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愛って暴力だと思う。
通り魔的に殴られて、その痛みが忘れられなくなるから。
「若葉さん、俺と付き合って」
昼休みの教室で、まるでご飯に誘うかのように軽やかに告白された。隣のクラスの人だから名前は分からない。
友達を二人連れてきていて「こいつがダメなら俺なんてどう?」「俺も立候補!」などと茶々を入れている。
「ごめんなさい。彼氏がいるので」
そう断れば、声を上げて笑われた。
「みんなにそう言って断ってるけど、本当は居ないって有名だよ?」
「それじゃあ、騙されないって!」
「……」そんなに信用されていないのか。
教室の前方でお弁当を食べているグループを見る。ちょっと派手めのギャルたちがこちらを見て笑っていた。
入学して間もない頃は付き合いがあって、彼氏の写真をみせろだとか紹介しろと言われたけど断った。
グループで浮いていた私がハブられるようになってから、「若葉の言う彼氏って虚言だから~」なんて広めてくれた元凶だ。
今も私のことで嘲笑しているのは丸わかりだった。
「騙すとかじゃない」と言って、面倒事から逃げるように教室から飛び出した。
なんでこの学校の男女って、すぐ告白するの?
告白の価値が軽すぎる。
偏差値が低いこともあって素行の悪い人間が多い。そして、チャラい。
廊下を歩くだけで「若葉ちゃ~ん、今度遊ぼうよ」なんて名前を知らない男子が声をかけてくる。
階段の踊り場に設置された姿見に、私の全身が映り込む。
ワンエイスだという身体は日本の血が濃いものの、少し目立つ見た目らしい。
綺麗な顔だと褒められ、この学校では「可愛いからとりあえず付き合おうぜ」というノリで告白される。
もう日課になっていると言える。
ちょっと見た目が良くても、中身は根暗なので、うっとうしくて仕方がない。ノリに付き合うような性格でもない。
家から近くて、校則もゆるい学校だからってこんなところに来るんじゃなかった。
ため息をつきながら階段を降りていると、なんだか騒がしい。
「こんにちは!」という男子たちの声が聞こえてくる。
すぐに正体は分かった。
この学校で一番目立つ、三年生のグループが階段を上って来ていたのだ。後輩である男子たちは道を開け、挨拶をしていたという訳だ。
私も周囲に習って端に移動する。
……いつ見てもガラが悪い。
男女6~7人のグループで、真ん中を歩いているのがカリスマ扱いされている・円宮雷だ。
涼しい目元の美形だけど、野性味のある雰囲気があって、その圧倒的なオーラが人気らしい。……クラスの男子が話していた。
こういう怖いグループとは目を合わせないほうがいい。
俯きながら通り過ぎるのを待つ。
「あっ、一年の若葉ちゃんじゃん。今日も可愛いねー」と、道端先輩が声をかけてきた。
私を見つけるといつもそうだけど、どうして馴れ馴れしいのかは理解しかねる。
「……こんにちは」
「俺と付き合う気になってくれた?」
「いいえ。……彼氏がいるので」
「その嘘、バレてるんだからねー」
また信用されていない。
下手に楯突くと、この人よりも周りの人たちが怖い。
妙に人気があるのだ、このグループは。
「今度遊ぼうね」
「……」
黙り込んでいたら、道端先輩は飽きた様子で階段を上っていく。良かった、何も起きなくて。
そう思って胸をなで下ろしていると、鋭い視線を感じた。
視線をたどると、円宮 雷がこちらを見ていた。
思わず息を呑む。何も言われていないのに言葉を奪われる感覚だった。
「雷? どうした?」と、道端先輩が声をかける。
「別に」と言って、あの人はいなくなった。
