忘れる国の話

岡本羅太

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前編〜常識の違う2人

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 海が泣いている。澄み渡る青を揺らしながら低い音で。
 この景色も、昨日見た砂漠も、一昨日見た山の緑も。この世界では1年後には綺麗さっぱり忘れている。
 ララはフードを被ったまま、大きなリュックを背負い直し、分厚い丈夫なブーツで砂浜を歩いていった。



 6、7歳だろうか?砂の上で髪の毛がボサボサな子供が倒れている。ララはライフルの先で突いた。子供は生きているようで「んんー」と手で宙を掻いた。コップで海の水をすくってきたララはそれを子供の顔に雑にかけた。
 地上で溺れかけた子供は勢いよく立ち上がった。
「なっ…なんだ!?」
「こんなところで寝てたら干からびちゃう」
 それだけ言ってララは立ち去ろうとする。
「待って待って。ここはどこ?海?サイタマじゃない?」
 子供は周りを見渡して訳の分からないことを言っている。
「ここ?ここは307地区の端にある海だけど?」
「それってどこだよ。目が青い。もしかしてニホンじゃないのか?」
「ニホン?サイタマ?」
「お姉さん。国もわからないの?」
「クニ?よく分からないけど、迷子なら役所までは連れてってあげる」
 ララはコップをリュックにしまい、再び歩き始めた。
「どうなってんだよ。2年ぶりにばあちゃんのうちに遊びに来てただけなのに…」
 ララは三度足を止めた。
「一年以上前の記憶があるの?」
「え?当たり前だろ。僕もう8歳だぞ」
「自分の歳が正確に分かるの!?」
 子供の肩を掴んで大声で質問した。
「あ…当たり前だろ。毎年祝ってもらってるんだから」
 ララは目を泳がせながら、必死で頭を回転させて様々な可能性から正解を導き出そうとした。稀に普通の人より半年ほど長く記憶が残る人がいるという話は聞いたことはあるが、2年以上はありえない。だか、この子供が知ったかぶりの嘘つきには見えない。残った答えは「この世界の子ではない」が一番納得のいく答えだった。

 「この世界ではね。一年でそれ以前の記憶がほとんど消えるの」
 ララはシュウと名乗った子供と並んで歩きながら話した。
「自分の名前とか住所とか、習慣とかは消えないんだけどね。人との出会いとか、見た景色とか、そういう思い出とかはだんだんと消えていく」
「僕の世界は80歳になっても子供の頃の思い出を覚えてる人がいるよ」
「80歳…!?」
 ララはクラクラする頭をどうにかリセットした。
「こっちの世界では嫌なことがあると1年経たないと忘れられなくて悩んでるけど、それだけ記憶があると、悩みなんて無さそうね。少し嫌な思いをしても何千倍ものいい思い出で消せるでしょ?」
「そんなことないよ。僕だって…」
 シュウは俯き、歩いているヤドカリを見た。
「何か悩みがあるの?」
「僕のママ、本当のママじゃないんだ。最近僕のお家に住み始めたんだけど、僕どうしていいか分からなくて、夏休みの間におばあちゃんの家に来て、それで…」
 ここにきたという訳だ。
「本当のママ?そんなこと考えたことなかった。ここの世界では10年前から一緒に住んでる人も、1年前から一緒に住み始めた人も、どちらも一緒だもの。そして1年会わなければ、次に会う時は初対面になる」
 太い木の群れが見えてきた。307地区と306地区を分ける境界線だ。
 ララはシュウの服装を見た。ズボンは長い丈だったが、上は半袖だった。
「その服じゃダメね」
 リュックをまさぐり、紺色のシーツを取り出して、シュウの首に巻き付け、ポンチョのようにたらした。
「暑いよ。今夏だろ?なんでお姉ちゃんもそんな厚着してるの?」
「夏って季節は一年に一度しか来ないから、暑いってことは知ってるけど、どんな季節だったか正確には覚えてないもの。それに森には知らない生き物がたくさんいるから、私たちにどんな影響をもたらすか分からないでしょう…って言っても君は覚えていられるのか、一年以上前に出会った虫も」
 森は人間が歩けるくらいの細い道が通っていた。そこをララが前を歩き、シュウ
が続いた。
「お姉ちゃんは何をしてる人なの?」
「私は探検家よ」
「探検家?」
「この世界をいろいろ旅して、いろんなものを発見するの。でも、1年後には消えてしまうから、意味のない仕事よ」
「じゃあどうしてやってるの?」
「…もしかしたら消えないかもしれないと思ったから」
 静かに言った。
 ララの住む世界では記録も禁じられている。だから、本当に1年後には活動自体が無かったことになっているのだ。
「あ、ちょうちょ!」
 シュウは大きく、カラフルな羽をひらひらと羽ばたかせている虫を指差して言った。
「ちょうちょ?」
「ちょうちょ見るの初めて?」
「うん」
「でも、お家の近くとかにもいない?」
「私のうちの近くは空気が汚いから、人間以外の生き物はいないわ」
「じゃあ、探検先で見たことは?」
「探検をするのは今回が初めて」
「そうなんだ。でも、そのブーツ、ずいぶん使い古されてるよね」
 ララは爪先を見た。厚い皮のブーツは傷だらけで埃っぽい。
「そうね。なんでだろう」

 しばらく歩くと綺麗な湖が見えてきた。はしゃぐシュウは一目散に走って靴を脱ぎ、湖に入った。
「こら、そんな危険なことをしたら…」
「大丈夫だよ。ほら気持ちいいよ。っあ!」
 一歩踏み出した拍子に足を滑らせ、シュウは巻いたシーツごとびしょ濡れになった。
 ララはシュウの着ていた服を日向に干し、新しいシーツを巻いてあげた。
「その腕、どうして傷だらけなの?」
 作業のために腕まくりをしたままにしていて露わになっている手首についてシュウが聞いた。
「何かで怪我をしたんじゃないかな。皮膚も硬くなってるから、ずいぶん昔のものだと思うけど」
 ララの手首は無数の蜘蛛の巣が張り付いているかのような模様がある。
 ララはそれをみるたびになんだか悲しい気持ちになる。だから袖を伸ばして隠した。
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