませてベッドに座ると、どっと疲れが押し寄せてくる。
今日は何だか物凄い1日だったなあ。
さらに、これまでのことをぼーっと思い返していた。
ミハイル様が私の火傷を気遣って手を取ってくれたことを思い出す。
手にそっと労りのキスをしてくれたこと、両親に会いたいと本音をこぼしたら優しく笑って頭を撫でてくれたこと。
そして今日、必死な様子で私を助けてくれて壊れ物を扱うかのように大切に抱きしめてくれたこと。
心配そうなミハイル様の甘くて切ない瞳。
全てを思い出すと、私の胸はキュッと締め付けられるように疼いた。
これは、ときめきなんかじゃない。
そんな言葉では片付けられないような、何かだ。
その夜は、ベッドに入っても一晩中この胸の中にある気持ちをうまく言葉にすることが出来なくて、眠ることができなかった。
ヴェルネ公爵令嬢が去ってからしばらくの間、一人でシャンパンを飲んでいると、突然後ろから声を掛けられた。
振り向くと、小綺麗な出で立ちの若い貴族男性が立っている。
「何か……?」
私が応えると、彼は上品な態度で話し始めた。
「ルリジオン子爵令嬢ですね、公子様がお呼びなのでお迎えに参りました」
あ、ミハイル様の用事が終わったのね。
「そうでしたか、ありがとうございます」
「ええ、公子様はあちらでお待ちなので行きましょう」
「あ、はい」
そう言って男性は私を促して歩き始めた。
わざわざ案内してくれなくても公爵邸のことはある程度わかるんだけど……。
笑顔でエスコートしてくれる目の前の親切な男性を断るのも申し訳ない気がしたので、そのまま案内をお願いすることにした。
丁寧な口調で品よく案内してくれる。
わりと、遠くまで歩いてきたけどミハイル様はどこにいらっしゃるんだろう?
気づけば中庭に出てきていた。
あら?ここはいつもミハイル様が剣の稽古をしている場所なんじゃ。
そう思った瞬間、急に男性がこちらを振り向いた。
何故かぞくっとした違和感が肌を走り、思わず後退りしてしまう。
何?なんだかおかしい。
次の瞬間、丁寧だったはずの貴族男性がニヤリと下品な笑いを浮かべて言い放った。
「まったく世間知らずもいいところだな」
「はい?」
「知らない男に声を掛けられてのこのこついてくるとは」
「だ、だって公子様がお呼びだとおっしゃったではないですか」
「そんな嘘に引っ掛かるなんてお馬鹿さんだなあ」
男性は薄笑いを浮かべながらこちらにゆっくりと近づいてくる。
辺りは暗く、警備の騎士さえ見当たらない。
なんてこと……。
ほんとに私は大馬鹿さんだわ。
まさか公爵邸でこんなことになるとは思わなかったもの……!
どうしよう、大声を出して助けを求めるか。
走って逃げるか。
でも、すぐに追いつかれてしまうかも。
いいや、ここは両方ね!!
「た、」
そう声を上げると同時に走り出そうとした私の手を、貴族男性はさっと掴み引き寄せた。
きゃあああ、捕まっちゃうよ!
そう思って身を固くした瞬間――――。
後ろから強い力で引っ張られ、貴族男性から身体が離された。
何事かと目を凝らして見ると、貴族男性が突き飛ばされて倒れ込んでいる。
ハッと横を見上げると、息を荒げて不安そうな光を瞳に宿しているミハイル様の顔があった。
私の無事を確認すると、ミハイル様は私の肩を抱く手に力を込めて庇うように引き寄せ、貴族男性を睨みつけた。
「よくも、アリシアに……!!」
これまで、ミハイル様の不機嫌な表情や呆れた表情など色々な顔を見てきたけれど、こんなに強い感情を露わにしているのは初めて見る。
それに、最近は笑っている穏やかなミハイル様しか見ていなかったから余計に感じる。
物凄く、怒ってる……!
