5 / 15
5.知らない人と知らない記憶と、知らない人
しおりを挟む
「離れたくない、やっぱり出かけるの止める」と駄々を捏ね、最終的にエルザさんにケツを蹴っ飛ばされて、項垂れながらようやく出発したリヒャルトさんを見送った昨晩。予定通りなら二日間、夫婦のお宅にお泊まりだ。
とはいえ、切った木を売るだけだろうに、何にそんなに時間がかかるんだろう。隣町の大きな材木屋さんに卸していると聞いているけど、地図で見る限りそんなに距離はないように思う。
「ねぇ、レオンさん。隣の町って遠いの?」
「いや? 馬で精々二時間ってとこじゃないかな」
「なら、リヒャルトさんは? 二日もかけて何してるんだろう」
「うーん、そうだねえ」
私の問いにレオンさんは曖昧に笑ってランチの仕込みを始める。リズム良くまな板を叩く包丁の音に、それ以上の追究が躊躇われた。
「そんな顔しないで、さくちゃん」
「む……」
どんな顔だったのだろう。店先の花に水をやっていたエルザさんが困ったような笑顔で軒先を潜った。普段、片開きの扉があるその場所は、今はぽっかりと口を開けている。
そういえば、行きがけに扉の領収書をエルザさんに持たされてたな、リヒャルトさん。
「あいつは確かに隠し事をしているけど、それはさくちゃんを思ってのことだと思うわ」
「二人は、何を隠してるのか知ってるの?」
「知ってるわ」
「それは、私のためなんだって二人もそう思うの?」
そんなつもりはなかったのに責めるような口調になってしまった。薄々感じてはいたけど、やっぱり除け者にされている事実が痛かった。
胸の亀裂が、チクチクする。
「半分はさくちゃんのためだと俺たちも思うよ。でも、もう半分はあいつのエゴだとも思う」
「エゴ……」
「あいつ、さくちゃんが思うよりずっとずっと、あなたが大切なのね」
そう言われても、結局知りたいことは伏せられたままで疎外感は拭えない。チクチクする胸をぎゅっと抑えつけて、とりあえず小さく頷いた。
こういう時、もっと上手く言葉が出てきたらいいのに。二人とも私に気を使っている。その気持ちに、どう答えたら正解なのか分からなくてもどかしい。
気分転換にお茶でも淹れようか、とレオンさんが包丁を置いたのと同じ時、店の外が騒がしくなった。
なんだなんだ、とざわつく雑踏が気になって外を覗こうとすると、エルザさんに片手で制される。
遠くから聞こえてきた馬の駆ける音、嘶き──恐らく一頭ではない──が、店の前で止まった。
「エルザさん、なに」
何が、と言い終わる前に後ろから強い力で腕を引かれてたたらを踏む。レオンさんだった。
こちらが口を開くより先に頭からエプロンが覆い被さって、前方にいる二人の背中が見えなくなった。
コンクリートを踏む硬い足音が一人分、ゆっくりと店に入ってくる。庇う背中と視界を邪魔するエプロンで姿が見えない。
「随分と大胆な改装だな。扉を外したのか」
若い男の声がひとつ。落ち着いた声音は、少しの呆れを乗せてそう言った。
「ンなわけないでしょ。あのバカが蹴散らしてったの」
「……なぜ? 飲みすぎにしたってやりすぎだろう」
エルザさんのイラついた返答に、男は意外そうな声を発した。
あのバカ、という単語が誰を指すのかこの訪問者は理解している。つまり、リヒャルトさんやエルザさんたちの知り合いだ。
気になってエプロンを避けてちらりとレオンさんの背中からその姿を拝見しようとすると、目が合った。
それはもう、ばちーん、と効果音が聞こえたんじゃないかってくらい、しっかりと目と目がナイス・トゥ・ミート・ユー。
「…………」
「…………」
そしてお互いに絶句。
そちらが私を見て言葉を失うのはわかる。なぜならこの目。不気味って言うかその距離からならもしや白目をむいているように見えてませんか?