そこに残された「怖かった」「かっこいい」なんていう周りの声が耳障りだった。
* * *
胸をまさぐる感覚に目を覚ました。
お尻のあたりに押し付けられた硬いものに、苛立ちが募った。
「……寝てたのに」と不満をもらせば、熱い吐息が首筋にかかった。
休日の朝だからなのか、こんな時間から手を出すつもりらしい。
「やめて」
「……なんで」
ハスキーな声でぽつり。
別に怒っているわけではなく、確認されているのが分かる。
「そんな気分じゃない」
「……分かった」
そっと離れていく身体に、いい子だなと笑う。
私が嫌がれば無理強いをしない。昔からそう。
「キスもダメ?」
なんて甘えるように言われるから、「いいよ」と答える。
ねじ込まれる舌に応えれば、動きは激しくなった。
キスだけなのに随分と官能的だ。
うっとりとした目元に、こちらまで火をつけられそうになるからストップをかけた。
「……もうダメだよ、雷」
唇に指を当てれば「はい」と、雷は弱々しく返事をした。
* * *
隣の部屋だから、うちと全く同じ間取りのキッチン。
そこに立ち、朝食の準備をする。
「スクランブルエッグでいい?」
「うん」
ちょこまかと周りを動く雷が邪魔だ。
「座って待っていて」
「嫌だ。傍にいたい」
デカい図体の癖に、本当に甘えん坊だ。
学校の……雷を慕っている後輩たちが見たら卒倒するんじゃないだろうか。
「ヨウは俺のなのに、なんであんなにモテるの?」
「……あなたに言われたくないんだけど」
若葉陽向の名前から、自分だけは特別な名前で呼びたいからと「ヨウ」と言うこの男は、澄ました顔をして嫉妬深い。
「私よりも雷のほうがモテモテでしょう。男にも女にも」
「……興味ない。ヨウ以外」
本気でそう思っていそうなんだよなぁ。
幼馴染でもなければ、関わるはずもない人間なのに。
「できたよ」
トーストとサラダとスクランブルエッグだけ。
雷のお母さんがストックしている牛乳ももらうことにして温めた。
「いただきます」と見た目は不良なのに、丁寧な動作で雷は食べ始める。
この隠しきれない部分は嫌いじゃなかった。
「……やっぱりむかつく」なんて雷が不満を漏らしたのは、食事を終えてからだった。
彼の腕は抱きついて離れようとしない。寄りかかるのは楽だからそのままにしておく。
「何が?」
「ヨウが簡単に消費されること」
「……消費?」
首を傾げる。
何のことなのかさっぱり。
「あんなに簡単に“好きだ”なんて言われていい存在じゃない。……この世で唯一なのに」
うーん。また始まった。
謎の雷の持論。
どうも雷は私を神聖化しすぎているのだ。
手を取られたかと思えば、雷の唇に寄せられた。
軽く触れられる。
「この指も、この唇も、その視線も。全部、俺のものなのに」
「……視線は違うと思うよ」
そこは独り占め出来ないものだ。
独占欲が暴力的すぎる。
「面倒くさいから、雷が恋人だなんて言いたくないけど。なんでみんな信じてくれないのかな」
別に見せなくたっていいじゃないの。
「信じたくないんだよ。ヨウが誰かのものだなんて」
疑わずにそう言うから困る。
みんなにとって特別な存在は、雷のほうなのに。
* * *
月曜日の朝は、全校集会がある。
体育館に集められた私達だけど、生徒の半数はまだ学校に来ていない。この学校のあるあるだ。
「若葉ちゃん、本当に可愛いね」と見知らぬ先輩に絡まれた。
それをクラスのあの女子グループがからかってくる。
「若葉って本当に男に好かれるよね」
「顔だけなのにね」
面倒くさいなぁ。
私は勉強をしに学校に来ているのであって、他人のストレスをぶつけられるためにいるんじゃないの。
そんなに楽しいの、それ?
