あなたには翻訳術師が必要です ~異世界の言葉がわかるとかいう都合のいいことが起こらなくても、わたしがいれば大丈夫~

もさく ごろう

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起きてくださいヤトコさん

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 まぶた越しに光を感じた。朝が来たのだ。いつもより少しだけ肌寒い。

「ん……おはようです。ハロウル」

 友人を探して手を伸ばした。少しモフるだけで、起き上がる元気をもらえる。けれど手に触れたのは、温かみの足りないソファーのクッションだった。

「ふぇ……? ハロウル?」

 開いた目に入ってきたのは、あずき色のソファーの背もたれだった。寝返りをうって向かいのソファーを見ても、そこは空っぽだ。

 余計に肌寒く感じて、毛布を深くかぶろうとした。けれど、その毛布がない。

「そういえば、ヤトコさんに貸したんでした」

 ヤトコさんの姿がないことには驚かない。

 ハロウルのことが怖いと言って、外に出てしまったのだ。風邪を引いていないだろうか。

 わたしはぐっと背中を伸ばしてから、体を起こした。

「ヤトコさーん?」

 名前を呼びながら外に出て、一番に見つかったのはハロウルだった。地面に伏せていても、モフモフで大きな体は隠せない。

 とりあえずわたしはその背中に飛び込んだ。

『うわぁ』

 ハロウルが首を上げた。

『なんだフクラか。驚かせないでよ』

「へへ。ハロウルはどうしてこんなところで寝てるんですか?」

『なんでってそりゃあ』

 ハロウルがすぐ左横を見た。そこには毛布にくるまって丸くなっているヤトコさんがいた。

『外は人間が眠るのには寒すぎるでしょ? だから心配になって温めに来たんだ。そう思ったのは、ボクだけじゃなかったみたいだけど』

 ハロウルが体を寄せているのはヤトコさんの背中側。じゃあお腹側はスカスカなのかというと、そんなことはなく、小さくて少しだけ質感の硬いモフモフが集まって静かな寝息を立てている。

 ネズミさんたちだ。

 わたしの貸してあげた毛布の何倍も暖かそうだ。その証拠に、ヤトコさんはお母さんにくっついて眠る子猫みたいな表情をしていた。

『ん……』

 毛布がもぞもぞと動いた。ヤトコさんの眉間にシワが寄っている。

 わたしたちの声がうるさかっただろうか。それとも朝日を感じたのか。

 そんなことはどっちでもいい。このまま目覚めたら――

『え……?』

 ヤトコさんの薄く開かれた目が、ゆっくりと動く。そしてお腹のネズミさんたちの方を向くとぴたりと止まり、カッと見開かれた。

 わたしは自分の両耳を手で覆った。けれど思っていたような騒音は響かない。

 ヤトコさんはゆっくりと、壊れかけのカラクリ人形のように首を動かし、わたしたちの方を見た。

 その顔は、本当の人形のように真っ白になっている。

「お、おはようございます。ヤトコさん」

 わたしも変な緊張をしてしまって、おかしな笑顔になってたと思う。

 ヤトコさんに朝の挨拶をしたのは、わたしだけではなかった。

『おはよう。ヤトコ』

 ハロウルがヤトコさんの顔を舐めた。

 真っ白で済んでいたヤトコさんの顔色が、一気に青くなる。

 ヤトコさんは悲鳴を上げることもできず、意識を失った。

『あれ? 二度寝はダメだよ』

 ハロウルはヤトコさんの頬を鼻先でつつき、ぺろぺろと何度も舐めた。

 きっとその方法じゃ永遠に起きることはないと思う。
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