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〜こんな人生はイヤだ〜
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先日、職場にいた“残念なおじさん”が自主退職することが発表された。
“残念なおじさん”こと“川井 宗一郎(カワイ ソウイチロウ)”は高卒で地元の大手企業に勤めて勤続37年の大ベテランだ。
だが、残念なことに川井が55才の時、事業縮小により職場の大多数の人が全国へ散り散りに異動することとなり、川井は田舎への異動を余儀なくされた。
今まで旅行で他県へ行ったことはあるものの、他県へ住んだことのない川井は不安があったが、定年も近いから優遇されるだろうし、なんとかなるだろうと考えていた。
さらに残念なことに異動先の田舎の職場でも地元採用が主流で、田舎特有の変な仲間意識が強いためか、いつも川井は孤立してしまっていた。
今までの業務と似た内容ではあったが、独自の細かい仕組みやルール、システムなど、新しく覚えなければならないことは山積みであった。
さらに、年功序列で小さいながらも肩書も持っていたため、そこそこ責任のある仕事も任されていた。
当時、川井は有休休暇を取得する回数も少なく、毎朝就業前にキチンと出社し、定時が過ぎれば退社するという、真面目なサラリーマンのお手本のような勤務態度でいた。
しかし、近年「ワークライフバランス」が重要視され始め、フレックス制度や有休消化を推奨されるようになり、仕事が終わればサッサと帰ったり「朝はニガテなので~」と就業開始時間から1時間以上も毎日遅れて出社する者も増えたが、川井には全く理解が出来ず、仕事は終わったとしても何があるか分からないため、定時まで居るのが正しいと思って疑わなかった。
だが、年下の上司からも
「川井さんは特に残業時間が多いので、減らす努力をして下さい」
と叱責される始末で、川井は全く面白く無かった。
元々、決まった時間に出社し決まった業務は難無くこなすことが出来るが、検討業務や問題解決などの業務は上司がやっていたし、パソコンの作業はニガテで、データの収集やプレゼンなどは全て若い人に「勉強だから」と任せてしまっていたため、異動先では同じ50代からも若い人からもバカにされていた。
川井はなんとかなるだろうと甘く見ていたが、全くと言って良いほど、優遇はされなかった。
そんな川井を長年支えたのが奥さんの優子(ユウコ)である。
優子はいつも川井の味方で、川井の異動が決まった際も
「もちろん私も付いて行くわ」
と言ってくれたものの、優子は長年に渡り糖尿病を患っており、医者からも
「これ以上ストレスを与えない方が良い」
と告げられ、川井は優子を地元に残すように苦渋の決断をした。
そんな二人に子供はいなかったものの、異動するまでは趣味の旅行に行ったり釣りをしたり行きつけの居酒屋へ行ったりと、幸せな人生を送っていた。
異動後の川井は1年に2回、ゴールデンウイークと年末年始の大型連休を利用して地元へ帰省していたが、だんだん優子の体調が悪化してしまった。
単身赴任手当と帰省費用が毎月振り込まれるため給料は多くなったが、皮肉にもお酒が好きな優子は医者の言いつけを守れず、いきつけの居酒屋やバーを利用する回数が増えた。
その結果、糖尿病の合併症で人工透析を引き起こし、それでもお酒を辞められない優子は、数年後には言語障害までもを患ってしまった。
そのため、川井もそれまでは年2回だった帰省頻度を年6回と上げ、最終的には毎月末に帰省することが当たり前になっていた。
それを見かねた年下の上司が
「やはり元々の勤務地に戻れるように異動希望を出してみますか?」
と川井に勧めた。
元々の勤務地は事業が縮小されたものの、まだ少人数は残っており、異動さえ出来ればあと数年程度なら居られるだろうと上司は判断したようだった。
この会社では、基本的に部下が異動希望を出すと上司の評価は下がる。
それは、異動希望の理由はなんにせよ、その部署では「成長出来ない」と部下自身が判断したからだ。
自分の評価が下がってでも、それでも年下の上司は元気が無い川井の姿を見て、異動を勧めた。
川井が異動して来て3年半が経過し58才で迎えた年末の忘年会で、川井は久しぶりに酔った。
異動希望を出せたことが余程嬉しかったのか、あるいは久しぶりにお酒を飲みながら人と話が出来たのか、かなり酔い、事あるごとに
「俺、異動希望を出したからね」