真面目に朝会に参加している生徒がいないから、話しかけやすいみたいだ。
毎回毎回、逃げ場がなくて本当に面倒。
横目で三年生の列を見る。
雷は欠伸を噛み殺し、気だるげに立っていた。
「雷先輩、かっこいい」「眠そうなのがエロい」なんて女子たちの注目の的だ。
ただ突っ立っているだけなのに。
雷のとなりにいた道端先輩が小さく手を振った。
周りから「きゃあ!」という黄色い悲鳴が上がる。あの人もモテるんだよなぁ。
「また若葉だよ」と誰かの嫌悪の声を耳が拾ってしまう。
勝手に手を振られただけなのに、嫉妬を生んでしまう。
早く校長の話が終わらないかな……と思った。
澄ました顔で、雷は一瞬だけこちらに目を向けていた。
* * *
仮病を使って保健室で眠っていると、カーテンの向こうから雷が声をかけてきた。
「ヨウ」
「……先生は?」
「席を外しているって看板が掛かってた。誰もいないよ」
カーテンの中に入ってきた雷は、ベッドの縁に腰掛けた。大きな手が私の髪を撫でる。
「真面目そうな顔して、不良だよね。ヨウは」
仮病を使って保健室。
意外とこれが信用されるのだ。
先生たちは心配そうにして許してくれるから助かる。
「雷だってサボってるくせに」
「……会いたくなったから」
放課後になればいくらでも会えるというのに。
細められた雷の目に欲を感じた。これはまずい。
「保健室だから何もしないで」
「……うん」
「傍にいるのは、いい?」なんて確認してくるから「いいよ」と甘やかす。
今だけは、学校の中で息が楽だなと思った。
うとうとしていると、勢いよくドアが開く音がした。
先生とクラスの女子達の声。
「だからー、本当にお腹が痛いんだって」
「元気じゃない、あなたたち。揃いも揃って腹痛なんてあるわけ無いでしょう。教室に帰りなさい」
カーテン越しに聞こえるやり取り。
雷は私の傍で息を潜めている。
……見つからないよね?
「若葉は寝てるんでしょう? なんであの子は優遇されるの。あのビッチが」
「こら! そんな言葉を使わないの!」
養護教諭である先生が注意をするけれど、こちらに聞こえるように悪口のオンパレードが始まった。
「やめなさい! 若葉さんは本当に体調が悪いの。ほら、出ていって」
いいえ、嘘ですよ。
なんて言えるはずもないなぁ……なんて呑気に考えていたら、雷は見えない向こうを睨んでいた。
「駄目だよ」と小声で囁く。
ここで出ていかれたら、大騒ぎになる。
「……分かってる。ヨウが許可してないから」
「……」
その返答は、まるで許可すれば暴れまわるみたいで、凶暴性にゾッとした。
しばらくすれば女子たちは出ていき、先生に「若葉さん、大丈夫?」と声を掛けられた。
雷と目を合わせながら「大丈夫です」とカーテンの向こうに私は返事をした。
「やっぱり不良だ」なんて楽しそうに雷が笑っていた。
* * *
どうやらまた、変な噂を流されたらしい。
教えてくれる人がいなくても内容はすぐに分かった。
廊下を歩いていると声を掛けられた。
気づいた時には周りには四人の男の壁。
……囲まれてしまった。
「若葉ちゃんってさ、みんなの誘いを断っていたのって……一人じゃなくて複数で楽しみたいからって本当?」
「可愛い顔して、エグいね」
「この顔だから成り立つんだろ~」
気持ち悪い。
あからさまな欲を向けられている。
軽口なのに、やっていることは決して軽くない。
……そこまで嫌われるようなこと、私から何かした?