びっくりさせてすみません、という気持ちと共に、私もびっくりしている。なんだこのイケメンは。
深海を覗いたかのような暗く青い瞳とは対照的に、光を浴びて輝く金髪。眉間の縦じわが多く、気難しそうな印象を受けるけどそれを差し引いても整った目鼻立ち、スラッと伸びた長い手足。まるで物語に出てくる騎士のようでつい口を開けて仔細眺めてしまう。
王子様ではなく騎士なのは、その真っ白な隊服。あれは、たまに王都から来る見回りの騎士が来ているのと同じものだ。
こちらは更に、その目と同じく深い青色のマントに襟や裾に金の刺繍を施して随分と上品な仕上がりになっている。
つまりこれは、あれだろうか?
普段は交番のお巡りさんが見回りに来ているけど今日は本庁から偉い人が視察に来た、とかそんな感じ?
「彼が隠したがっていたものはその祝福の子か」
いつまでも惚けていると、先程と打って変わって肌を刺すような底冷えのする声音で言葉が向けられた。
エルザさんと交わしていたようなものではなく、明らかにその声には不審が含まれた。
「あんたに関係ないわ」
「私たち近衛師団がこの町に入れないようわざわざ結界まで張っておいて、関係ないだと?」
「リヒャルトはどこだ? 彼は君と会うために昨日出かけて行ったはずだ」
「こちらも煙に巻かれてばかりではない。術をかけて少々迷子になってもらっている」
「無事なんだろうな」
「私ごとき、彼をどうこうできるはずもないだろう」
話がまるで分からない。
私の理解の及ぶところでない場所で、おそらく私に関わりのある事を話してる。三人の会話に私も入った方が良い、そう思って頭から掛けられたエプロンを外そうとしたが、それはレオンさんに後ろ手で止められた。
「レオンさん、私」
「大丈夫だから、リヒャルトが来るまでここに居て」
「邪魔立てするなよ、レオン。無用な罰を与えられたくはないだろう」
「ヴァルター、黙りなさい。あのバカを通さずあんたに話すことなんかひとつも無いわ」
ひりつく空気にやっとの事で唾液を飲み込む。
結界を張るとか近衛師団とか、分からない単語が飛び交ってはいるけどその真ん中はきっと私だ。
何か言わなきゃと思うのに言葉が出てこない。無意味に開くだけの口はただ余計に酸素を吸い込むだけで何にもならない。
「言え、子供。お前はリヒャルト・ウェーバーのなんなのだ。何のためにこんな大掛かりな結界まで張ってお前を隠す」
「あ、……う」
「やめろヴァルターこの子が怖がってるだろ!」
「そちらこそこれ以上邪魔をするなら本当に拘束するぞ。店ができなくなってもいいのか」
だめ、それはだめ。
どうしよう、絶対に私のせいなのに何が何だかわからない。
胸の亀裂がチリチリと熱を持ち始めてそっちに集中力が削がれる。
私に伸びてくる手をエルザさんが叩き伏せる。男が舌打ちをして佩刀した細長い剣の柄に手をかける。
だめ、どうしよう。私なにもできない。どうして、いつも、なにも、できない。
──何もできないならせめて視界に入るな。
無能。出来損ない。
誰も彼も。本当はお前のことが重荷で仕方ない。
何のためにお前はここにいるんだ。──
「さくちゃん!!」
「さくちゃん、息をして、さくちゃん!」
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!
