愛だけは、裏切らなかった

音央とお

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愛って暴力だと思う。
通り魔的に殴られて、その痛みが忘れられなくなるから。


「若葉さん、俺と付き合って」

昼休みの教室で、まるでご飯に誘うかのように軽やかに告白された。隣のクラスの人だから名前は分からない。

友達を二人連れてきていて「こいつがダメなら俺なんてどう?」「俺も立候補!」などと茶々を入れている。

「ごめんなさい。彼氏がいるので」

そう断れば、声を上げて笑われた。

「みんなにそう言って断ってるけど、本当は居ないって有名だよ?」

「それじゃあ、騙されないって!」

「……」そんなに信用されていないのか。

教室の前方でお弁当を食べているグループを見る。ちょっと派手めのギャルたちがこちらを見て笑っていた。

入学して間もない頃は付き合いがあって、彼氏の写真をみせろだとか紹介しろと言われたけど断った。

グループで浮いていた私がハブられるようになってから、「若葉の言う彼氏って虚言だから~」なんて広めてくれた元凶だ。
今も私のことで嘲笑しているのは丸わかりだった。

「騙すとかじゃない」と言って、面倒事から逃げるように教室から飛び出した。

なんでこの学校の男女って、すぐ告白するの?
告白の価値が軽すぎる。

偏差値が低いこともあって素行の悪い人間が多い。そして、チャラい。

廊下を歩くだけで「若葉ちゃ~ん、今度遊ぼうよ」なんて名前を知らない男子が声をかけてくる。

階段の踊り場に設置された姿見に、私の全身が映り込む。
ワンエイスだという身体は日本の血が濃いものの、少し目立つ見た目らしい。
綺麗な顔だと褒められ、この学校では「可愛いからとりあえず付き合おうぜ」というノリで告白される。
もう日課になっていると言える。

ちょっと見た目が良くても、中身は根暗なので、うっとうしくて仕方がない。ノリに付き合うような性格でもない。

家から近くて、校則もゆるい学校だからってこんなところに来るんじゃなかった。

ため息をつきながら階段を降りていると、なんだか騒がしい。

「こんにちは!」という男子たちの声が聞こえてくる。
すぐに正体は分かった。

この学校で一番目立つ、三年生のグループが階段を上って来ていたのだ。後輩である男子たちは道を開け、挨拶をしていたという訳だ。
私も周囲に習って端に移動する。

……いつ見てもガラが悪い。

男女6~7人のグループで、真ん中を歩いているのがカリスマ扱いされている・円宮えんぐうらいだ。
涼しい目元の美形だけど、野性味のある雰囲気があって、その圧倒的なオーラが人気らしい。……クラスの男子が話していた。