遠巻きに眺めている女子たちに目を向ける。
表情を見れば、この状況を仕組んでいることは明らかだった。
一人の男子の腕が肩に回された。
そして、耳打ちをされる。
「先生に見つからないところ、行こうか?」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
「やめて! 行くわけないでしょう!」と声を張り上げる。
しかし、男子の力になんて勝てるはずもない。逃げようとしても腕は離れない。
「なにやってるんだよ!」と誰かが叫んだ。
「げっ、道端。……それに円宮かよ」
道端先輩の声だったようだ。
その後ろには雷が立っていた。
「まずくね?」
「いや、大丈夫だって」
と男達が囁やき合う。
私を拘束する男子が笑いながら、道端先輩に告げた。
「お前たちもどう? 若葉ちゃんって人数多いほうがいいみたいだからさ」
「何を言ってるんだ?」と道端先輩は困惑している。
男子が何かを喋っているけど、私の耳はその内容を拾わなかった。
ただ、雷の目だけを見ていた。
彼の口角がだんだんと上がったかと思えば、犬歯が見えた。
そして、「……分かった」と言った。
「え?」と男達が聞き返した瞬間、雷の足が私を掴んでいた男の顔面に飛び込んできた。
「雷!?」と道端先輩が叫ぶ。
そんな声など耳に入っていない雷は、笑いながら男達を殴っていく。
その様子は、ずっとお預けを食らっていた狂犬が暴れ回るようだった。
……私は、止めようとは思わなかった。
流石にやりすぎで、道端先輩が止めに入るけれど歯止めが聞いていない。
このままだと敵味方関係なく殴りかかりそうだった。
遠巻きに見ていた女子たちは青ざめている。……バカな子たち。
「雷」
私が呼べば、男子に馬乗りになっていた雷の腕が止まった。不満げな顔に、思わず苦笑してしまう。
まだやる気なのか。
「おいで」
その声に弾かれたようにやって来る。
道端先輩も、女子たちも、床に倒れた男子達も、雷の様子に目を見開いていた。
「いい子だね」と頭を撫でてあげる。
「うん。もっと褒めて」
「いいよ。ご褒美あげる。だから、帰ろっか」
この場の状況も、この後の授業のことも、全て放り出す。
身勝手なのは世界なんだから、今更どうでもいいでしょう?
「俺はヨウがいればいい」
「そんなの、当たり前でしょう?」
愛って暴力だと思う。
……愛だけが私を痛みから救ってくれるから。
* * *
――その後。
二人並んで親にこっぴどく怒られ、雷は一週間の停学になった。私もその間は学校に行くのを辞めた。
今ごろ噂で持ちきりかも。
「本当に良かったの?」
不安そうに雷が見つめてくる。
デカい図体の癖に、今だけは小さく見えた。
彼の笑顔をしばらく見ていない。
「いいよ」
そう言ってもまだ納得は出来ていないようで、仕方のない子だなぁ。
「もう学校で誰も私に話しかけてこないかも。……雷だけだよ」
「俺だけ……」
「だから、これで良かったよね?」
そこでやっと、雷は嬉しそうに笑った。
通り魔的に殴られて、その痛みが忘れられなくなるから。
「若葉さん、俺と付き合って」
昼休みの教室で、まるでご飯に誘うかのように軽やかに告白された。隣のクラスの人だから名前は分からない。
友達を二人連れてきていて「こいつがダメなら俺なんてどう?」「俺も立候補!」などと茶々を入れている。
「ごめんなさい。彼氏がいるので」
そう断れば、声を上げて笑われた。
「みんなにそう言って断ってるけど、本当は居ないって有名だよ?」
「それじゃあ、騙されないって!」
「……」そんなに信用されていないのか。
教室の前方でお弁当を食べているグループを見る。ちょっと派手めのギャルたちがこちらを見て笑っていた。
入学して間もない頃は付き合いがあって、彼氏の写真をみせろだとか紹介しろと言われたけど断った。
グループで浮いていた私がハブられるようになってから、「若葉の言う彼氏って虚言だから~」なんて広めてくれた元凶だ。
今も私のことで嘲笑しているのは丸わかりだった。
「騙すとかじゃない」と言って、面倒事から逃げるように教室から飛び出した。
なんでこの学校の男女って、すぐ告白するの?
