約束の箱庭で、私たちは息を殺して愛し合う

音央とお

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「……久しぶり」

記憶よりも、さらに低くなった声。

「……うん」

それ以上は、目を合わすことはできなかった。
そんなやりとりをすれば、えっちゃんが食い付いてきた。

「どういうこと!?」と。

「小中学校の時に、一緒だったことがあって……」

「そうなの? すごい、偶然だねー!」

「……そうだね」

繋がりが明らかになったことで、えっちゃんは目を輝かせた。

……嫌な予感がする。

「じゃあ、仄香は橙夜とうやくんとペアになろうか!」

「え?」

「知り合いのほうが気が楽でしょ?」

えっちゃんなりの善意が伝わってくる。
けど、それは……。

「他の人でいいよ。そんな気を遣わなくても大丈夫だから」

そう口にしたのに、途中で遮られた。
「ペアになろう、仄香」と。

橙夜は愛想良く笑う。
それを見て、えっちゃんは安心したようだ。

「橙夜くんなら引っ張ってくれそうだね! 良かったね」

……良くないよ。
そんなことは言えなくて、唇を噛むしかなかった。

施設に向かって歩き始める。
最後尾にいた私は、いつの間にか隣を歩く橙夜の手に捕まっていた。

「……やめてよ、離して」

「離したら迷子になるだろ」

「子どもじゃないの」

「方向音痴のくせに」

「いつの話をしているの」

振りほどこうとするほど、指が絡んだ。
こんな繋ぎ方、したことがない。

これじゃあ、まるで――。

「と……うや」

意識をして、声が掠れてしまう。

「ん?」

「言わないで、誰にも。……私たちのこと」

知られたくない。
面白半分に興味を持たれたくない。

「どれのこと?」と、とぼけたように橙夜は耳元で囁いた。
その近さに、カッと頬が熱くなる。 

「どれって……」

「想い合っていたこと?」

心臓が早鐘を打つ。
繋いだ手が汗ばんでいく。

「……それも、だけど」

もっと大事なこと、あるでしょう。
橙夜は「ああ」と頷いた。

「俺たちが――義姉弟だったこと?」

その言葉に、私はぎゅっと目を閉じた。
思い出したくもなかった。





――うちのお母さんは普通じゃなかった。

そう思うようになったのは、小学校に入った頃。

みんなのお父さんは、何年もずっとお母さんと一緒らしい。

時々、バイバイしたという子にも出会ったけど……

うちみたいに何人もいない。
曜日でお父さんが変わったり、しないみたい。

「ほのちゃん、あの人たちはお父さんじゃないの。お母さんの恋人・・たち。だから、お父さんなんて呼んじゃダメよ?」

「そうなの?」

「お母さんは特別なの。結婚していないから、自由に遊んでいいのよ」

意味は全く分からなかった。
ただ、それがみんなと違うこと。
なんとなく、大人たちの話から分かった。

それからしばらくして、お母さんの恋人とは空気の違う男の人がやって来た。
なんだか、普通のお父さんみたいな人。

「はじめまして、仄香ちゃん」

その人は、裕志さんと言った。
初めて「お父さん」と呼べる人ができた。

「この子は橙夜。仄香ちゃんと同じ年だけど、今日から君の弟になるんだ」

裕志さんの後ろに隠れた男の子。
恥ずかしそうに、こっちを見ている。

「今日から?」

「そう。仲良くしてあげてね」

「うん!」

頭を撫でてくれる手が、くすぐったかった。
初めて男の人に撫でられたかもしれない。

橙夜はひょろりとした男の子だった。
周りより頭一つ分大きかった。

「俺より小さいのに、仄香がお姉ちゃんなんだね」

「不思議だね」

子ども同士、打ち解けるのは早かった。
一人っ子だった私たちは、兄弟がいることを特別に思っていた。

家の中では、いつも一緒にいた。
橙夜とくっついていると温かい気持ちになれた。

「仄香、俺のこと大好き?」

「大好き!」

「じゃあ、二人だけの秘密ね」

「なにが?」

ほんの一瞬、橙夜の唇が重なった。
驚いて固まっていると、お父さんみたいに橙夜は頭を撫でてくれた。

「俺たちみたいなのを、そうしそうあい・・・・・・・っていうんだって。だから、毎日キスしようね」

「毎日?」

「うん、大好きっていう合図だから」

「そうなんだ?」

テレビで見たことがある。
けど、あれは恋人がするものじゃないの?

「姉弟なのに、するの?」

「するよ。みんな恥ずかしいから言わないだけ。仄香も大人や友達には秘密だよ」

「わかった!」

小指と小指が結ばれる。

「仄香は俺とだけ、大好きの合図をすること」

「なんで?」

「そうしそうあいじゃなきゃ、しちゃダメだからだよ」

「……なるほど」

嬉しそうに、橙夜は指を切った。

「約束破ったら、駄目だよ?」

それから私たちは、欠かすことなく合図を続けた。
これがおかしいことだって、思春期になれば分かる。

「仄香、いつもの」

「……うん」

中学に入っても、止まらなかった。
もう私たちの一部になっていた。

そうしなければ、不安だった。
外では姉弟としか見られないことに、お互い焦りがあったと思う。

決して、それを口にしないけれど――。



まつ毛を揺らしながら、目を開く。
しっかりと繋がれた手を見つめた。

「お願い。言わないで、橙夜……」

壊したくないものがあるの。

「言わないよ。……そんな価値のないこと」

「え?」

昔と変わらない笑顔を見せた。
そして、少し間を置いたと思えば、

「仄香のお願いを聞くんだから、俺も後でいいよね・・・・?」

「え?」

「一方的は、ずるいよ」

「……」

拒む理由が見つからなかった。
だから、気付けば頷いた。

「わかった」

その返事に、小指だけがより深く結ばれた……気がした。


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