こういう怖いグループとは目を合わせないほうがいい。
俯きながら通り過ぎるのを待つ。

「あっ、一年の若葉ちゃんじゃん。今日も可愛いねー」と、道端先輩が声をかけてきた。
私を見つけるといつもそうだけど、どうして馴れ馴れしいのかは理解しかねる。

「……こんにちは」

「俺と付き合う気になってくれた?」

「いいえ。……彼氏がいるので」

「その嘘、バレてるんだからねー」

また信用されていない。
下手に楯突くと、この人よりも周りの人たちが怖い。
妙に人気があるのだ、このグループは。

「今度遊ぼうね」

「……」

黙り込んでいたら、道端先輩は飽きた様子で階段を上っていく。良かった、何も起きなくて。
そう思って胸をなで下ろしていると、鋭い視線を感じた。

視線をたどると、円宮 雷がこちらを見ていた。
思わず息を呑む。何も言われていないのに言葉を奪われる感覚だった。

「雷? どうした?」と、道端先輩が声をかける。

「別に」と言って、あの人はいなくなった。

そこに残された「怖かった」「かっこいい」なんていう周りの声が耳障りだった。



*   *   *



胸をまさぐる感覚に目を覚ました。
お尻のあたりに押し付けられた硬いものに、苛立ちが募った。

「……寝てたのに」と不満をもらせば、熱い吐息が首筋にかかった。
休日の朝だからなのか、こんな時間から手を出すつもりらしい。

「やめて」

「……なんで」

ハスキーな声でぽつり。
別に怒っているわけではなく、確認されているのが分かる。

「そんな気分じゃない」

「……分かった」

そっと離れていく身体に、いい子だなと笑う。
私が嫌がれば無理強いをしない。昔からそう。

「キスもダメ?」

なんて甘えるように言われるから、「いいよ」と答える。
ねじ込まれる舌に応えれば、動きは激しくなった。
キスだけなのに随分と官能的だ。

うっとりとした目元に、こちらまで火をつけられそうになるからストップをかけた。

「……もうダメだよ、雷」

唇に指を当てれば「はい」と、雷は弱々しく返事をした。




*   *   *




隣の部屋だから、うちと全く同じ間取りのキッチン。
そこに立ち、朝食の準備をする。

「スクランブルエッグでいい?」

「うん」

ちょこまかと周りを動く雷が邪魔だ。

「座って待っていて」

「嫌だ。傍にいたい」

デカい図体の癖に、本当に甘えん坊だ。
学校の……雷を慕っている後輩たちが見たら卒倒するんじゃないだろうか。

「ヨウは俺のなのに、なんであんなにモテるの?」

「……あなたに言われたくないんだけど」

若葉陽向ひなたの名前から、自分だけは特別な名前で呼びたいからと「ヨウ」と言うこの男は、澄ました顔をして嫉妬深い。

「私よりも雷のほうがモテモテでしょう。男にも女にも」

「……興味ない。ヨウ以外」

本気でそう思っていそうなんだよなぁ。
幼馴染でもなければ、関わるはずもない人間なのに。

「できたよ」

トーストとサラダとスクランブルエッグだけ。
雷のお母さんがストックしている牛乳ももらうことにして温めた。

「いただきます」と見た目は不良なのに、丁寧な動作で雷は食べ始める。
この隠しきれない部分は嫌いじゃなかった。

「……やっぱりむかつく」なんて雷が不満を漏らしたのは、食事を終えてからだった。

彼の腕は抱きついて離れようとしない。寄りかかるのは楽だからそのままにしておく。

「何が?」

「ヨウが簡単に消費されること」

「……消費?」

首を傾げる。
何のことなのかさっぱり。

「あんなに簡単に“好きだ”なんて言われていい存在じゃない。……この世で唯一なのに」

うーん。また始まった。
謎の雷の持論。
どうも雷は私を神聖化しすぎているのだ。

手を取られたかと思えば、雷の唇に寄せられた。
軽く触れられる。

「この指も、この唇も、その視線も。全部、俺のものなのに」

「……視線は違うと思うよ」

そこは独り占め出来ないものだ。
独占欲が暴力的すぎる。

「面倒くさいから、雷が恋人だなんて言いたくないけど。なんでみんな信じてくれないのかな」

別に見せなくたっていいじゃないの。

「信じたくないんだよ。ヨウが誰かのものだなんて」

疑わずにそう言うから困る。
みんなにとって特別な存在は、雷のほうなのに。



*   *   *



月曜日の朝は、全校集会がある。
体育館に集められた私達だけど、生徒の半数はまだ学校に来ていない。この学校のあるあるだ。

「若葉ちゃん、本当に可愛いね」と見知らぬ先輩に絡まれた。
それをクラスのあの女子グループがからかってくる。

「若葉って本当に男に好かれるよね」

「顔だけなのにね」

面倒くさいなぁ。
私は勉強をしに学校に来ているのであって、他人のストレスをぶつけられるためにいるんじゃないの。

そんなに楽しいの、それ?

真面目に朝会に参加している生徒がいないから、話しかけやすいみたいだ。
毎回毎回、逃げ場がなくて本当に面倒。

横目で三年生の列を見る。
雷は欠伸を噛み殺し、気だるげに立っていた。

「雷先輩、かっこいい」「眠そうなのがエロい」なんて女子たちの注目の的だ。
ただ突っ立っているだけなのに。

雷のとなりにいた道端先輩が小さく手を振った。
周りから「きゃあ!」という黄色い悲鳴が上がる。あの人もモテるんだよなぁ。

「また若葉だよ」と誰かの嫌悪の声を耳が拾ってしまう。

勝手に手を振られただけなのに、嫉妬を生んでしまう。
早く校長の話が終わらないかな……と思った。

澄ました顔で、雷は一瞬だけこちらに目を向けていた。



*   *   *



仮病を使って保健室で眠っていると、カーテンの向こうから雷が声をかけてきた。

「ヨウ」

「……先生は?」

「席を外しているって看板が掛かってた。誰もいないよ」

カーテンの中に入ってきた雷は、ベッドの縁に腰掛けた。大きな手が私の髪を撫でる。

「真面目そうな顔して、不良だよね。ヨウは」

仮病を使って保健室。
意外とこれが信用されるのだ。
先生たちは心配そうにして許してくれるから助かる。

「雷だってサボってるくせに」

「……会いたくなったから」

放課後になればいくらでも会えるというのに。
細められた雷の目に欲を感じた。これはまずい。

「保健室だから何もしないで」

「……うん」

「傍にいるのは、いい?」なんて確認してくるから「いいよ」と甘やかす。
今だけは、学校の中で息が楽だなと思った。


うとうとしていると、勢いよくドアが開く音がした。
先生とクラスの女子達の声。

「だからー、本当にお腹が痛いんだって」

「元気じゃない、あなたたち。揃いも揃って腹痛なんてあるわけ無いでしょう。教室に帰りなさい」

カーテン越しに聞こえるやり取り。
雷は私の傍で息を潜めている。

……見つからないよね?