告白の価値が軽すぎる。
偏差値が低いこともあって素行の悪い人間が多い。そして、チャラい。
廊下を歩くだけで「若葉ちゃ~ん、今度遊ぼうよ」なんて名前を知らない男子が声をかけてくる。
階段の踊り場に設置された姿見に、私の全身が映り込む。
ワンエイスだという身体は日本の血が濃いものの、少し目立つ見た目らしい。
綺麗な顔だと褒められ、この学校では「可愛いからとりあえず付き合おうぜ」というノリで告白される。
もう日課になっていると言える。
ちょっと見た目が良くても、中身は根暗なので、うっとうしくて仕方がない。ノリに付き合うような性格でもない。
家から近くて、校則もゆるい学校だからってこんなところに来るんじゃなかった。
ため息をつきながら階段を降りていると、なんだか騒がしい。
「こんにちは!」という男子たちの声が聞こえてくる。
すぐに正体は分かった。
この学校で一番目立つ、三年生のグループが階段を上って来ていたのだ。後輩である男子たちは道を開け、挨拶をしていたという訳だ。
私も周囲に習って端に移動する。
……いつ見てもガラが悪い。
男女6~7人のグループで、真ん中を歩いているのがカリスマ扱いされている・円宮雷だ。
涼しい目元の美形だけど、野性味のある雰囲気があって、その圧倒的なオーラが人気らしい。……クラスの男子が話していた。
こういう怖いグループとは目を合わせないほうがいい。
俯きながら通り過ぎるのを待つ。
「あっ、一年の若葉ちゃんじゃん。今日も可愛いねー」と、道端先輩が声をかけてきた。
私を見つけるといつもそうだけど、どうして馴れ馴れしいのかは理解しかねる。
「……こんにちは」
「俺と付き合う気になってくれた?」
「いいえ。……彼氏がいるので」
「その嘘、バレてるんだからねー」
また信用されていない。
下手に楯突くと、この人よりも周りの人たちが怖い。
妙に人気があるのだ、このグループは。
「今度遊ぼうね」
「……」
黙り込んでいたら、道端先輩は飽きた様子で階段を上っていく。良かった、何も起きなくて。
そう思って胸をなで下ろしていると、鋭い視線を感じた。
視線をたどると、円宮 雷がこちらを見ていた。
思わず息を呑む。何も言われていないのに言葉を奪われる感覚だった。
「雷? どうした?」と、道端先輩が声をかける。
「別に」と言って、あの人はいなくなった。
そこに残された「怖かった」「かっこいい」なんていう周りの声が耳障りだった。
* * *
胸をまさぐる感覚に目を覚ました。
お尻のあたりに押し付けられた硬いものに、苛立ちが募った。
「……寝てたのに」と不満をもらせば、熱い吐息が首筋にかかった。
休日の朝だからなのか、こんな時間から手を出すつもりらしい。
「やめて」
「……なんで」
ハスキーな声でぽつり。
別に怒っているわけではなく、確認されているのが分かる。
「そんな気分じゃない」
「……分かった」
そっと離れていく身体に、いい子だなと笑う。
私が嫌がれば無理強いをしない。昔からそう。
「キスもダメ?」
なんて甘えるように言われるから、「いいよ」と答える。
ねじ込まれる舌に応えれば、動きは激しくなった。
キスだけなのに随分と官能的だ。
うっとりとした目元に、こちらまで火をつけられそうになるからストップをかけた。
「……もうダメだよ、雷」
唇に指を当てれば「はい」と、雷は弱々しく返事をした。
* * *
隣の部屋だから、うちと全く同じ間取りのキッチン。
そこに立ち、朝食の準備をする。
「スクランブルエッグでいい?」
「うん」
ちょこまかと周りを動く雷が邪魔だ。
「座って待っていて」
「嫌だ。傍にいたい」
デカい図体の癖に、本当に甘えん坊だ。
学校の……雷を慕っている後輩たちが見たら卒倒するんじゃないだろうか。
「ヨウは俺のなのに、なんであんなにモテるの?」
「……あなたに言われたくないんだけど」
若葉陽向の名前から、自分だけは特別な名前で呼びたいからと「ヨウ」と言うこの男は、澄ました顔をして嫉妬深い。
