7 / 9
Side 青獅 2
しおりを挟む
ある日、ダチに「美里と付き合い始めたん?」と聞かれたことがある。
付き合うっていうのは、恋人ってこと?
そんなものでないなって思った。
俺にとっての恋人は数日で終わるものだから、美里の部屋の時間をあと数日で終わらせるつもりはないなって。
別に関係に名前なんていらないでしょ?
関係に名前をつけたって、何の意味もないのは母親を見て知っているし。
そうやって曖昧にすることで居場所を作っていた俺に、美里は「そろそろ出ていってほしい」と告げた。
アイツが作るハンバーグが一番好きなのに、その瞬間に味がしなくなった。
「俺、行くところないんだけど」と素直に不貞腐れれば、一月の猶予はくれた。
……ああ、今回は本気なんだってその顔を見れば分かった。
結婚だとか
安定した仕事だとか
社会性とか
俺にはないものを美里は選ぶんだ。そんなもの盾にされたら、何も言えないに決まってる。
本当はすぐに出ていってやろうと思ったけど、気付いたらこの部屋に戻って来てしまう。頭で考えるよりも体がそう動いてた。
「やっぱりすぐに出ていって」と美里の気持ちが変わらないかだけ怯えて、なるべく避けるように生活した。
酒に溺れれば忘れられるのに、酔いが醒めると余計に辛い。
「おかえり」って出迎えてくれなくなった部屋。美里はいつも先に寝ている。
手を伸ばせば届くところにベッドはあるのに、もうあそこには俺のスペースはないんだと何度も思った。
出ていくことを決断した日、それは衝動的なものだった。
美里が出かけたあと、トイレに起きたことは覚えているけど、気付けばベッドの上で寝てた。
慣れ親しんだマットのせいで、寝惚けながら指が美里を探していた。
抱きしめる相手はそこにはいないのに。
また無意識にベッドに潜り込みそうで、もうこれが潮時なんだと思った。
普段は面倒くさがりだけど、この時は自分でも驚くほど動けた。
ほとんどやったことがない皿洗いまでして、少ない荷物を鞄に詰めて外へと出た。
合鍵はポストに入れておけば、いいよな?
これって、次は“社員さん”に渡すのかな。
……思い浮かんだ想像はエグかった。
* * *
美里の家を出てから、思いつく知り合いの家を転々とした。女の家は避けた。そんな気分じゃない。
「お前、とうとう見限られたの?」
心臓を抉るようなことを口にしたのは、成人式の日に美里に声を掛けたあのダチ。
無言で睨めば「おー、怖っ」と馬鹿にしたように笑った。
端から見れば険悪かもだけど、気心知れてるからやりあえる。
「美里の代わりなんていくらでもいるだろ」
励ましたつもりかもしれないが、聞き捨ては出来なかった。「は?」と腹の奥から低い声が出る。
代わり?
そんなものはいない。
どこにもないハンバーグを作れて、だらしない俺を叱ってくれるのは美里本人しかいない。
「そんなにキレるなら、出てく必要はなかっただろ」
ちょっと引き気味に言われ、返す言葉がなかった。
「帰ってこい」と言ってくれないかって、まだ期待してる自分がいる。いつもならバッテリー切れでも気にしないスマホの充電もこまめにやってる。
こっちからする勇気はないくせに、あるはずのない連絡を待ってる。
美里と再会する前よりも、生きていくのがどうでもよくなった。どうせ俺にはなにもないんだがら。
クソみたいな男の人生に何の価値もない。
「なんかお前、目の奥の色がヤバいって。こっちがトラウマになるような死に方すんなよ?」
「……どうだろね」
衝動性だけはどうにもならない。
まだそこまで踏み出してはいないけど、ある日急には、あるかもしれない。
ダチは「言うか迷ったんだけどさ」と、どうして今まで伏せていたのかという話題を出してきた。
「俺の今の彼女って地元のやつじゃん?」
「誰だっけ」
「何回も話したじゃん……」
同じ中学の奴ってことしか覚えてない。
名前を言われても思い出せるような関わりがなかった。
で、そいつがどうした?
「母親と一緒にいる、美里っぽいやつを病院で見かけたって」
「……母親?」
そんなわけがない、と思った。
美里も母親とはいろいろあるようで、しばらく連絡を取っていないと話していた。
総合病院のロビーで見かけたら、何科なのかも分からないという。
「ものすごく顔色が悪くて、ただ事じゃないっぽかったってさ」
「は? なんだよ、それ」
あの部屋を出てから、何があった?
母親に頼ることのことが?
「おいおい、待て! こんな時間にどこに行く気だよ」
止める声は聞こえたけど、衝動的に飛び出していた。
美里の顔を見ないと落ち着かない。
拒絶されてもいい。
あの部屋に美里が存在しているのを確認できるなら、それだけでいい。
気持ちだけは焦るのに、足がもつれそうになる。
こんなに走ったのはいつぶりだっけ?
怠けていた体を初めて後悔した。
付き合うっていうのは、恋人ってこと?
そんなものでないなって思った。
俺にとっての恋人は数日で終わるものだから、美里の部屋の時間をあと数日で終わらせるつもりはないなって。
別に関係に名前なんていらないでしょ?
