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中編〜気づきと傷つき
しおりを挟む「ママのこと嫌いなの?」
服が乾くにはしばらくかかる。苔の生えた大きな丸太に腰をかけ、湖にいるピンク色の端が細い鳥の群れを眺めながらシュウに聞いた。
「んー。嫌いって訳じゃないけど、本当のママといた時の方が楽しかったから」
一年以上前の記憶の方が、今住んでいるママより楽しいという感覚がララにはわからなかったが、どうして?とは聞かなかった。
「ここの世界の住人だったら、そんなこと思わず、今のママと楽しく暮らせるのになー」
ララはなんだか胸がキュッと痛んだ。1年以上前の記憶に何か大切なものがあるのかもしれないと初めて思った。
しばらく休憩して、服が乾いた頃に湖を出発した。太かった森の木は段々と細くなり、クネクネと曲がっている木の群れをさらに歩き続けると、どんどんと葉の量が少なくなっていき、最終的には葉っぱのついていない木の群れを歩いた先には、溶岩が垂れる火山に行き着いた。
「あっついね」
「ここを越えないと街には行けないの」
ポコポコと音がする地面を歩いていると所々でプシューと湯気が立った。
「お姉ちゃん。靴が溶けちゃう」
見るとシュウの靴は底の方が変形していた。
「そっか。熱に耐え切れないんだ。よいしょ。ほら乗って」
ララはリュックを前に抱え、シュウをおんぶした。
「へへへ」
「どうしたの?」
「昔、ママにもおんぶしてもらった」
異世界に住む者同士の奇妙な関係ではあるが、触れ合ったことで信頼関係を感じ、ララは今度は疑問について聞いた。
「ママ、どこか行っちゃったの?」
「遠くに行ったの。4年前」
「私なら4回忘れるのか」とララは思った。
汗が前髪を伝って頬に垂れる。それが口の端に触れて微かに塩味を感じた。
「フード、取ってくれる?」
「うん」
シュウがフードを取ると幾分空気が流れ、涼みを感じた。
「変なのが頭についてるね」
「変なの?」
シュウはそれに触れた。金属のように硬く、人肌より少し暖かいそれは、直径1センチほどの大きさで、丸みを帯びたララの後頭部に沿って埋め込まれていた。
触れられたララはそれまで感じたことのない感覚を覚えた。頭の中を触られたような、脳に直接感覚の信号を送られているようだった。
一年以上前に事故にでもあったのだろうか。その時の治療か何か?しかし、ララはそれについての遠い記憶が何か訴えかけてきているように感じた。思い出の記憶というより感覚の記憶かもしれない。どちらにしても、記憶なんてとうに消えているはずだ。
「大丈夫?」
いつのまにか足を止めていたララは再び歩き出した。
「もうすぐ火山を抜けるから…」
そうして、しばらくララは思考を続けた。
火山灰を払いながら少し歩くと、さっきまでの劣悪な火山地帯とは打って変わって、さわやかな風が通り抜ける丘に出た。
ララとシュウは廃屋のベンチにまた並んで座った。
「頭のやつ、取れそう?」
ララはフードをとってシュウに背を向けた。髪をかき分けてシュウの指がまたそこに触れる。
「んー。なんか細いものがあればパコって外れそうだけど…」
ララはリュックをまさぐってフォークを取り出した。
「これでは?」
「やってみる」
シュウはララの頭を傷つけないように慎重に装置の周りにフォークを滑らせた。
その間もララは耳に虫が入ったかのような気持ち悪い感覚と戦っていた。
「あっ、入った」
ガクッと鳴ってフォークが核となる部分との間に入った。
「本当に外していいの?」
ララは答えた。
「うん」
シュウが手前にフォークを傾けると、テコの原理で核が外れた。宙を舞ったそれは鱗のように薄く、裏には回路のようなものが付いていた。地面に落ちても強い風に飛ばされそうだったが、シュウが急いでとった。
「ちょうちょ…ちょうちょ、私見たことある」
「え?」
「あのカラフルで羽をひらひらして飛んでる虫、ちょうちょって言うんでしょ?前に見たことある。一年以上前に。探検先で…探検も今回が初めてじゃない!一年前にも…ここにきたことがある。この廃屋で休んだことが…」
そう言ってララは屋根も半分ない廃屋の腐りかけたビュローの引き出しを開いた。
「ほら!前に来た時の割れた鏡。ここに置いていったの」
メッキにはめ込んである鏡は真ん中から亀裂が複数伸びている。
「シュウ?」
返事がないことに気がついたララが廃屋から出ると、隣のレンガが崩れかけた廃屋の敷地にある井戸を覗き込んでいるシュウが見えた。
「どうかしたの?シュウ」
返事がない。
ララも近づいて覗き込むと中には足が間違った方向に曲がって、頭から血を流している人間が倒れていた。
急いでシュウの目を隠そうとしたが、今更無意味であると思い、伸ばす手の方向をシュウの手に変えた。
「行こう」
「…僕だ」
「え?」
「倒れてるの…そこに死んでるの、僕だ」
ララは再び井戸の中をよく見ると、確かに3分の1ほどしか見えない顔はシュウにそっくりだった。
「思い出したんだ。おばあちゃんの家で遊んでて、ちょうちょに夢中になって、追いかけてて、入っちゃダメって言われてた柵の中に入ったら、急に真っ暗になって…」
井戸に落ちた。
ララはシュウを背後から優しく抱きしめた。頭を優しく撫で、胸をトントンと叩いた。シュウは大きな音を上げないように努力して泣いたが、時々息が詰まり、しゃくりを上げていた。
「思い出したんだ。私、探検家になる前は美容師だったの」
ララは錆びた鉄製の椅子にシュウを座らせてリュックに入っていたハサミで髪を切っていた。
まだシュウは少し俯き気味だったが、涙は止んでいた。
「どうして探検家になったかはまだ思い出せない。虫食いの紙が再生するみたいに、所々記憶が再生していくみたいなの」
シャキ、シャキと髪を切る音がリズミカルに刻まれ、切られた髪は風に乗って飛んでいった。
「切りすぎないでよ?鏡を見れないから不安だよ」
「任せておきなさい。カリスマ美容師よ」
「ついさっきまで忘れてたくせに」
ララはシュウの髪を引っぱって、俯いている顔を無理やり前に向かせた。
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