「私よりも雷のほうがモテモテでしょう。男にも女にも」
「……興味ない。ヨウ以外」
本気でそう思っていそうなんだよなぁ。
幼馴染でもなければ、関わるはずもない人間なのに。
「できたよ」
トーストとサラダとスクランブルエッグだけ。
雷のお母さんがストックしている牛乳ももらうことにして温めた。
「いただきます」と見た目は不良なのに、丁寧な動作で雷は食べ始める。
この隠しきれない部分は嫌いじゃなかった。
「……やっぱりむかつく」なんて雷が不満を漏らしたのは、食事を終えてからだった。
彼の腕は抱きついて離れようとしない。寄りかかるのは楽だからそのままにしておく。
「何が?」
「ヨウが簡単に消費されること」
「……消費?」
首を傾げる。
何のことなのかさっぱり。
「あんなに簡単に“好きだ”なんて言われていい存在じゃない。……この世で唯一なのに」
うーん。また始まった。
謎の雷の持論。
どうも雷は私を神聖化しすぎているのだ。
手を取られたかと思えば、雷の唇に寄せられた。
軽く触れられる。
「この指も、この唇も、その視線も。全部、俺のものなのに」
「……視線は違うと思うよ」
そこは独り占め出来ないものだ。
独占欲が暴力的すぎる。
「面倒くさいから、雷が恋人だなんて言いたくないけど。なんでみんな信じてくれないのかな」
別に見せなくたっていいじゃないの。
「信じたくないんだよ。ヨウが誰かのものだなんて」
疑わずにそう言うから困る。
みんなにとって特別な存在は、雷のほうなのに。
* * *
月曜日の朝は、全校集会がある。
体育館に集められた私達だけど、生徒の半数はまだ学校に来ていない。この学校のあるあるだ。
「若葉ちゃん、本当に可愛いね」と見知らぬ先輩に絡まれた。
それをクラスのあの女子グループがからかってくる。
「若葉って本当に男に好かれるよね」
「顔だけなのにね」
面倒くさいなぁ。
私は勉強をしに学校に来ているのであって、他人のストレスをぶつけられるためにいるんじゃないの。
そんなに楽しいの、それ?
真面目に朝会に参加している生徒がいないから、話しかけやすいみたいだ。
毎回毎回、逃げ場がなくて本当に面倒。
横目で三年生の列を見る。
雷は欠伸を噛み殺し、気だるげに立っていた。
「雷先輩、かっこいい」「眠そうなのがエロい」なんて女子たちの注目の的だ。
ただ突っ立っているだけなのに。
雷のとなりにいた道端先輩が小さく手を振った。
周りから「きゃあ!」という黄色い悲鳴が上がる。あの人もモテるんだよなぁ。
「また若葉だよ」と誰かの嫌悪の声を耳が拾ってしまう。
勝手に手を振られただけなのに、嫉妬を生んでしまう。
早く校長の話が終わらないかな……と思った。
澄ました顔で、雷は一瞬だけこちらに目を向けていた。
* * *
仮病を使って保健室で眠っていると、カーテンの向こうから雷が声をかけてきた。
「ヨウ」
「……先生は?」
「席を外しているって看板が掛かってた。誰もいないよ」
カーテンの中に入ってきた雷は、ベッドの縁に腰掛けた。大きな手が私の髪を撫でる。
「真面目そうな顔して、不良だよね。ヨウは」
仮病を使って保健室。
意外とこれが信用されるのだ。
先生たちは心配そうにして許してくれるから助かる。
「雷だってサボってるくせに」
「……会いたくなったから」
放課後になればいくらでも会えるというのに。
細められた雷の目に欲を感じた。これはまずい。
「保健室だから何もしないで」
「……うん」
「傍にいるのは、いい?」なんて確認してくるから「いいよ」と甘やかす。
今だけは、学校の中で息が楽だなと思った。
うとうとしていると、勢いよくドアが開く音がした。
先生とクラスの女子達の声。
「だからー、本当にお腹が痛いんだって」
「元気じゃない、あなたたち。揃いも揃って腹痛なんてあるわけ無いでしょう。教室に帰りなさい」
カーテン越しに聞こえるやり取り。
雷は私の傍で息を潜めている。
……見つからないよね?