とドヤ顔で嬉々に皆に話をしていた。
その中で若い人から
「良かったですね、本当にお疲れ様でした。ちなみに元々の勤務地の上司とかとはもう根回ししてどの部署に行けるかアポ取ってるんです?」
と聞かれたが
「え?いや取ってないよ」
と川井は素直に答えた。
「えっそれじゃあどの部署に行けるか分からないってことですか?」
と聞かれ
「まぁそうだね」
と答えたが、内心はどこの部署であろうがあと1年しか居ないのだからと、高を括っていた。
それから約3ヶ月後の3月の初旬に、異動希望先との出張面談が上司によって用意された。
川井は先日の忘年会の若い人からの言葉が酔った席であるもののずっと引っ掛かっていたが
「ほら、やっぱり。そんな根回しなんか必要ないんだって」
と安堵した。
出張面談では元々の上司は居らず、人事部長など役職のある人ばかりだった。
その中で川井が何を理由に異動希望を出したのか、これまでの経験から何の仕事が出来るのか、何の資格を取っていたかなどを淡々と問われ、質問対策やアピールポイントなど全く準備してなかった川井は、それらに答えるのに必死で、最初は迷っていた妻の優子の話を切り出すかどうかをすっかり忘れてしまい、とうとう話さずじまいであった。
そして河井が異動して来て丸4年が経ち、4月を迎え、異動希望が通らなかったことを年下の上司から伝えられ、川井は自主退職することを決断した。
自主退職すれば退職金もかなり減るが、あれだけドヤ顔で皆に言ってしまったのだ。
少しでも早くここから離れたい。
川井は全てを甘く見ていた。
だが、年を重ねた人は敬うべきじゃないのか?
40年以上も真面目に務めた会社からこんな仕打ちをされるとは思わなかった。
一体、俺は何をしてきたのだろう。
“残念なおじさん”こと川井 宗一郎のカワイソウな社会人人生は幕を閉じた。
それはとても暖かい、キレイな桜が咲き始めた春の出来事だった。
以上です。
「残念なおじさん~こんな人生はイヤだ~」を読んでいただきありがとうございました。
そうです。カワイソウな川井 宗一郎が言いたかっただけなんです(笑)
今までは良い大学に入ることや大手企業や公務員に務めることが重要視されてきましたが、最近では人生をどれだけ充実させるのかが重要視されてきていますよね。
勤勉なことは良いことですが、会社に期待し過ぎないようにしないといけませんね。
期待した分だけ裏切られた時に恨みが増えますから(笑)
“残念なおじさん”こと“川井 宗一郎(カワイ ソウイチロウ)”は高卒で地元の大手企業に勤めて勤続37年の大ベテランだ。
だが、残念なことに川井が55才の時、事業縮小により職場の大多数の人が全国へ散り散りに異動することとなり、川井は田舎への異動を余儀なくされた。
今まで旅行で他県へ行ったことはあるものの、他県へ住んだことのない川井は不安があったが、定年も近いから優遇されるだろうし、なんとかなるだろうと考えていた。
さらに残念なことに異動先の田舎の職場でも地元採用が主流で、田舎特有の変な仲間意識が強いためか、いつも川井は孤立してしまっていた。
今までの業務と似た内容ではあったが、独自の細かい仕組みやルール、システムなど、新しく覚えなければならないことは山積みであった。
さらに、年功序列で小さいながらも肩書も持っていたため、そこそこ責任のある仕事も任されていた。
当時、川井は有休休暇を取得する回数も少なく、毎朝就業前にキチンと出社し、定時が過ぎれば退社するという、真面目なサラリーマンのお手本のような勤務態度でいた。
しかし、近年「ワークライフバランス」が重要視され始め、フレックス制度や有休消化を推奨されるようになり、仕事が終わればサッサと帰ったり「朝はニガテなので~」と就業開始時間から1時間以上も毎日遅れて出社する者も増えたが、川井には全く理解が出来ず、仕事は終わったとしても何があるか分からないため、定時まで居るのが正しいと思って疑わなかった。
だが、年下の上司からも
「川井さんは特に残業時間が多いので、減らす努力をして下さい」
と叱責される始末で、川井は全く面白く無かった。
元々、決まった時間に出社し決まった業務は難無くこなすことが出来るが、検討業務や問題解決などの業務は上司がやっていたし、パソコンの作業はニガテで、データの収集やプレゼンなどは全て若い人に「勉強だから」と任せてしまっていたため、異動先では同じ50代からも若い人からもバカにされていた。
川井はなんとかなるだろうと甘く見ていたが、全くと言って良いほど、優遇はされなかった。