その様子を見た貴族男性は傍目にもわかるほど震え上がり声を絞り出した。
「ち、違うんです……!」
「この男を連れて行け!」
男性が言い終わらないうちに、ミハイル様は後ろから来た公爵家の騎士たちにきっぱりと告げた。
貴族男性はあっという間に捕えられ、私はやっと現実に意識が戻ったような気持ちになった。
こ、怖かった…………。
よろけそうになりミハイル様にしがみついてしまう。
逞しい彼の胸に縋り付くように手を添えると、心の底から気持ちが落ち着いた。
そんな私を見つめながら、ミハイル様はまるで壊れ物を扱うかのように私の両肩をそっと抱き、正面からこちらの瞳を覗き込んだ。
「よかった……」
ミハイル様はつっかえていた息を吐くようにして呟く。
「ありがとう、ございました」
怖さと驚きと安堵の気持ちが入り混じり、ぎこちなくそう言った私にミハイル様は少し笑って教えてくれた。
「巻き髪のご令嬢が、会場からアリシアの姿が消えたと教えてくれたんだ」
ああ、デュバン伯爵令嬢だわ。
それを聞いてミハイル様は私を探しにきてくれたのね。
そうか、彼女のおかげで助かったんだ……!
思わず泣きそうな気持ちになると、そんな私の顔を見てミハイル様は切ない表情を浮かべた。
「もう失うのはごめんだ……」
ミハイル様はそう呟いて、その大きな胸の中に私を引き寄せぎゅっと抱きしめた。
ミハイル様の逞しい胸の温かさに包まれて気持ちが解れていく。
……?
もう失うのはごめんだ?
って、どういう意味だろう。
ふと疑問が湧いて顔を上げると、目に入ってきたのは悲痛な表情のミハイル様だった。
何でそんなに辛そうな顔をしているの?
「もう大丈夫ですよ」
そう言って、ミハイル様の背中をそっとさすった。
助けてもらったのは私の方なのに。
ミハイル様の方がまるで私に助けを求めるように縋り付いているみたいだ。
これほど大きくて逞しく強いミハイル様がこんなに怯えているなんて、不思議な気持ちになる。
彼の背中を包むようにさすっていると、さっきまでの恐怖はいつの間にかどこかへ飛んでしまった。
あれ?
ふと、我に返って冷静に考えてみたら――わ、私、これってミハイル様と抱き合ってるよね……?!
ミハイル様の気持ちを少しでも楽にしたくて背中をさすってみたけど、見ようによってはただ抱きついてるだけと言えなくもない。
気づいてしまえば、ミハイル様の厚い胸板も逞しい腕もその全てが私を包んでいることに幸せを感じ――――じゃなくて!!
うわああ!なんて大胆なことしちゃってるのよ、私!
――――――まさかこの様子を遠くからマリーが見ていたなんてこと、今の私には知る由もなく――――
ただひたすら恥ずかしくて、居ても立っても居られないような気持ちになってくる。
意識すればするほど、背中に回した自分の手をどうしたらいいのかわからない。
「アリシア大丈夫か? 顔が赤いようだが、体に異変はないか?」
「あ、これは、その」
言いながら、そっと手を下ろしてモジモジしてしまう。
「す、すみません。ちょっと気が動転していたので気安くミハイル様のお身体に触れてしまって……」
ミハイル様は少し沈黙した後、美しい低音を響かせる。
「君は少し鈍感だと言われたことはないか? 昔から思っていたのだが……」
ん?私が鈍感?
最後の方の言葉は小さくてよく聞こえなかったけれど、そうだ、そう言われても仕方ないかも。
「うーん、そうですね、よく『ドジ』とか『そそっかしい』とは言われます」
だからこうして今日もミハイル様に迷惑をかけてしまったんだ。
そんな自分に少し落ち込む。
「……」
ミハイル様は少し黙ってから、私の様子を見て徐にぷっと吹き出した。
え?
私の唖然とする表情を見てもなお笑っている。
「君は本当に変わっているよ。それだけは、ずっと変わらないね」
そう言って、心底楽しそうに笑うミハイル様を見ていたら、なんだか私も可笑しくなってきた。
そうして二人でしばらくの間笑い合ってから、ミハイル様は私の着替えの手筈を整えて部屋まで送ってくれた。
寝支度を済ませてベッドに座ると、どっと疲れが押し寄せてくる。
今日は何だか物凄い1日だったなあ。
さらに、これまでのことをぼーっと思い返していた。
ミハイル様が私の火傷を気遣って手を取ってくれたことを思い出す。
手にそっと労りのキスをしてくれたこと、両親に会いたいと本音をこぼしたら優しく笑って頭を撫でてくれたこと。
そして今日、必死な様子で私を助けてくれて壊れ物を扱うかのように大切に抱きしめてくれたこと。
心配そうなミハイル様の甘くて切ない瞳。
全てを思い出すと、私の胸はキュッと締め付けられるように疼いた。
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※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
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