「若葉は寝てるんでしょう? なんであの子は優遇されるの。あのビッチが」

「こら! そんな言葉を使わないの!」

養護教諭である先生が注意をするけれど、こちらに聞こえるように悪口のオンパレードが始まった。

「やめなさい! 若葉さんは本当に体調が悪いの。ほら、出ていって」

いいえ、嘘ですよ。
なんて言えるはずもないなぁ……なんて呑気に考えていたら、雷は見えない向こうを睨んでいた。

「駄目だよ」と小声で囁く。
ここで出ていかれたら、大騒ぎになる。

「……分かってる。ヨウが許可してないから」

「……」

その返答は、まるで許可すれば暴れまわるみたいで、凶暴性にゾッとした。

しばらくすれば女子たちは出ていき、先生に「若葉さん、大丈夫?」と声を掛けられた。
雷と目を合わせながら「大丈夫です」とカーテンの向こうに私は返事をした。

「やっぱり不良だ」なんて楽しそうに雷が笑っていた。



*   *   *



どうやらまた、変な噂を流されたらしい。
教えてくれる人がいなくても内容はすぐに分かった。

廊下を歩いていると声を掛けられた。
気づいた時には周りには四人の男の壁。
……囲まれてしまった。

「若葉ちゃんってさ、みんなの誘いを断っていたのって……一人じゃなくて複数で楽しみたいからって本当?」

「可愛い顔して、エグいね」

「この顔だから成り立つんだろ~」

気持ち悪い。
あからさまな欲を向けられている。
軽口なのに、やっていることは決して軽くない。

……そこまで嫌われるようなこと、私から何かした?

遠巻きに眺めている女子たちに目を向ける。
表情を見れば、この状況を仕組んでいることは明らかだった。

一人の男子の腕が肩に回された。
そして、耳打ちをされる。

「先生に見つからないところ、行こうか?」

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

「やめて! 行くわけないでしょう!」と声を張り上げる。
しかし、男子の力になんて勝てるはずもない。逃げようとしても腕は離れない。

「なにやってるんだよ!」と誰かが叫んだ。

「げっ、道端。……それに円宮かよ」

道端先輩の声だったようだ。
その後ろには雷が立っていた。

「まずくね?」

「いや、大丈夫だって」

と男達が囁やき合う。
私を拘束する男子が笑いながら、道端先輩に告げた。

「お前たちもどう? 若葉ちゃんって人数多いほうがいいみたいだからさ」

「何を言ってるんだ?」と道端先輩は困惑している。
男子が何かを喋っているけど、私の耳はその内容を拾わなかった。

ただ、雷の目だけを見ていた。
彼の口角がだんだんと上がったかと思えば、犬歯が見えた。

そして、「……分かった」と言った。

「え?」と男達が聞き返した瞬間、雷の足が私を掴んでいた男の顔面に飛び込んできた。

「雷!?」と道端先輩が叫ぶ。
そんな声など耳に入っていない雷は、笑いながら男達を殴っていく。
その様子は、ずっとお預けを食らっていた狂犬が暴れ回るようだった。

……私は、止めようとは思わなかった。

流石にやりすぎで、道端先輩が止めに入るけれど歯止めが聞いていない。
このままだと敵味方関係なく殴りかかりそうだった。
遠巻きに見ていた女子たちは青ざめている。……バカな子たち。

「雷」

私が呼べば、男子に馬乗りになっていた雷の腕が止まった。不満げな顔に、思わず苦笑してしまう。
まだやる気なのか。

「おいで」

その声に弾かれたようにやって来る。
道端先輩も、女子たちも、床に倒れた男子達も、雷の様子に目を見開いていた。

「いい子だね」と頭を撫でてあげる。

「うん。もっと褒めて」

「いいよ。ご褒美あげる。だから、帰ろっか」

この場の状況も、この後の授業のことも、全て放り出す。
身勝手なのは世界なんだから、今更どうでもいいでしょう?

「俺はヨウがいればいい」

「そんなの、当たり前でしょう?」

愛って暴力だと思う。
……愛だけが私を痛みから救ってくれるから。



*   *   *



――その後。

二人並んで親にこっぴどく怒られ、雷は一週間の停学になった。私もその間は学校に行くのを辞めた。

今ごろ噂で持ちきりかも。

「本当に良かったの?」

不安そうに雷が見つめてくる。
デカい図体の癖に、今だけは小さく見えた。
彼の笑顔をしばらく見ていない。

「いいよ」

そう言ってもまだ納得は出来ていないようで、仕方のない子だなぁ。

「もう学校で誰も私に話しかけてこないかも。……雷だけだよ」

「俺だけ……」

「だから、これで良かったよね?」

そこでやっと、雷は嬉しそうに笑った。



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