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後編〜記憶は寄なり
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ララは短髪になったシュウと丘を下り、次なる地区へ歩みを進めていた。
赤、青、白、黄、紫に橙とさまざまな花が所狭しと揺れている原っぱへたどり着いた。
「綺麗だね。いい香りがするし」
シュウは少しずつ元気を取り戻していた。
一方、ララは何か思い詰めたような顔をしていた。
「どうしたの?」
「ううん。何か、少し胸騒ぎがするだけ。こんなに穏やかな景色なのにね」
道なき道を歩き続けた。踏んでしまった花はもう2度と立ち上がることはないだろう。
ララの頭には過去の思い出たちがじわじわと蘇っていた。時系列とは関係なく無数の点がどんどんと線で繋がっていくような感覚だった。
ちょうど今は5、6歳の頃に見た猫の死骸から流れる血がトマトに似ていると感じた思い出が蘇っていた。
「そうか、だから私、トマト苦手なんだ」
厚い入道雲が太陽を隠して辺りは急に暗くなった。風も冷たくなった気がする。
ララは揺れる花たちを歩きながら眺めていると、1本だけ背の高い赤い花が目に入り、立ち止まってしまった。そのせいで後ろを歩いていたシュウはララにぶつかった。
「あ、ごめんね」
その言葉とともにララの頭には深く濃い記憶が蘇った。
場所はこの原っぱ、あの赤い花の前だ。私は14、5ぐらいの歳だろう。まだ子供の心を持っている。
「お花の冠作ったの!」
はつらつとした声で顔を上げるとその前にいたのは、今の生活にはいない人物だ。
私より長い茶色く長い髪を吹いてくる風になびかせながら微笑むその顔は、私の恋人だった人だ。
そこから矢継ぎ早に記憶が蘇る。
「髪、切ったら?」
「どうして?」
「鬱陶しくない?私はこの長さでも嫌になるけど」
「そうなの?」
「そうよ。あなたが肩にかかるくらいは残しておいてって言うからしょうがなく切らないでおいてるの」
「せっかくだから、ララが無事美容師になれたときに、どんな髪型にもできるように伸ばしておくよ」
2人は互いに寄りかかり、柔らかな風が吹く木陰に座り、何もない空を眺めていた。
シャキ、シャキとハサミの音が鳴っている。場所はシュウの髪を切った場所と同じ、でも、椅子はまだ錆びていない。
「切りすぎるのはやめてくれよ?」
恋人は眉を八の字にして目だけでララを見る。
「大丈夫。しっかり勉強して、やっと資格を取れたんだから」
鼻歌を歌いながらそれに合わせてハサミを鳴らす。出来上がった頃には、恋人は注文よりもだいぶ短い短髪になっていた。
冬という季節になった。足先がジンジンするほどに冷えるあの季節だ。
そして、恋人はベッドの上にしかいられなくなった。毎晩、眠る時間になると恋人は私を抱きしめ、頭を撫でながら「ごめんね」と繰り返した。
バスルームだ。服を着たままではいるとなんだか湿気で気持ちが悪い。きらりと光るものを右手に持って、左手の付け根に押し当てている。赤いものが腕に伝う。幾度も幾度も引くが、最後の力が入らない。結局その場にへたり込み、赤い腕を涙で流すのだ。
そして場面はまた原っぱに移る。ララは黒い服を着てスコップを持っていた。
長さ2メートルほどの掘り起こされた土の部分は周りとは違い、花も草も生えていない。その上に寝転び、土を抱いて泣いていた。横になった世界で、視界の右から左へ長い茎が伸び、その先には赤い花が咲いていた。
ララは赤い花のところまで歩いて行った。花も草も生えていたかったところには、もう周りと見分けがつかないほど再生していた。
「私の恋人はここで眠っているんだ」
しゃがんで土に触れる。
「恋人が死んだことも忘れていた。一時は後を追うことすら考えていたのに」
ララは戻った記憶と同じように、寝転がりながら静かに泣いた。腕の蜘蛛の巣をなぞりながら。
探検家になったのはこの場所を探し出す為だったのかもしれない。忘れる自分を見越してそうなったのか、はたまた忘れたのちに潜在的にそうなったのかはまだわからない。