頭なのか心なのか分からない。或いは両方から、雪崩のように負の感情が溢れ出して溺れてしまう。蓋をしなきゃ。これが私の記憶なら、思い出したくない。
本当の私は、そういう人間だったのかな。無能、と疎まれるだけの人間。空っぽのつまらない人間。だとしたら、知られたくない。いま、私を受け入れてくれてる人たちに嫌われたくない。
もし嫌われたら。ここでも見放されたら。
「さくちゃん、息をして!」
死んじゃいたい。
胸の亀裂がそれに応えるように鳴いた。
それを喜ぶかのように、私の仄暗い感情をまるでご馳走のように捕食して広がっていく。
胸の痛みで四肢の感覚が無くなっていく。霞む視界の端に映った真っ黒いものが自分の指だと気づくまでたっぷり十秒は要した。
身体中が錆びた鉄のようにギシギシ軋んで今にも粉々に割れそうだ。
音は聞こえない、視界も白む。
死ぬなら、最後にリヒャルトさんの鬱陶しくも太陽みたいな笑顔が見たかった。記憶が無いせいで走馬灯も数秒で済んでしまう虚しさよ。
あ、ほんとにもうダメだ。意識飛ぶ。
そう思った瞬間────
「こちらを見ろ」
はっきりと声が聞こえた。次いで、目の前を白い光がチラチラ横切った。
「そうだ、その光を追え。────良し、見えているな」
途端に、目と耳が回復した。
目隠しが解けて光が差し込んだ視界のように、気圧の変化から開放されて音が回復した耳管のように。
それは唐突に治まった。
「へ」
「動くな。呪いの侵食はまだ収まっていない」
頭上から降る声に視線を誘導されると、手足はまだ真っ黒なままだ。「ひっ」と声を上げると、「徐々に収まるから動くな」と冷静な声が言う。
「ていうかだれ……」
辛うじて動く首を巡らせると、エルザさんが倒れた私を抱きかかえて泣いていた。きれいなお姉さんの膝枕、できれば元気な時にお願いしたかった。
「なぜ貴方がここに」
緊張を滲ませる声の方向に目をやると、さっきの騎士──ヴァルターという男──が更に眉間にシワを増やしている。その目に驚きを乗せて見やる人物は、背中しか捉えられないがおそらく私を助けてくれた人だ。
「頼まれて来てみればこのザマか。高くつくぞ、リヒャルト」
ヴァルターの問いには答える気は無いようで、独り言のようにそう呟くと、その人は漆黒のマントを大きく翻した。
どういう広がり方をしたのか、ヴァルターもエルザさんもレオンさんもマントの黒で塗りつぶされて見えなくなる。咄嗟に両目を瞑って身構えたが特に何も起こる気配はなく、そろりと目を開けると、
「……ここどこ?」
辺り一面、真っ白な石に取り囲まれた小さな部屋だった。
とはいえ、切った木を売るだけだろうに、何にそんなに時間がかかるんだろう。隣町の大きな材木屋さんに卸していると聞いているけど、地図で見る限りそんなに距離はないように思う。
「ねぇ、レオンさん。隣の町って遠いの?」
「いや? 馬で精々二時間ってとこじゃないかな」
「なら、リヒャルトさんは? 二日もかけて何してるんだろう」
「うーん、そうだねえ」
私の問いにレオンさんは曖昧に笑ってランチの仕込みを始める。リズム良くまな板を叩く包丁の音に、それ以上の追究が躊躇われた。
「そんな顔しないで、さくちゃん」
「む……」
どんな顔だったのだろう。店先の花に水をやっていたエルザさんが困ったような笑顔で軒先を潜った。普段、片開きの扉があるその場所は、今はぽっかりと口を開けている。
そういえば、行きがけに扉の領収書をエルザさんに持たされてたな、リヒャルトさん。
「あいつは確かに隠し事をしているけど、それはさくちゃんを思ってのことだと思うわ」
「二人は、何を隠してるのか知ってるの?」
「知ってるわ」
「それは、私のためなんだって二人もそう思うの?」
そんなつもりはなかったのに責めるような口調になってしまった。薄々感じてはいたけど、やっぱり除け者にされている事実が痛かった。
胸の亀裂が、チクチクする。
「半分はさくちゃんのためだと俺たちも思うよ。でも、もう半分はあいつのエゴだとも思う」
「エゴ……」
「あいつ、さくちゃんが思うよりずっとずっと、あなたが大切なのね」
そう言われても、結局知りたいことは伏せられたままで疎外感は拭えない。チクチクする胸をぎゅっと抑えつけて、とりあえず小さく頷いた。
こういう時、もっと上手く言葉が出てきたらいいのに。二人とも私に気を使っている。その気持ちに、どう答えたら正解なのか分からなくてもどかしい。
気分転換にお茶でも淹れようか、とレオンさんが包丁を置いたのと同じ時、店の外が騒がしくなった。
なんだなんだ、とざわつく雑踏が気になって外を覗こうとすると、エルザさんに片手で制される。
