異世界で呪いと一緒に超絶過保護な激重お父さんを贈与(ギフト)されました

マクラノ

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14.お出かけは突然に

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「リヒャルトさん、ちゃんと支度は済ませたの?」

 リビングでのんびり酒を呷るリヒャルトさんは、だいじょぶ~と気の抜けた返事をして、コップの中身を空にする。明日の予定なんて頭にないような呑気な顔で手酌する。
 向かいのアウル先生は豆を静かに摘んでいて、関心があるのかないのか表情からは何も読み取れない。

「もう。明日は久しぶりに王都まで行くんでしょ? 早く寝なよ」
「ヘーキヘーキ。魔術でパッと行ってパッと帰ってくるって」
「ホント便利だよね、転移魔術って……」

 実際ここから王都までは馬車で十日以上を要するらしい。普通なら何泊もしながらやっとの事で行き来するけれど、この人たちは例外だった。一瞬で目的地へと到着する魔術を行使する、稀有な才能の持ち主だそう。

「ヴァルター達も、今頃はもう王都に着いてる頃かな」
「アレらは魔術で強化されている。もう少し早く到着しているだろうな」

 近衛師団でも精鋭らしい。そのトップはと言うと、いま目の前で呑んだくれてへらへらしているこの男だ。コップの中の泡が無くなりきる前に、またしても空にして次を注ぐ。

「そんなに呑んで平気なの? 明日は王様に会うのに」
「構わねぇよ。ただ顔を見せるだけで、正式に謁見するわけじゃないし」
「二日酔いで会ったって構うものかよ」
「そんな気軽い感じなの……?」

 王様、随分と軽んじられているけれど。先生に至っては忌々しげに眉根に深いシワを刻んでいる。けれど彫刻のように隙のない美形はこの程度では崩れもしない。顔にかかる真っ白い髪を耳にかけて、また豆をつまむ。

 口の中で小さくなった飴玉を奥歯で噛み砕きながら先生の隣に座ると、向かいのリヒャルトさんがムッとする。
 唇を尖らせてバンバンと自分の隣を叩く。三十五歳とは思えないあざとさで、こちらもまた目が眩むような健康的な血色のいい美形を遺憾なく発揮している。
 顔の良い人間に囲まれて自分の凡庸さが浮き彫りにされるのはもう慣れた。そもそも遺伝子どころか世界が違うのだから仕方ない。この世界は総じて顔面偏差値が高い。

「さくちゃん、最近アウルとばっかりつるんでさ」
「主治医だもん」
「バカバカしい」

 口々に切り捨てられて、ますますリヒャルトさんは唇を尖らせる。
 王都ではモテまくっていたらしいが、こういう仕草のひとつひとつが女性に持て囃されていたのかと思うと甘やかしすぎだ、と思う。もういい歳なのに、これが許されるのはひとえに顔が良いからだと自覚して欲しい。私は流されないぞ。

「さくちゃん、こっち来て。抱っこさせて?」
「やだ」
「クソ気持ち悪い」
「お前マジで帰れよもう」
「オレの勝手だ」

 三者三様に溜息を吐いて会話が途切れた。
 その間にふと考える。先生と初めての邂逅からおよそ十日。以降、二日に一回の頻度で訪ねてきては診察したり、何をするでもなく晩酌をして雑談をしたりとよく顔を合わせるようになった。
 診察に関しては、リヒャルトさん越しではなく直に私の話を聞きたいらしい。発作時の状況を説明したり記憶がどれくらい戻っているのか、どんな状況で思い出すのか、たくさんの話をした。それがどれほど役に立つかは分からないけれど、先生は概ね満足そうだった。
 私としても寝ている間に勝手に診察されるよりはずっとマシで、今の状況に満足と安堵している。

 そんなことを考えながら横を盗み見ると、当の本人は黙々とつまみを口に運んでいる。
 お前食いすぎだろ、とリヒャルトさんに手を弾かれた先生は、不満そうに泡も炭酸も消えてしまったお酒を含んだ。

「空けるのは一日だけだが、さくやのこと頼んだぞアウル」
「オレに子守りを期待するな」
「もうないとは思うが、この間みたいな事がないとは限らないからな。お前に見ていてもらいたい」

 リヒャルトさんが家を空ける時はいつも食堂夫婦の所にご厄介になるのだけれど、最近は特に心配性に拍車が掛かっている。
 どこへ行くにも着いてくるし、常に体調の変化を気にするし、怒ると拗ねる。とことん面倒くさい男になってしまった。

「そんなに心配なら連れて行けば良いだろうが」
「ダメだ」

 ぴしゃり、と跳ね除ける強い言葉に私の方がムッとする。

「別に良いですし。先生と仲良くお留守番してますし」
「必要以上に近づくなよ、アウル」
「オレに絡むな」
「一泊でも二泊でもして、あっちで待ってる女の人達と遊んで来てどうぞ」
「へえ、やきもちか? 来いよ、抱っこしてやる」
「バカじゃないの」
「バカじゃないのか」

 ニヤつく顔がほんとに腹立たしい。手近にあったクッションを養父目掛けて投げつけると見事にヒットした。当てられた本人は何がおかしいのか、クッションを抱えて大笑いしてる。
 完全に厄介酔っ払い。

「もう寝る。おやすみなさい」
「一緒に寝るか?」
「絶対やだ」
「下劣」

 二人の言い合いを背中で聞きながら、酔っ払いに別れを告げて部屋で待つ愛おしい枕とベッドの元へ戻ることにした。





 翌朝、リビングに下りるとリヒャルトさんはもう朝食を済ませたようでキッチンでコーヒーを入れていた。
 昨日あれだけ呑んでいたのに、どうやらノーダメージのようだ。さっぱりとした顔をして、おはようと笑いかけてきた。