そんな川井を長年支えたのが奥さんの優子(ユウコ)である。
優子はいつも川井の味方で、川井の異動が決まった際も
「もちろん私も付いて行くわ」
と言ってくれたものの、優子は長年に渡り糖尿病を患っており、医者からも
「これ以上ストレスを与えない方が良い」
と告げられ、川井は優子を地元に残すように苦渋の決断をした。
そんな二人に子供はいなかったものの、異動するまでは趣味の旅行に行ったり釣りをしたり行きつけの居酒屋へ行ったりと、幸せな人生を送っていた。
異動後の川井は1年に2回、ゴールデンウイークと年末年始の大型連休を利用して地元へ帰省していたが、だんだん優子の体調が悪化してしまった。
単身赴任手当と帰省費用が毎月振り込まれるため給料は多くなったが、皮肉にもお酒が好きな優子は医者の言いつけを守れず、いきつけの居酒屋やバーを利用する回数が増えた。
その結果、糖尿病の合併症で人工透析を引き起こし、それでもお酒を辞められない優子は、数年後には言語障害までもを患ってしまった。
そのため、川井もそれまでは年2回だった帰省頻度を年6回と上げ、最終的には毎月末に帰省することが当たり前になっていた。
それを見かねた年下の上司が
「やはり元々の勤務地に戻れるように異動希望を出してみますか?」
と川井に勧めた。
元々の勤務地は事業が縮小されたものの、まだ少人数は残っており、異動さえ出来ればあと数年程度なら居られるだろうと上司は判断したようだった。
この会社では、基本的に部下が異動希望を出すと上司の評価は下がる。
それは、異動希望の理由はなんにせよ、その部署では「成長出来ない」と部下自身が判断したからだ。
自分の評価が下がってでも、それでも年下の上司は元気が無い川井の姿を見て、異動を勧めた。
川井が異動して来て3年半が経過し58才で迎えた年末の忘年会で、川井は久しぶりに酔った。
異動希望を出せたことが余程嬉しかったのか、あるいは久しぶりにお酒を飲みながら人と話が出来たのか、かなり酔い、事あるごとに
「俺、異動希望を出したからね」
とドヤ顔で嬉々に皆に話をしていた。
その中で若い人から
「良かったですね、本当にお疲れ様でした。ちなみに元々の勤務地の上司とかとはもう根回ししてどの部署に行けるかアポ取ってるんです?」
と聞かれたが
「え?いや取ってないよ」
と川井は素直に答えた。
「えっそれじゃあどの部署に行けるか分からないってことですか?」
と聞かれ
「まぁそうだね」
と答えたが、内心はどこの部署であろうがあと1年しか居ないのだからと、高を括っていた。
それから約3ヶ月後の3月の初旬に、異動希望先との出張面談が上司によって用意された。
川井は先日の忘年会の若い人からの言葉が酔った席であるもののずっと引っ掛かっていたが
「ほら、やっぱり。そんな根回しなんか必要ないんだって」
と安堵した。
出張面談では元々の上司は居らず、人事部長など役職のある人ばかりだった。
その中で川井が何を理由に異動希望を出したのか、これまでの経験から何の仕事が出来るのか、何の資格を取っていたかなどを淡々と問われ、質問対策やアピールポイントなど全く準備してなかった川井は、それらに答えるのに必死で、最初は迷っていた妻の優子の話を切り出すかどうかをすっかり忘れてしまい、とうとう話さずじまいであった。
そして河井が異動して来て丸4年が経ち、4月を迎え、異動希望が通らなかったことを年下の上司から伝えられ、川井は自主退職することを決断した。
自主退職すれば退職金もかなり減るが、あれだけドヤ顔で皆に言ってしまったのだ。
少しでも早くここから離れたい。
川井は全てを甘く見ていた。
だが、年を重ねた人は敬うべきじゃないのか?
40年以上も真面目に務めた会社からこんな仕打ちをされるとは思わなかった。
一体、俺は何をしてきたのだろう。
“残念なおじさん”こと川井 宗一郎のカワイソウな社会人人生は幕を閉じた。
それはとても暖かい、キレイな桜が咲き始めた春の出来事だった。
以上です。
「残念なおじさん~こんな人生はイヤだ~」を読んでいただきありがとうございました。
そうです。カワイソウな川井 宗一郎が言いたかっただけなんです(笑)
今までは良い大学に入ることや大手企業や公務員に務めることが重要視されてきましたが、最近では人生をどれだけ充実させるのかが重要視されてきていますよね。
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