君のためのやさしいラヴ・ソング

音央とお

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水曜日の夕方、駅前で。

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――たった一人の君のために、僕は今日もここで愛の歌をうたう。



ストリートミュージシャンを始めたのは高校2年の時だった。
軽音部の部室から飛び出して、外の世界を見てみたいと思ったからだ。
ギター1本と歌で何が出来るのか知りたかった。

時々、足を止めてくれる人はいた。
前にも見たよって言ってくれる人だっていた。
それでも固定になるような人はいなかった。


それから暫く経ち、大学受験のために一度は辞めたけど、暇を持てあました日に何となくギターを抱えて、いつもの場所に行ってみた。

地方都市の、人が疎らな駅ビルの前。
周辺の店舗を見て回ると、あの頃よりもシャッターが閉まった場所が増えた気がする。

「……あー、この感じ懐かしいな」

ラッシュの時間ではない、この弛さがいいなって思った。行き交う人たちもどこか気持ちに余裕がある。
別に誰かに聞かせたい訳でもない。

地面に胡座をかいてギターを鳴らす。
暫くの間、音に合わせてハミングで歌っていると、1人の女子高生が足を止めた。

この近くの高校の制服を着ていた。
どこにでもいるような普通の子。でも、顔はタヌキ系で結構かわいい。

こちらを気にしているのに、警戒心が透けて見える。ずっと同じ場所で動けていない。
手招きしてみると、安心したように近寄ってきた。

「こんにちは」

同じ目線になるように座った彼女は、名前を“ミク”と名乗った。
漢字は分からない。

「お兄さんの名前は何ですか?」
「ハルト」
「なんかそんな感じの見た目だ」

「なんだよそれ」って笑ってしまった。
ミクちゃんが言うには、見た目が陽キャで歌が上手い人なのだと。
それはちょっと偏見すぎるぞ?

話してみると話しやすいし、反応が素直だった。
足を止めた理由は彼氏の好きな曲だったから、と。

「彼氏も高校生?」
「うん、クラスは違うけど同じ歳。なんでミクがソラくんと??って言われるくらいにはカッコイイ」
「それはミクちゃんに失礼では……?」

少し話しただけでも感じの良さは伝わってきて、彼氏がいると言われても「そうだろうな」って思える。
ソラくんはそんなにモテ男なんだろうか。
知り合いに当てはめてみようとしたけど、目の前のこの子に合いそうなタイプがいなかった。

「さっきの歌、もう1回歌ってくれますか?」
「いいよ、ミクちゃんのために歌うね」

唯一のお客さんである彼女が、これからも幸せでありますようにと願いを込めて歌った。



*   *   *



2週間毎に、水曜日の夕方に駅ビルに向かうようになった。
毎回ではないけど、ミクちゃんが固定で来てくれるようになったからだ。
名前と学校とソラくんという彼氏がいることしか知らない。むこうだって僕の名前と大学名しか知らない。

練習してきた曲やリクエストに応えられる曲をやって、些細な世間話をするだけの関係。
ミクちゃんの口からはソラくんの話題が多く出てきて、彼氏を思い出しているその顔は眩しかった。

「ハルトさんって彼女がいるの?」

それを聞かれたのは、長く歌い継がれているバラードを歌い終わった時だった。
突然の質問に面食らう。咳払いをしてから口を開く。

「いない」
「じゃあ、好きな人は?」
「いないよ。なんで?」

ミクちゃんは首を傾げながら、うーんっと唸った。

「何となく、愛しくてたまらないって表情に見えたからかな。思いが伝わってきた。気のせいなのかな? ハルトさんがそれだけ思いを込められるってすごいことだと思う!」
「身に覚えがないな」
「うわ、その顔が大人の余裕って感じだ!」
「いや、どんな顔だよ」

何気ない会話のはずなのに、胸の奥が疼いた。
その違和感に首を傾げるが、理由も分からないものなので、すぐに忘れてしまった。



*   *   *



いつの間にか季節は移り変わり。
頬に触れる空気が冷たいものになってきた。

「ハルトさん!」

遠くから走ってくる、その姿もすっかり見慣れてしまった。
その光景を見るために足を運んでいるとも言っていい。ルーティンの1つになっている気がする。

「良かった、今日はいた。前回は会えなかった」
「……あー、急用で帰った日だ。ごめんね、来てくれたのに」

ミクの中でも、ルーティンになっていたのだと知る。
次からは連絡しようか?なんて言えるわけがない。お互いに連絡先など知らないのだから。
何度も顔を合わせていても、僕たちはこの場所だけの関係だった。お互いの生活には関与しない存在。

だから、ミクも彼氏の愚痴を口にできる。

「最近ちょっと、ソラくんが冷めてきてるのかなって思う。趣味もあって、友達も多くて、私に割く時間が少ないのは知ってたけど。付き合い始めた時はもっと連絡くれたのに」

話を聞く限りだと、ミクの方が気持ちが大きいようだった。
自然消滅目前の気配を感じ取りながら、何とか繋がっている今に縋り付いている、そんな感じ。

「受験生なんだろ。仕方がないよ」
「……うん」
「ミクちゃんは進学はどうするの?」
「私は地元の大学のつもり」

私は・・
彼氏は離れるような口ぶりだ。そのことが余計にミクを不安にさせているのかも知れない。

「一曲歌うよ、君が元気になれるやつ」

僕にできるのは、これくらいだから。



*   *   *



ギターをかき鳴らす音が自然と大きくなる。
こんなに荒い演奏じゃ駄目だ。
ふと目が合った通行人が、気まずそうに去っていく。

「ソラくんに呼ばれた! ごめん、今日は帰るね」なんて眩しい笑顔でミクは帰った。

同じ学校なのに、会えるのは久しぶりらしい。それは心待ちにしていたことだろうね。

「でも……、この時間は僕のものだろう?」

ぽつりと呟く。
口から出てきた言葉に驚きはない。もう自覚はしていたから。

ピックを持つ手が止まらない。演奏なんてぐちゃぐちゃだ。視線が歪む。

君の幻だけが、目の前に座っている。
……僕は君のために変わらず歌っているのに。

「次も、来てくれるよね?」

――弦が弾け飛ぶ。
頷いてくれる相手は、もちろんいない。



*   *   *



本格的に冬が訪れた。
街にはクリスマスソングが流れ、きらびやかに輝いている。
マフラーで半分顔が隠れているミクは、白い息を吐きながら告げた。

「ここに来るのは一旦終わりにする。受験に向けたラストスパートだって先生も親もうるさくて。ハルトさんの歌が勇気だったのにな」
「そっか、寂しいな。……終わったら報告に来てくれるよね?」
「うん! 待っていてくれる?」
「待ってる、ずっと」

優しく微笑めば、ミクは油断する。
自分の幸せを願ってくれる人なのだと。

「じゃあ、クリスマスのバラードを歌おうかな」

幸せいっぱいの歌。
――この先もずっと一緒にいられることを疑わない歌。

それを聴いたミクの表情が曇るのを見逃さなかった。
出会った時から反応が本当に素直だ。

今日は足を止めてくれる人がいた。でも、そんなものは無視だ。
僕が歌うのはミクに向けて。

ミクは何を願っている?
僕は今どんな顔をしている? 愛しい人を思えているかな?

視線を一点に向け、永遠の愛を誓うサビを歌った。


――早く別れてしまえ

僕の願いは、静かに歌に溶けていく。


(終)



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