シュウはただただララのそばに座って待っていた。時々立ち上がり、リュックから取り出したコップで近くの川から水を汲んではララの口に流し込んだ。
赤、青、白、黄、紫に橙とさまざまな花が所狭しと揺れている原っぱへたどり着いた。
「綺麗だね。いい香りがするし」
シュウは少しずつ元気を取り戻していた。
一方、ララは何か思い詰めたような顔をしていた。
「どうしたの?」
「ううん。何か、少し胸騒ぎがするだけ。こんなに穏やかな景色なのにね」
道なき道を歩き続けた。踏んでしまった花はもう2度と立ち上がることはないだろう。
ララの頭には過去の思い出たちがじわじわと蘇っていた。時系列とは関係なく無数の点がどんどんと線で繋がっていくような感覚だった。
ちょうど今は5、6歳の頃に見た猫の死骸から流れる血がトマトに似ていると感じた思い出が蘇っていた。
「そうか、だから私、トマト苦手なんだ」
厚い入道雲が太陽を隠して辺りは急に暗くなった。風も冷たくなった気がする。
ララは揺れる花たちを歩きながら眺めていると、1本だけ背の高い赤い花が目に入り、立ち止まってしまった。そのせいで後ろを歩いていたシュウはララにぶつかった。
「あ、ごめんね」
その言葉とともにララの頭には深く濃い記憶が蘇った。
場所はこの原っぱ、あの赤い花の前だ。私は14、5ぐらいの歳だろう。まだ子供の心を持っている。
「お花の冠作ったの!」
はつらつとした声で顔を上げるとその前にいたのは、今の生活にはいない人物だ。
私より長い茶色く長い髪を吹いてくる風になびかせながら微笑むその顔は、私の恋人だった人だ。
そこから矢継ぎ早に記憶が蘇る。
「髪、切ったら?」
「どうして?」
「鬱陶しくない?私はこの長さでも嫌になるけど」
「そうなの?」
「そうよ。あなたが肩にかかるくらいは残しておいてって言うからしょうがなく切らないでおいてるの」
「せっかくだから、ララが無事美容師になれたときに、どんな髪型にもできるように伸ばしておくよ」
2人は互いに寄りかかり、柔らかな風が吹く木陰に座り、何もない空を眺めていた。
シャキ、シャキとハサミの音が鳴っている。場所はシュウの髪を切った場所と同じ、でも、椅子はまだ錆びていない。
「切りすぎるのはやめてくれよ?」
恋人は眉を八の字にして目だけでララを見る。
「大丈夫。しっかり勉強して、やっと資格を取れたんだから」
鼻歌を歌いながらそれに合わせてハサミを鳴らす。出来上がった頃には、恋人は注文よりもだいぶ短い短髪になっていた。
冬という季節になった。足先がジンジンするほどに冷えるあの季節だ。
そして、恋人はベッドの上にしかいられなくなった。毎晩、眠る時間になると恋人は私を抱きしめ、頭を撫でながら「ごめんね」と繰り返した。
バスルームだ。服を着たままではいるとなんだか湿気で気持ちが悪い。きらりと光るものを右手に持って、左手の付け根に押し当てている。赤いものが腕に伝う。幾度も幾度も引くが、最後の力が入らない。結局その場にへたり込み、赤い腕を涙で流すのだ。
そして場面はまた原っぱに移る。ララは黒い服を着てスコップを持っていた。
長さ2メートルほどの掘り起こされた土の部分は周りとは違い、花も草も生えていない。その上に寝転び、土を抱いて泣いていた。横になった世界で、視界の右から左へ長い茎が伸び、その先には赤い花が咲いていた。
ララは赤い花のところまで歩いて行った。花も草も生えていたかったところには、もう周りと見分けがつかないほど再生していた。
「私の恋人はここで眠っているんだ」
しゃがんで土に触れる。
「恋人が死んだことも忘れていた。一時は後を追うことすら考えていたのに」
ララは戻った記憶と同じように、寝転がりながら静かに泣いた。腕の蜘蛛の巣をなぞりながら。
探検家になったのはこの場所を探し出す為だったのかもしれない。忘れる自分を見越してそうなったのか、はたまた忘れたのちに潜在的にそうなったのかはまだわからない。
シュウはただただララのそばに座って待っていた。時々立ち上がり、リュックから取り出したコップで近くの川から水を汲んではララの口に流し込んだ。
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