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橙夜は優しい子だから。
私のお願いを懸命に叶えようとしてくれる。
義姉弟だった頃、誰よりも「生まれてきてくれてありがとう」と伝えてくれたのは彼だった。
「まずはコーヒーカップかな。メリーゴーランドとウォーターライドも外せないよね。仄香が一番楽しみにしているのは観覧車からの夜景かな?」
「うん、完璧」
言わなくたって、好みの全てを外さずに把握している。
一度だけ裕志さんが遊園地に連れて行ってくれたよね。
「後で花火も上がるよ。その前に食事も済ませよう」
アトラクションの混み具合を計算しながら、橙夜はエスコートしてくれる。
その姿は頼りがいのある男の子に見えた。
腕の中に抱かれて、私はその胸に頭を預けていれば、何も考えなくていい。
「仄香、ゴーカートで競争してみようか!」
「えー、勝てるかなぁ」
「仄香が勝ったらアイスを奢るよ」
「……じゃあ、頑張る」
こんなに声を上げて笑ったのはいつ以来だろう。初めてかも?
橙夜の明るい笑顔につられて、破顔してしまった。
閉園までに間に合うように遊び尽くして、最後に手を引かれたのは観覧車。
ちょうど花火の上がる15分間の空中散歩だ。
「やっと二人きりになれた」
そう言って目を細める橙夜は花火なんて目もくれず、私も『合図』に夢中になっていた。
「綺麗だ」
「花火は後ろだよ」
「花火に照らされてる仄香が綺麗なんだよ」
ちょっとクサい台詞に同時に吹き出した。
「変なことを言って、笑わせないで」
「本心なんだけど、なんでおかしいんだろう」
橙夜は小指同士を絡めた。
小さい頃と違って、手の大きさが全然違った。
「来年も再来年も、一番近くにいさせてよ。仄香と誕生日を過ごせなかったの、ずっと辛かったんだ」
「……うん」
「空白の時間を埋める。俺たちに隙間なんていらないんだ」
慰めるように手のひらが頭を撫でた。
「これからも『相思相愛の合図』は俺だけのものだよ」
今さらなことを、確認するように口にする。
それに胸が締め付けられたのはなぜだろう。
こんなにも近くにいるのは、橙夜で間違いないのに。
橙夜は、まだ足りないと叫んでいる気がした。
……今日が続けばいいのにね。
そう思っても、時間は流れてしまう。
ちょうど日付が変わる頃、電気の点いていないアパートへと一人で帰った。
誕生日だというのに母と会っていない。
「もう慣れたけど……」
あと数分で今日が終わるけど、忘れているんだろうな。
鍵を回しながら思っていると、まさかのタイミングで本人からの着信があった。
「……もしもし?」
『ほのちゃーん』
電話の向こうは賑やかだった。
母が働く店の雑音だろうか。
酔っ払っているのか機嫌が良さそうだ。
『お誕生日おめでとう! やーっと、18歳になったねぇ』
「……ありがとう」
覚えていたんだ。
期待なんてしていなかったのに。
なんだか居心地の悪さを覚える。
『ほのちゃんも結婚できる歳になったんだね』
「一応、そうだね」
『今日はお祝いで盛り上がってるんだよー! みんな飲め飲めって煩くてぇ』
何だかよく分からない話に耳を傾けながら、ドアを開けて電気をつける。
そこには、いつもの光景があるはずだった。
「え……?」
――ない。
ごちゃごちゃとした生活のものが。
古びた家財だけが不自然に残され、テレビやドライヤーが消えていた。
ドレッサーに並んでいた母の化粧品やアクセサリーがない。
「なんで……泥棒?」
こんなボロアパートを狙って?
