最適解を選べない私たち

音央とお

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「……俺が父親になるのか」
「ならなくてもいい。産んでも、私が育てるから」

この男に期待なんて出来ない。
仕事も安心感もない。
責任なんて持てるはずがない。

「この子を育てるなら、もう青獅の面倒を見てる余裕はないの」

突き刺すようにいえば、青獅は息を呑んだ。

でも、正論でしょう?

「それは……そうだけど……」
「青獅にできることはないの。私たちのことは忘れて、今までどおり自由に生きればいい」

どうしてあなたがそんなに傷付いた顔をするの。
縛られるのが大嫌いなくせに、もっと喜びなさいよ。

本当に責任を取ろうとしたの? 何も持っていない人が?

口には出さなかったけど、伝わっていると思う。

「……わかった」

ちくんっと胸が痛んだのは一瞬だった。
だって、その一言を発した青獅の表情は感情を削ぎ落としたような、ゾッとするもので。
おもむろに立ち上がると、流し台の方へと進んだ。

「青獅……?」

何かを探している。
その正体はすぐに分かった。

使い慣れた包丁を、青獅が持つのは初めてかもしれない。
……なんて現実逃避している場合じゃない。

「どうするの、それ……」

声が震えてしまう。
この場面でそれを持ち出すのは明らかに異常で。心臓の音だけが異常に大きく感じる。

じっと眺めた後、ゆっくりと戻ってくる。
途中で手放すつもりはないらしい。

「美里」

名前を呼ばれて、肩が跳ねる。
その様子に青獅はくすりと笑った。

私の手を取り、柄を握らせる。
その上から手を重ねたと思えば、見せつけるように刃先を自分の胸の前へと引き寄せた。

「……やめて」

こちらは震えが止まらないのに、それを誘導する動きに迷いがないことが一層恐ろしい。

「奪ってよ」

力さえ入れれば、刺さってしまう距離。

「俺に差し出せるものは“心臓これ”しかないから。美里の手で奪って、終わらせて」
「……なんで、そうなるの……」
「唯一のものすらいらないなら、もういいや」

青獅の手に力がこもった瞬間、

「やめて!!」と大声で叫んだ。

声を荒げることなんて、初めてかもしれない。

名前のないこの関係のもどかしさも、
いつも後悔するほうを選んでしまうふがいなさも、
責任を伴う存在が現れた戸惑いも、

本当は声を荒げて言いたかった。
でも、それが出来なかったのが私という人間で。

なんでいつも問題の中心に青獅あなたがいるの?
だんだん腹が立ってきた。この自己中な男に!

包丁を青獅の体から引き離す。
それは予想していなかった動きであったのか、困惑しているのが分かる。

「美里……? なんで怒ってるの……」
「それくらい分かれ、バカ!」

初めて吐く悪態のレベルが低すぎる。
でも、これ以上の最適な言葉はないから。
普段抑えていたものが、止めるひまもなく溢れ出てくる。

「いきなりやって来たと思ったら、突拍子もないことをやり出すし。もう、やだ!」
「……だって、美里が俺のことをいらないって言うから」
「自分ばっかり傷付いた顔をするな! 私がどれだけ不安で、どれだけ怖かったと思っているの……」

お腹を撫でる。
きっと、この子も不安だ。こんな父親と母親では。

それでもこうして、ここにいるしかない無力な子。

「……連絡くれれば戻ってきたのに」

恨み言のように言われても。

「できるわけないでしょ。もう追い出したんだから」
「……」
「知られてしまったなら、しょうがない。選択の時間はもう残り少ないの。今回は逃げられない。……それに向き合う気はある?」
「……ある。俺にも選択をくれるのなら」

当事者であるはずなのに、返事が弱すぎる。
でも、無理はない。青獅がこの子のことを知ったのは、つい先ほどで。

あの青獅に“最適解”がすぐに出せるはずがない。


ここで一つの条件を思いついて、「ねえ」と声をかける。

「……その声のかけ方嫌い」
「なぜ?」
「絶対にろくでもないことだから……」

随分と警戒されている。でも、知ったことじゃない。
今の私は強気に出られる。

「この子の名前を考えてよ。キラキラしてない“普通”の」

まずは命の実感を持ってほしい。
わたしと違って、変化を体感することもできない。特に青獅には想像なんて無理なことだと思う。

「それから話をしましょう。今後のことを」



――さあ、どうする?
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