「朝食はキッチンに置いてあるから、ちゃんと食べるんだぞ」
「え、リヒャルトさんその格好で行くの?」
「なんか変か?」

 問題でも? と言わんばかりに首を傾げているが、問題ばかりでは?
 ダメージジーンズに白のTシャツとかいう、ちょっとそこまでスタイル。髪も最低限櫛を入れたようだが、それだけだ。顔の良い人間はこういったシンプルな格好の場合、更にその造形の良さが際立つが、だからといってそれが王様との謁見でも許されるのだろうか。

「もうちょっとこう、フォーマルな感じで行ったら……?」
「呼び出したのはあっちなんだから、そんな義理ない」

 不満を隠そうともしない顔でそう宣うリヒャルトさん。コーヒーを飲み干すと私の頭を撫でて立ち上がる。
 窓から差し込む光を浴びて、灰色の髪が銀色に煌めく。唯一首元で揺れる黒い石のネックレスが、甘い顔立ちを引き立たせるアクセントになっている。この顔に会いたくて待ち望んでいる人たちがいるんだな、と思うとなんだか面白くなかった。

「ん? どした?」

 甘く微笑みながら、ほっぺたをふにふに摘まれる。なんでもない、と言って手を払うと、今度はおでこにキスが降ってくる。以前からもあったけれど、リヒャルトさんはよくこうしておでこやほっぺたにキスをしたがる。
 ヴァルターとの一件以来、輪をかけてとことん乳幼児扱いだ。

「行ってくる。何かあったらアウルを呼ぶんだぞ」
「分かってます。行ってらっしゃい」
「………………」
「…………なに?」

 こちらをじーっと見て動かない。これも最近よくある。聞いても、うんとかううん、とか曖昧な返事で意図が全く分からない。いい加減しびれを切らして、なんなの、と問い詰めるとリヒャルトさんは少しだけ形のいい眉を下げた。

「さくちゃんからは、してくれないなあと思って」
「え」
「待ってるんだけど」

 す、と唇の形を長い指が掠めていく。
 その瞬間、意図することを理解して急に顔が赤くなる。
 仲直りした朝に、私から一度だけリヒャルトさんにしたことがある。あれを、ずっと待っていたというのだ。

「~~っ、し、しないし!」
「そう?」
「そう!!」

 からかうように笑うリヒャルトさんの胸板をバシバシ叩くけれど、ちっともダメージを与えられない。この人のこの笑顔を、どれくらいの人が知っているんだろう。

「んじゃ、行ってくる。日付が変わる頃には戻るから
寝てろよ」
「行ってらっしゃい!!」
「はははは」

 快活に笑いながらリヒャルトさんは手のひらを地面に向けた。すると彼を中心に不可思議な文字や紋様が連なって、完璧な円を描きながら光を伴ってゆらめき始める。
 眩しい、そう思って目を細めた瞬間にはもうその姿は無くなっていた。音もなく跡形もなく、最初からそこに居なかったかのように。

「もう……」

 あんなんで大丈夫かな。
 キッチンへ向かい、作ってもらった朝ご飯を食べながら気を取り直して今日一日の予定を反芻する。
 洗濯、家庭菜園、買い物、積み本の消化、と予定を組み立てて久しぶりにゆったりと一人で食事を楽しむ。
 静かなブレイクファーストを満喫してから、さて家事へ取り掛かろうと洗濯物を選り分けていると背後に気配を感じた。ここ数日でもう慣れたものだ。

「リヒャルトは行ったか」
「どしたの、先生。呼んでないよ」
「俺の都合だ」

 聞き返す暇なく、何か小さなものを投げられて思わず落とさないようにキャッチする。
 手のひらに収まったそれを見ると、小粒な石が挟まったペンダントだ。綺麗なマリンブルーで、光にかざすと色が消えるほど透ける。だがよく目を凝らすと、中には模様が刻まれていた。どこかで見たことが、と思ったら先ほどリヒャルトさんが魔術を行使した時に見たものとよく似ているんだ。

「なに、これ」
「それは周りの人間から完全に見えなくなる魔導具だ。ちゃんと首から掛けろ」
「え、え? なに?」

 戸惑っていると先生が有無を言わさずネックレスを首に通してしまう。

「何するの、ねえ先生!?」
「知りたくないのか」

 この言葉で、先生が私にさせようとしている事が分かった。

「王都へ行くの……?」
「お前はもっと外の世界を見るべきだ」

 オレンジ色の瞳が、まっすぐ私を射抜く。

「怖いか?」
「……行きます、連れて行って!」
「ヘマをするなよ」

 先生の言葉と同時に、世界が一変した。


 抜けるような高い天井に豪奢なシャンデリアがいくつも吊るされ、壁には上品に輝く金の装飾が施されている。
 私が立つのは、真っ赤な絨毯の上。その先を恐る恐る目で追うと、金細工を施した煌めく玉座が威風堂々と鎮座していた。
 ダメだ、一般家庭で育った生粋の一般人の私にこれ以上の表現は不可能だ、なにがなんだか分からないが、とにかく気が遠くなるほど広く輝く空間。

「せ、先生……? 先生……!」
「騒ぐな。見えていないだけで声は消せない」
「先生、どこ……」
「適当な頃合を見計らって回収する。人や物にぶつかるなよ」

 それを最後に先生の声は聞こえなくなった。
 いやいやいや、ちょっと先生! いきなりすぎます!
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