寒気を覚える私に、母の『みんなありがとう』という声が聞こえてくる。
「お母さん……。大変なの、家の中が……」
『んー? 家の中? ……ああ、ほのちゃんがいない間に出しちゃった』
「え?」
私のお願いを懸命に叶えようとしてくれる。
義姉弟だった頃、誰よりも「生まれてきてくれてありがとう」と伝えてくれたのは彼だった。
「まずはコーヒーカップかな。メリーゴーランドとウォーターライドも外せないよね。仄香が一番楽しみにしているのは観覧車からの夜景かな?」
「うん、完璧」
言わなくたって、好みの全てを外さずに把握している。
一度だけ裕志さんが遊園地に連れて行ってくれたよね。
「後で花火も上がるよ。その前に食事も済ませよう」
アトラクションの混み具合を計算しながら、橙夜はエスコートしてくれる。
その姿は頼りがいのある男の子に見えた。
腕の中に抱かれて、私はその胸に頭を預けていれば、何も考えなくていい。
「仄香、ゴーカートで競争してみようか!」
「えー、勝てるかなぁ」
「仄香が勝ったらアイスを奢るよ」
「……じゃあ、頑張る」
こんなに声を上げて笑ったのはいつ以来だろう。初めてかも?
橙夜の明るい笑顔につられて、破顔してしまった。
閉園までに間に合うように遊び尽くして、最後に手を引かれたのは観覧車。
ちょうど花火の上がる15分間の空中散歩だ。
「やっと二人きりになれた」
そう言って目を細める橙夜は花火なんて目もくれず、私も『合図』に夢中になっていた。
「綺麗だ」
「花火は後ろだよ」
「花火に照らされてる仄香が綺麗なんだよ」
ちょっとクサい台詞に同時に吹き出した。
「変なことを言って、笑わせないで」
「本心なんだけど、なんでおかしいんだろう」
橙夜は小指同士を絡めた。
小さい頃と違って、手の大きさが全然違った。
「来年も再来年も、一番近くにいさせてよ。仄香と誕生日を過ごせなかったの、ずっと辛かったんだ」
「……うん」
「空白の時間を埋める。俺たちに隙間なんていらないんだ」
慰めるように手のひらが頭を撫でた。
「これからも『相思相愛の合図』は俺だけのものだよ」
今さらなことを、確認するように口にする。
それに胸が締め付けられたのはなぜだろう。
こんなにも近くにいるのは、橙夜で間違いないのに。
橙夜は、まだ足りないと叫んでいる気がした。
……今日が続けばいいのにね。
そう思っても、時間は流れてしまう。
ちょうど日付が変わる頃、電気の点いていないアパートへと一人で帰った。
誕生日だというのに母と会っていない。
「もう慣れたけど……」
あと数分で今日が終わるけど、忘れているんだろうな。
鍵を回しながら思っていると、まさかのタイミングで本人からの着信があった。
「……もしもし?」
『ほのちゃーん』
電話の向こうは賑やかだった。
母が働く店の雑音だろうか。
酔っ払っているのか機嫌が良さそうだ。
『お誕生日おめでとう! やーっと、18歳になったねぇ』
「……ありがとう」
覚えていたんだ。
期待なんてしていなかったのに。
なんだか居心地の悪さを覚える。
『ほのちゃんも結婚できる歳になったんだね』
「一応、そうだね」
『今日はお祝いで盛り上がってるんだよー! みんな飲め飲めって煩くてぇ』
何だかよく分からない話に耳を傾けながら、ドアを開けて電気をつける。
そこには、いつもの光景があるはずだった。
「え……?」
――ない。
ごちゃごちゃとした生活のものが。
古びた家財だけが不自然に残され、テレビやドライヤーが消えていた。
ドレッサーに並んでいた母の化粧品やアクセサリーがない。
「なんで……泥棒?」
こんなボロアパートを狙って?
寒気を覚える私に、母の『みんなありがとう』という声が聞こえてくる。
「お母さん……。大変なの、家の中が……」
『んー? 家の中? ……ああ、ほのちゃんがいない間に出しちゃった』
「え?」
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