「若葉は寝てるんでしょう? なんであの子は優遇されるの。あのビッチが」
「こら! そんな言葉を使わないの!」
養護教諭である先生が注意をするけれど、こちらに聞こえるように悪口のオンパレードが始まった。
「やめなさい! 若葉さんは本当に体調が悪いの。ほら、出ていって」
いいえ、嘘ですよ。
なんて言えるはずもないなぁ……なんて呑気に考えていたら、雷は見えない向こうを睨んでいた。
「駄目だよ」と小声で囁く。
ここで出ていかれたら、大騒ぎになる。
「……分かってる。ヨウが許可してないから」
「……」
その返答は、まるで許可すれば暴れまわるみたいで、凶暴性にゾッとした。
しばらくすれば女子たちは出ていき、先生に「若葉さん、大丈夫?」と声を掛けられた。
雷と目を合わせながら「大丈夫です」とカーテンの向こうに私は返事をした。
「やっぱり不良だ」なんて楽しそうに雷が笑っていた。
* * *
どうやらまた、変な噂を流されたらしい。
教えてくれる人がいなくても内容はすぐに分かった。
廊下を歩いていると声を掛けられた。
気づいた時には周りには四人の男の壁。
……囲まれてしまった。
「若葉ちゃんってさ、みんなの誘いを断っていたのって……一人じゃなくて複数で楽しみたいからって本当?」
「可愛い顔して、エグいね」
「この顔だから成り立つんだろ~」
気持ち悪い。
あからさまな欲を向けられている。
軽口なのに、やっていることは決して軽くない。
……そこまで嫌われるようなこと、私から何かした?
遠巻きに眺めている女子たちに目を向ける。
表情を見れば、この状況を仕組んでいることは明らかだった。
一人の男子の腕が肩に回された。
そして、耳打ちをされる。
「先生に見つからないところ、行こうか?」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
「やめて! 行くわけないでしょう!」と声を張り上げる。
しかし、男子の力になんて勝てるはずもない。逃げようとしても腕は離れない。
「なにやってるんだよ!」と誰かが叫んだ。
「げっ、道端。……それに円宮かよ」
道端先輩の声だったようだ。
その後ろには雷が立っていた。
「まずくね?」
「いや、大丈夫だって」
と男達が囁やき合う。
私を拘束する男子が笑いながら、道端先輩に告げた。
「お前たちもどう? 若葉ちゃんって人数多いほうがいいみたいだからさ」
「何を言ってるんだ?」と道端先輩は困惑している。
男子が何かを喋っているけど、私の耳はその内容を拾わなかった。
ただ、雷の目だけを見ていた。
彼の口角がだんだんと上がったかと思えば、犬歯が見えた。
そして、「……分かった」と言った。
「え?」と男達が聞き返した瞬間、雷の足が私を掴んでいた男の顔面に飛び込んできた。
「雷!?」と道端先輩が叫ぶ。
そんな声など耳に入っていない雷は、笑いながら男達を殴っていく。
その様子は、ずっとお預けを食らっていた狂犬が暴れ回るようだった。
……私は、止めようとは思わなかった。
流石にやりすぎで、道端先輩が止めに入るけれど歯止めが聞いていない。
このままだと敵味方関係なく殴りかかりそうだった。
遠巻きに見ていた女子たちは青ざめている。……バカな子たち。
「雷」
私が呼べば、男子に馬乗りになっていた雷の腕が止まった。不満げな顔に、思わず苦笑してしまう。
まだやる気なのか。
「おいで」
その声に弾かれたようにやって来る。
道端先輩も、女子たちも、床に倒れた男子達も、雷の様子に目を見開いていた。
「いい子だね」と頭を撫でてあげる。
「うん。もっと褒めて」
「いいよ。ご褒美あげる。だから、帰ろっか」
この場の状況も、この後の授業のことも、全て放り出す。
身勝手なのは世界なんだから、今更どうでもいいでしょう?
「俺はヨウがいればいい」
「そんなの、当たり前でしょう?」
愛って暴力だと思う。
……愛だけが私を痛みから救ってくれるから。
* * *
――その後。
二人並んで親にこっぴどく怒られ、雷は一週間の停学になった。私もその間は学校に行くのを辞めた。
今ごろ噂で持ちきりかも。
「本当に良かったの?」
不安そうに雷が見つめてくる。
デカい図体の癖に、今だけは小さく見えた。
彼の笑顔をしばらく見ていない。
「いいよ」
そう言ってもまだ納得は出来ていないようで、仕方のない子だなぁ。
「もう学校で誰も私に話しかけてこないかも。……雷だけだよ」
「俺だけ……」
「だから、これで良かったよね?」
そこでやっと、雷は嬉しそうに笑った。
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