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第四章

中学三年 夏

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 無事に退院を果たし、数週間 家で療養する間にも、陽斗からは何の音沙汰もなかった。
 連絡先は、父も母も知らないという。

 陽斗に会いたいとの恋しさは、次第に不満へと変わっていた。
 梅雨の じめじめした空のように どんよりと曇った心は、ひと時も晴れることがなかった。

 きっと陽斗は陽斗で、新しい生活に慣れるのに精一杯なんだろうけれど。
 あの日交わした約束は一体何だったのだろう。
 まだ中学生のくせに大袈裟だって笑われるかもしれない。だけど私にとっては、一生に一度の愛の契りを交わしたというくらい切実なものだ。
 いや、そう思っているのは私だけで、彼にとってはその時だけのもの――さして深い意味で言ったわけではなかったのかもしれない……

 それでも、お互い元気で生きていれば 。いつかまた笑顔で会える時が来るだろうか。
 未練がましいかと不安になりながらも、唯その想いを頼みに日々を過ごした。



 梅雨が明け、青い空が多く見られるようになった。庭では、母の植えた朝顔が一つ二つ咲き始めている。
 体は順調に回復し、再び学校へ通えるまでになっていた。登校初日には、同じクラスの委員長が家まで迎えに来てくれた。

「良かったわね、元気になって」
「うん。わざわざ、ありがとう。遠回りになるのに」
「そんなこと、気にしなくていいのよ」
 会話を交わしながら、やがて交差点へと差し掛かる。
 ふと、横断歩道の端に花が供えられていることに気が付いた。たしか以前には無かったものだ。
「ここで誰かが……」
 呟いた私に、驚いたような彼女の顔が向けられる。
「知らないの?」

 一瞬の間があった後。
 彼女の口から出たのは、とても信じ難い言葉だった。
「……陽斗くんよ、ここで亡くなったのは」
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