遠くから聞こえてきた馬の駆ける音、嘶き──恐らく一頭ではない──が、店の前で止まった。
「エルザさん、なに」
何が、と言い終わる前に後ろから強い力で腕を引かれてたたらを踏む。レオンさんだった。
こちらが口を開くより先に頭からエプロンが覆い被さって、前方にいる二人の背中が見えなくなった。
コンクリートを踏む硬い足音が一人分、ゆっくりと店に入ってくる。庇う背中と視界を邪魔するエプロンで姿が見えない。
「随分と大胆な改装だな。扉を外したのか」
若い男の声がひとつ。落ち着いた声音は、少しの呆れを乗せてそう言った。
「ンなわけないでしょ。あのバカが蹴散らしてったの」
「……なぜ? 飲みすぎにしたってやりすぎだろう」
エルザさんのイラついた返答に、男は意外そうな声を発した。
あのバカ、という単語が誰を指すのかこの訪問者は理解している。つまり、リヒャルトさんやエルザさんたちの知り合いだ。
気になってエプロンを避けてちらりとレオンさんの背中からその姿を拝見しようとすると、目が合った。
それはもう、ばちーん、と効果音が聞こえたんじゃないかってくらい、しっかりと目と目がナイス・トゥ・ミート・ユー。
「…………」
「…………」
そしてお互いに絶句。
そちらが私を見て言葉を失うのはわかる。なぜならこの目。不気味って言うかその距離からならもしや白目をむいているように見えてませんか?
びっくりさせてすみません、という気持ちと共に、私もびっくりしている。なんだこのイケメンは。
深海を覗いたかのような暗く青い瞳とは対照的に、光を浴びて輝く金髪。眉間の縦じわが多く、気難しそうな印象を受けるけどそれを差し引いても整った目鼻立ち、スラッと伸びた長い手足。まるで物語に出てくる騎士のようでつい口を開けて仔細眺めてしまう。
王子様ではなく騎士なのは、その真っ白な隊服。あれは、たまに王都から来る見回りの騎士が来ているのと同じものだ。
こちらは更に、その目と同じく深い青色のマントに襟や裾に金の刺繍を施して随分と上品な仕上がりになっている。
つまりこれは、あれだろうか?
普段は交番のお巡りさんが見回りに来ているけど今日は本庁から偉い人が視察に来た、とかそんな感じ?
「彼が隠したがっていたものはその祝福の子か」
いつまでも惚けていると、先程と打って変わって肌を刺すような底冷えのする声音で言葉が向けられた。
エルザさんと交わしていたようなものではなく、明らかにその声には不審が含まれた。
「あんたに関係ないわ」
「私たち近衛師団がこの町に入れないようわざわざ結界まで張っておいて、関係ないだと?」
「リヒャルトはどこだ? 彼は君と会うために昨日出かけて行ったはずだ」
「こちらも煙に巻かれてばかりではない。術をかけて少々迷子になってもらっている」
「無事なんだろうな」
「私ごとき、彼をどうこうできるはずもないだろう」
話がまるで分からない。
私の理解の及ぶところでない場所で、おそらく私に関わりのある事を話してる。三人の会話に私も入った方が良い、そう思って頭から掛けられたエプロンを外そうとしたが、それはレオンさんに後ろ手で止められた。
「レオンさん、私」
「大丈夫だから、リヒャルトが来るまでここに居て」
「邪魔立てするなよ、レオン。無用な罰を与えられたくはないだろう」
「ヴァルター、黙りなさい。あのバカを通さずあんたに話すことなんかひとつも無いわ」
ひりつく空気にやっとの事で唾液を飲み込む。
結界を張るとか近衛師団とか、分からない単語が飛び交ってはいるけどその真ん中はきっと私だ。
何か言わなきゃと思うのに言葉が出てこない。無意味に開くだけの口はただ余計に酸素を吸い込むだけで何にもならない。
「言え、子供。お前はリヒャルト・ウェーバーのなんなのだ。何のためにこんな大掛かりな結界まで張ってお前を隠す」
「あ、……う」
「やめろヴァルターこの子が怖がってるだろ!」
「そちらこそこれ以上邪魔をするなら本当に拘束するぞ。店ができなくなってもいいのか」
だめ、それはだめ。
どうしよう、絶対に私のせいなのに何が何だかわからない。
胸の亀裂がチリチリと熱を持ち始めてそっちに集中力が削がれる。
私に伸びてくる手をエルザさんが叩き伏せる。男が舌打ちをして佩刀した細長い剣の柄に手をかける。
だめ、どうしよう。私なにもできない。どうして、いつも、なにも、できない。
──何もできないならせめて視界に入るな。
無能。出来損ない。
誰も彼も。本当はお前のことが重荷で仕方ない。
何のためにお前はここにいるんだ。──
「さくちゃん!!」
「さくちゃん、息をして、さくちゃん!」
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!