関係に名前をつけたって、何の意味もないのは母親を見て知っているし。
そうやって曖昧にすることで居場所を作っていた俺に、美里は「そろそろ出ていってほしい」と告げた。
アイツが作るハンバーグが一番好きなのに、その瞬間に味がしなくなった。
「俺、行くところないんだけど」と素直に不貞腐れれば、一月の猶予はくれた。
……ああ、今回は本気なんだってその顔を見れば分かった。
結婚だとか
安定した仕事だとか
社会性とか
俺にはないものを美里は選ぶんだ。そんなもの盾にされたら、何も言えないに決まってる。
本当はすぐに出ていってやろうと思ったけど、気付いたらこの部屋に戻って来てしまう。頭で考えるよりも体がそう動いてた。
「やっぱりすぐに出ていって」と美里の気持ちが変わらないかだけ怯えて、なるべく避けるように生活した。
酒に溺れれば忘れられるのに、酔いが醒めると余計に辛い。
「おかえり」って出迎えてくれなくなった部屋。美里はいつも先に寝ている。
手を伸ばせば届くところにベッドはあるのに、もうあそこには俺のスペースはないんだと何度も思った。
出ていくことを決断した日、それは衝動的なものだった。
美里が出かけたあと、トイレに起きたことは覚えているけど、気付けばベッドの上で寝てた。
慣れ親しんだマットのせいで、寝惚けながら指が美里を探していた。
抱きしめる相手はそこにはいないのに。
また無意識にベッドに潜り込みそうで、もうこれが潮時なんだと思った。
普段は面倒くさがりだけど、この時は自分でも驚くほど動けた。
ほとんどやったことがない皿洗いまでして、少ない荷物を鞄に詰めて外へと出た。
合鍵はポストに入れておけば、いいよな?
これって、次は“社員さん”に渡すのかな。
……思い浮かんだ想像はエグかった。
* * *
美里の家を出てから、思いつく知り合いの家を転々とした。女の家は避けた。そんな気分じゃない。
「お前、とうとう見限られたの?」
心臓を抉るようなことを口にしたのは、成人式の日に美里に声を掛けたあのダチ。
無言で睨めば「おー、怖っ」と馬鹿にしたように笑った。
端から見れば険悪かもだけど、気心知れてるからやりあえる。
「美里の代わりなんていくらでもいるだろ」
励ましたつもりかもしれないが、聞き捨ては出来なかった。「は?」と腹の奥から低い声が出る。
代わり?
そんなものはいない。
どこにもないハンバーグを作れて、だらしない俺を叱ってくれるのは美里本人しかいない。
「そんなにキレるなら、出てく必要はなかっただろ」
ちょっと引き気味に言われ、返す言葉がなかった。
「帰ってこい」と言ってくれないかって、まだ期待してる自分がいる。いつもならバッテリー切れでも気にしないスマホの充電もこまめにやってる。
こっちからする勇気はないくせに、あるはずのない連絡を待ってる。
美里と再会する前よりも、生きていくのがどうでもよくなった。どうせ俺にはなにもないんだがら。
クソみたいな男の人生に何の価値もない。
「なんかお前、目の奥の色がヤバいって。こっちがトラウマになるような死に方すんなよ?」
「……どうだろね」
衝動性だけはどうにもならない。
まだそこまで踏み出してはいないけど、ある日急には、あるかもしれない。
ダチは「言うか迷ったんだけどさ」と、どうして今まで伏せていたのかという話題を出してきた。
「俺の今の彼女って地元のやつじゃん?」
「誰だっけ」
「何回も話したじゃん……」
同じ中学の奴ってことしか覚えてない。
名前を言われても思い出せるような関わりがなかった。
で、そいつがどうした?
「母親と一緒にいる、美里っぽいやつを病院で見かけたって」
「……母親?」
そんなわけがない、と思った。
美里も母親とはいろいろあるようで、しばらく連絡を取っていないと話していた。
総合病院のロビーで見かけたら、何科なのかも分からないという。
「ものすごく顔色が悪くて、ただ事じゃないっぽかったってさ」
「は? なんだよ、それ」
あの部屋を出てから、何があった?
母親に頼ることのことが?
「おいおい、待て! こんな時間にどこに行く気だよ」
止める声は聞こえたけど、衝動的に飛び出していた。
美里の顔を見ないと落ち着かない。
拒絶されてもいい。
あの部屋に美里が存在しているのを確認できるなら、それだけでいい。
気持ちだけは焦るのに、足がもつれそうになる。
こんなに走ったのはいつぶりだっけ?
怠けていた体を初めて後悔した。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同期に恋して
美希みなみ
恋愛
近藤 千夏 27歳 STI株式会社 国内営業部事務
高遠 涼真 27歳 STI株式会社 国内営業部
同期入社の2人。
千夏はもう何年も同期の涼真に片思いをしている。しかし今の仲の良い同期の関係を壊せずにいて。
平凡な千夏と、いつも女の子に囲まれている涼真。
千夏は同期の関係を壊せるの?
「甘い罠に溺れたら」の登場人物が少しだけでてきます。全くストーリには影響がないのでこちらのお話だけでも読んで頂けるとうれしいです。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
タダで済むと思うな
美凪ましろ
ライト文芸
フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。
――よし、決めた。
我慢するのは止めだ止め。
家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!
そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。
■十八歳以下の男女の性行為があります。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる