最適解を選べない私たち

音央とお

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出ていくように告げてから、2週間が経過した。
まだ青獅は家にいる。
でも、まともに顔を合わせる機会は減少した。

会えばいつも泥酔していて、真面目な話ができる状態ではなかった。一月の猶予を与えたのはこちらなので急かすわけにもいかないけど、

――どうしてまだ家にいるの?

と聞きたくなる。

眠気に襲われていると、玄関のほうから微かに音が聞こえた。静かにドアを閉める音、軋む足音。

以前の青獅よりも静かになった気がする。
「はあ」と疲れたような声を漏らすのが聞こえてきた。
なぜだか私は寝たふりをすることにした。なんとなく、青獅がそれを望んでいると思ったから。

お酒の匂いと、知らない香水の匂い。
敏感に感じ取って気持ち悪くなってきた。どうしてだか、最近は匂いに敏感になっているようだ。

しばらく我慢していると、近くにあった気配が消えた。
軽くシャワーを浴びに行き、用意しておいた布団に寝転んだようだ。匂いが消えて楽になる。

今の私の背中には青獅は張り付いていない。床にTシャツを脱ぎ散らかすこともなく、手を伸ばせばすぐそこにあった金髪も遠い。
1人で寝るベッドは広々と快適なはずなのに、温もりが消えてしまった。

青獅が出ていく猶予まで半分になった。



*   *   *



それを橋田さんが口にしたのは、天気の話をするようにさり気ないものだった。

「もしかしてだけど、最近、体調がずっと優れないんじゃない?」

よく見られている。
柳さんにも気付かれていないのに。

何だか最近熱っぽくて、ご飯を食べると気持ち悪くなるんだ。これまで続けていた生活がガラリと変わったせいかもしれない。
自分で決断したくせに、ダメージを受けているのが笑えない。

「少し体調不良が続いているかも」
「……何か薬を飲んだりはした?」
「いえ、買いに行く時間がなくて。しばらくすれば楽になるし、飲むほどでもないかなって」
「そう、良かった」

橋田さんの表情からいつもの笑顔が消えていて、深刻に心配しすぎだと思う。青獅がいなくなれば、時間が経てば、きっと良くなるのに。

今日は2人とも退勤で、着替え終わったら買い物をして帰ろう。この後の予定を考えていると、橋田さんが「美里ちゃん」と呼んだ。
その声は緊張しているように硬い。

「なんでしょう?」
「あなたのことは娘のように思ってるから。だから、踏み込んだことを聞くね。……あなた、前回の生理の日覚えてる?」
「……え?」
「いつか、分かる?」
「えっと、安定していないので覚えてないです。でも、しばらく来てないかも」

2か月くらいこないのが当たり前だった。
本当は記録したほうがいいのだろうけど、必要とも思ったことがなくて。
どうして急に生理不順の話になったんだろう……と質問の意図を考えて、橋田さんが何を聞きたいのか気付いてしまった。

……え?

そっとお腹に手を当ててしまったのは、無意識だった。

「覚えはあるのね」

その一言が責めるわけでもなく、あくまで確認なのが分かる。

「相手は、柳さん?」

出てきた名前にドキリとする。ちがう。

「いえ、別の人です」
「そうなのね。でも、まだ不確定だから。ねえ、これからドラッグストアか病院に行かない? あなたが良ければ付いていくし、私が一緒に居たいの」

その顔は“お母さん”だった。

そういえば、私が母と折り合いが悪いという話をしたことがある。橋田さんはそれを覚えていて、お母さんになろうとしてくれているのかも。
勝手な予測なのにそれが真実に思えて、涙腺が緩みそうになった。

「お願いします」


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