頭なのか心なのか分からない。或いは両方から、雪崩のように負の感情が溢れ出して溺れてしまう。蓋をしなきゃ。これが私の記憶なら、思い出したくない。
本当の私は、そういう人間だったのかな。無能、と疎まれるだけの人間。空っぽのつまらない人間。だとしたら、知られたくない。いま、私を受け入れてくれてる人たちに嫌われたくない。
もし嫌われたら。ここでも見放されたら。
「さくちゃん、息をして!」
死んじゃいたい。
胸の亀裂がそれに応えるように鳴いた。
それを喜ぶかのように、私の仄暗い感情をまるでご馳走のように捕食して広がっていく。
胸の痛みで四肢の感覚が無くなっていく。霞む視界の端に映った真っ黒いものが自分の指だと気づくまでたっぷり十秒は要した。
身体中が錆びた鉄のようにギシギシ軋んで今にも粉々に割れそうだ。
音は聞こえない、視界も白む。
死ぬなら、最後にリヒャルトさんの鬱陶しくも太陽みたいな笑顔が見たかった。記憶が無いせいで走馬灯も数秒で済んでしまう虚しさよ。
あ、ほんとにもうダメだ。意識飛ぶ。
そう思った瞬間────
「こちらを見ろ」
はっきりと声が聞こえた。次いで、目の前を白い光がチラチラ横切った。
「そうだ、その光を追え。────良し、見えているな」
途端に、目と耳が回復した。
目隠しが解けて光が差し込んだ視界のように、気圧の変化から開放されて音が回復した耳管のように。
それは唐突に治まった。
「へ」
「動くな。呪いの侵食はまだ収まっていない」
頭上から降る声に視線を誘導されると、手足はまだ真っ黒なままだ。「ひっ」と声を上げると、「徐々に収まるから動くな」と冷静な声が言う。
「ていうかだれ……」
辛うじて動く首を巡らせると、エルザさんが倒れた私を抱きかかえて泣いていた。きれいなお姉さんの膝枕、できれば元気な時にお願いしたかった。
「なぜ貴方がここに」
緊張を滲ませる声の方向に目をやると、さっきの騎士──ヴァルターという男──が更に眉間にシワを増やしている。その目に驚きを乗せて見やる人物は、背中しか捉えられないがおそらく私を助けてくれた人だ。
「頼まれて来てみればこのザマか。高くつくぞ、リヒャルト」
ヴァルターの問いには答える気は無いようで、独り言のようにそう呟くと、その人は漆黒のマントを大きく翻した。
どういう広がり方をしたのか、ヴァルターもエルザさんもレオンさんもマントの黒で塗りつぶされて見えなくなる。咄嗟に両目を瞑って身構えたが特に何も起こる気配はなく、そろりと目を開けると、
「……ここどこ?」
辺り一面、真っ白な石に取り囲まれた小さな部屋だった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。
そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。
毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。
もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。
気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。
果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは?
意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。
とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?
きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。
山賊な騎士団長は子にゃんこを溺愛する
紅子
恋愛
この世界には魔女がいる。魔女は、この世界の監視者だ。私も魔女のひとり。まだ“見習い”がつくけど。私は見習いから正式な魔女になるための修行を厭い、師匠に子にゃんこに変えれた。放り出された森で出会ったのは山賊の騎士団長。ついていった先には兄弟子がいい笑顔で待っていた。子にゃんこな私と山賊団長の織り成すほっこりできる日常・・・・とは無縁な。どう頑張ってもコメディだ。面倒事しかないじゃない!だから、人は嫌いよ~!!!
完結済み。
毎週金曜日更新予定 00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない
紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。
完結済み。全19話。
毎日00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる