約束の箱庭で、私たちは息を殺して愛し合う

音央とお

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何の話?
どういうこと……?

スマホを持つ手に、力が入った。

『お母さんね、再婚するの!』

声のトーンが一段上がっている。
浮かれているのが伝わってくるけど、再婚って……?

「……赤星さん、と?」

『そんなシケた男じゃないわよ。とっくに別れたわ』

「……」

『急に欲しいものを買ってくれなくなって、人が変わったみたい』

欲しいものを買わなくなった……。
私が、そうしてと言ったから……?

だって、それはお母さんが。
私はただ……これ以上は欲しいって、言いたくなかっただけ……。

『やっぱり若い男は駄目よね。もっとお金を持ったおじさんじゃないと!』

それが再婚相手なの?
結婚するって言われても、紹介もされていない。
私にだって関わる問題なのに。

『それでね、ほのちゃん』

「……うん」

『相手の人が子どもは欲しくないっていうの。したいのは結婚で、子育てじゃないって』

「……どういうこと?」

心臓が嫌にうるさかった。
頭で考えるよりも先に、理解してしまったかのように。

『だから、ほのちゃんはいらないんだって!』

……息が詰まった。

『それは困ったなぁって思ったんだけど、そういえば18歳じゃんって思って。もう、ほのちゃんはお母さんなんていらないよね』

「……なんで」

『お母さんもね、いつまでも若くないし……。旦那さんと楽して暮らしたいの』

「待って……」

『大丈夫よ、ほのちゃんなら。私が可愛く産んであげたから』

「お母さん……まって……」

私の声は届いていない。

『今日がほのちゃんの誕生日で良かったね。元気でねー』

――あっけなく、通話が途切れた。

「お母さん!」

すぐに掛け直そうとしても繋がらなかった。

この電話はお受けできません
この電話はお受けできません
この電話はお受けできません

アナウンスだけが流れ続ける。

「……見捨てられたんだ」

手の中から抜け落ちたスマホ。
無機質なアナウンスが続く。

18歳の誕生日、私は家族が誰もいなくなった。

「……あなたも私を捨てるの?」

冷たい部屋の中で浮かんだのは、本当に一人にされる恐怖だった。



*   *   *


目が覚めたのは床の上だった。
転がっていたスマホを手に取り、通話履歴を押した。

この電話はお受けできません
この電話はお受けできません……

「……」

机の上にある書類に目を通す。
水道料金、ガス料金……退去通知。

「公共料金はとりあえず貯金で払うとして……。住む場所はどうしよう」

母がいなくなった実感はないのに、頭は今後のことを考えている。
賃貸契約について検索をして、現実が襲ってきた。

「高校生だと、親権者の同意と連帯保証人が必須か……」

そんなもの、いなくなった。

「……住み込みのバイトも無理そう」

18歳になったとはいえ、まだ一人では生きていけないようだ。
高校は卒業したいのに……。

「とりあえず、バイトに行かなきゃ」

働かないとご飯も食べられない。
目の前のタスクをこなすことで、なんとか正気を保っていた。


*   *   *


いらっしゃいませ

お弁当温めますか?

レジ袋はご入用ですか?

460円になります

ありがとうございました

いらっしゃいませ

いらっしゃいませ

いらっしゃいませ……


ああ、また次のお客さまだ。

「いらっしゃいませ」



7時間働いて帰る準備をしていると、休憩中だった岡部さんが声を掛けてきた。

「仄香ちゃん」

「はい、なんですか?」

「何かあった?」

観察するような目に首を傾げ、にこっと微笑む。

「元気ですよ」

「……」

どうして変な顔をするんだろう?

「さっき、イケメン君が来てたのに気付いてなかったよね?」

「え?」

橙夜が?
いつ?

「顔色が悪いみたいだし、あんまり無理しちゃ駄目だよ」

「……はい」

ちゃんと働けていると思っていたのに、そうじゃないみたい。

連絡をしていなかったのに、橙夜は帰り道の途中で待ち伏せていた。

「よお」

……ずっと待っていたんだろうな。

上手く目が合わせられない。

「何があった?」

「……」

「俺にも話せない?」

俯く私の顔を覗き込むように、橙夜は蹲る。
切れ長の瞳が鋭くなっていて、逃がしてくれる気はないみたい……。

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